13話 不穏な影1-焦眉の急-

永遠とわは下の階から聞こえる妹の千羽ちわの声で目が覚めた。まだ朝の7時半過ぎ、定食屋を営む両親は市場へ買い出しに行く時間だ。だとしたら、いったい千羽はだれと話しているのか。

「っつ・・・!」

永遠がいつも通り起き上がろうとすると、左足に痛みが走った。その痛みがきっかけとなり、永遠は徐々に昨日の出来事を思い出した。

(そうだ・・・昨日の遠足で足をひねっちまったんだった・・・)

永遠は足が不自由ながらも、やっとの思いでクローゼットから服を取り出して着替えを済ませた。そして壁と手すりを伝いながら、3階の永遠の部屋から2階のリビングへ移動した。永遠の自宅は1階が定食屋で、2階がリビング・ダイニングと両親の部屋と水回り、3階が永遠と千羽の部屋だ。

「もう、眞白ましろくんたら〜!」

永遠がリビングのドアノブに手をかけようとしたその時、千羽のうれしそうな声が聞こえて来たので、驚きのあまり勢い良くドアを開けた。

「眞白・・・?!」

千羽と2人仲良く並んでソファに腰掛けている眞白の姿を見て、昨日荷物を渡しに行くというLINEが来ていたことを思い出した。

「永遠、おはよう。朝早くからごめんね?塾の前に荷物を渡そうと思って」

「お兄ちゃんやっと起きた!何度も起こしに行ったのに全然起きないんだから・・・!次起きなかったら、耳元で大声出して起こそうと思ってたの!」

「お前声デカいんだから、それは止めろって・・・」

千羽の言葉に永遠はげんなりした。

「永遠、足の具合はどうなの?」

「あぁ、折れてないって。2週間くらいで治るらしい。朝から面倒かけて悪いな」

「ううん。久しぶりに永遠の家に来れて嬉しいよ」

眞白は笑顔で答えた。

「千羽、もう部活行く時間なところ悪ぃけど、眞白に飲み物出して行ってくれるか」

「あ、そういえばそうだった!お兄ちゃん、今役立たずだもんね♪待ってて、眞白くん!」

「役立たずは言い過ぎだろ・・・」

千羽がテキパキと準備をしている間、眞白は笑いを堪えている。

「眞白、笑うなって・・・」

「ごめん、ごめん。2人のやり取りが懐かしいなって思っちゃって」

「眞白くん、お待たせ!よかったら麦茶飲んで!」

「ありがとう、千羽ちゃん」

眞白はそう言うと千羽から麦茶が入ったグラスを受け取った。

「お兄ちゃん、じゃあ私部活行って来るから!」

「分かったって」

「眞白くん、ゆっくりして行ってね♪」

「ありがとね」

じゃあ!と、言いながら千羽は慌ただしくリビングを出て行った。

「千羽ちゃん、相変わらず元気だね」

「うるさすぎるくらいだけどな」

眞白はリビングの棚に飾られた盾や賞状に目をやった。

「永遠が怪我したタイミングで地域の陸上クラブ入ったんだよね?この盾や賞状もほとんど千羽ちゃんのだって教えてくれたよ。中学では陸上部に入ったんだってね」

「どうやら期待の新人らしくてさ、今は俺よりタイム早いかもだわ」

「それはすごいね。・・・そうだ、これを渡しておかないと」

そう言って眞白は永遠のショルダーバッグを手渡した。

「はい、これ。すごい軽くて驚いたよ」

「遠足で弁当も要らねぇし、荷物なんてほとんどねぇだろ」

「なんか永遠っぽいね。それにしても大事に至らなくて良かった。折れてたら体育祭も出られなかったでしょ」

「確かに・・・そうだな」

靭帯じんたいをやったのと同じ足でしょう?大きな怪我した後なんだから気をつけなよ」

「あぁ・・・心配かけて悪ぃな」

永遠は歯切れ悪く答えた。

「・・・ねぇ、永遠」

「なんだよ」

しゅうが昨日森に入った理由ってなんか聞いた?やっぱり永遠が目にしたのは柊だったんでしょう?」

「いや・・・見間違えだったらしい。けど、”俺が森に入ったって聞いて、柊も慌てて森に入ったら体調悪くなったみたいで”」

――『永遠はうそを付く時、一瞬右上を見るんだよ』

永遠は眞白の言葉を思い出し、右上を見ないように意識して話した。今眞白に話したのは、芝山が決めた”設定”だ。学校側にも裏で根回ししている。永遠が話を合わせれば、問題にはならない。その一方で永遠は、柊には隠すなと約束させたにも関わらず、眞白に隠している自分に罪悪感を感じた。

「そうだったんだね。本当に気をつけてよ」

「・・・悪ぃ」

眞白はスマートフォンで時刻を確認した。

「そろそろ塾に行かないと」

「玄関まで送るわ」

「ちょっとの移動も大変でしょ?大丈夫だよ」

「別にこれくらい・・・」

「いいって」

眞白はリュックサックを肩にかけた。

「――永遠、俺には嘘ついても良いからね」

「は?」

永遠は図星をつかれて、思わず固まってしまった。

「じゃあ、また学校でね」

「おい・・・!」

永遠の制止を聞かず、眞白はたちばな家のリビングを後にし、まもなく玄関から扉が閉まる音がした。永遠は頭をきむしった。

「眞白のやつ、お見通しかよ・・・!」

――ブー・・・ブー・・・。

永遠のスマートフォンに着信が入り、ディスプレイには本部長の芝山の名前が表示されている。

「・・・橘っす」

『芝山だ。今大丈夫か』

「大丈夫っす」

『今、君の自宅の近くに車を停めているんだが、シェアハウスに行けそうか?来客があっただろう?』

「なんで知ってるんすか・・・。近くの駐車場って、商店街の駐車場っすよね?タイミング良過ぎじゃないっすか?」

『部下が優秀なんでな。じゃあ、君の自宅の前まで向かおう。昨日の同じ定食屋の裏手に止めれば良いな?』

「はい、お願いします」

永遠はリビングから一度自分の部屋に戻り、出かける支度をした。そして2階の玄関を出ると、店の裏手につながる階段を降りていった。

永遠が慎重に階段を降りきると、見たことのある車が停まっていた。永遠の姿を確認すると、運転席の窓が開いて芝山が顔を出した。

「おはようございます、芝山さん」

「よお、橘くん。怪我はどうだ?」

「まぁ、ぼちぼちです」

「そうか。あまり停められないから乗ってくれるか」

「・・・っす」

永遠は後部座席の扉を開けて車に乗り込んだ。

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