第3話 窓からの景色

 (あー、いい天気なのになぁ。)

 俺は窓の外をぼんやりと眺めている。

 両親が本郷先生に呼ばれて、中川って看護師もいなくなってから、ずーっとだ。


 だって、何にもないから。

 点滴に繋がれたまんまだし、医療用機器だって動いて外れたりするのは怖いし。別にびびってる訳じゃないけど、これ以上家族にも心配させたくないしな。


(母ちゃん、言ってたしな。凪が心配してるって。)


 凪は四つ下の俺の妹だ。

 小さい頃から甘えん坊で、母ちゃんは大変そうだった。俺が友達と遊びに行くと、必ず後ろからぴこぴこと走ってついてきた。

 仕方ないから一緒に遊んだし、可愛い妹だから(まぁいっか…)って。


 でも、俺が入院したからって、泣きまくって目を腫らす事はないだろうよ、妹よ。

 もう中学生だぞ。


 まぁ、すぐにお見舞いに来るだろうからその時は元気そうに笑ってやるか。



「一ケ瀬君。気分はどう? 湿布持って来ましたよ。貼ろっか」

 と、恰幅のいい……いや。

 ふんわりとした体型の看護師がやって来た。


「あ、はい」

「私は三輪です! 宜しくね。ちょっと動かすねー」

 なんて話ながら、俺は肩に痛みを感じる事なく湿布を貼られた。


「一ケ瀬君はイケメンねー。うちにも息子がいるけど、大違いだわー。ハハハ!」

「いや、そんなイケメンって……」

「まぁ、みんな喜んでナースコール取ってくれるから! これね、何かあったら押してね!」



(まぁ、不細工ではないだろうけど。)

 なんて考えながら、俺はまた窓の外に目を向けた。


 俺が不細工だろうとイケメンだろうと関係ないんだよ。俺は一体、何で倒れてしまったのか。

 あの胸の苦しさは何なのか、それが知りたいんだよ。




 俺の所に戻ってきた両親は微妙な顔つきをしている。

(あぁ、入院が長引くんだろうな。)

 俺はふと、そんな気がした。


「颯真、起きていたのか」

「ぉん」

 父親の問いに軽く答えた。俺のベッドの脇に置かれた椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「颯真、暫くの間入院だそうだ。詳しく検査をする必要があるんだってよ。まぁ、しっかりと検査をしてきちんと治療していこう。なっ」

父親の冷静な声が、俺の病気が大変なんだろうと連想させる。

「学校……」

「ちゃんと元気になったら、学校はすぐ行けるようになるわよ。ね、お父さん?」

 母ちゃんの声は、優しかった。

 俺達を叱る声とは違う、少し距離のある声。


「まー、部活もしてねーし。別にいいんだけど。俺の病気って何?」


 母ちゃんは俯いた。

 父親は点滴に繋がれた俺の腕を見ながら、ゆっくりと口を開いた。

「心臓の病気だ。心不全を起こして颯真は倒れたんだ。心不全にも原因が色々あるらしい。それを暫くの間入院して、詳しく検査をしていくそうだ。治療するのに薬を飲む必要があるようだな。あの、本郷先生か。優しそうな先生だし、きちんと調べて治して行こう! なっ」


「なっ。て、何だよさっきから」

 父親も先生の話を聞いて、動揺しているのだろうことは想像がつくのだが。なんとも歯切れの悪い父親の言葉に少し苛々とする。

「いやぁ、さすがに心臓の病気って言われても父さんもよくわからなくて…」


「大人しく治療受けるから、心配すんな」

 俺が治療を受けていくんだから。



 ある意味俺で良かったかもしれないと思った。父親が病気にでもなってしまったら、家の生活はお金のやりくりで大変になってしまうだろう。

 母ちゃんが入院なんて事になったら、家の事はどうなるんだ?まぁ、何とかなるかもしれないけれど、家の中が散らかってしまうのは目に見えている。

 凪が入院にでもなったら、わーわー泣きわめいてそれこそ手がつけられない。


「颯真。とにかく大丈夫だから。学校もなんとかなる。何も心配しなくていいから、治療に専念すればいい」


「わかってるよ」

 俺は外に視線をやったまま、そう答えた。


「食事もね、夕方から出るそうよ。最初はお粥だけかもしれないけどね」

「お粥かぁー」

俺はガクンと肩を落とした。

(卵とかシャケとか絶対入ってないだろ、病院食ってさ。)


「許可が出たら、何か持ってくるから」

 母ちゃんは少しホッとしたように笑った。


「あ、携帯の充電器は早く欲しい。広輝と約束があんだよ」

「わかった。広くんのお母さんにも一応連絡しとくわね」


「あとー、凪には余計な心配すんなって言っといて」

「わかった、言っとく」



両親が帰ってからも、俺はする事がなくて暇をしていた。俺のベッドの脇に置かれたまんまの椅子を眺めていた。


(心不全って何だよ。)

 携帯を手にしたら調べてみようか。

 ゲームとかできるのかな。

 俺に繋がっている医療用機器に影響はあるのだろうか。ゲームも出来なければ、どうやってこの何もない時間を過ごせばいいんだ。


 また、あの中川って看護師さんに聞いてみなくちゃな。



ピッ……ピッ……

 静けさの中で、ゆっくりとリズムを刻む音だけが聞こえてくる。



 ふと、窓の外に視線を移した。

『どこを切り取っても美しい……』

―か。


 中川って看護師の事がふと頭に浮かんだ。


 遠くに見える海に浮かぶ小さな船。

 青く澄んだ空。色々な色が重なっている山。


 そして、時折風に吹かれて飛ばされた桜の花びらが窓の外を流れていく。


(俺は心臓の病気かぁ。この景色を見ているだけでは退屈すぎるな…)

 俺はその時、そんな事を考えていた。

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