6話 動き出す刻1-山雨来らんと欲して風楼に満つ-

入学式から3週間が経過して全国学力・学習状況調査も終わり、通常授業が開始されていた。永遠とわ眞白ましろは、昼休みを誰も来ない高校の裏山で過ごすのが定番になった。しゅうと初めて来た時は桜が散ったばかりで風で花びらが舞い上がっていたが、今は新緑が空を覆っている。

「柊と最近話せてないね」

「あの日以来あいつがここに来ねぇからな」

永遠はいつものようにベンチに腰をかけた。隣には眞白が腰掛け、向かい合わせのもう1つのベンチは空いたままだ。

「柊、バイトの許可申請通ったんだよな?でもうちのクラスでバイトしてるやついなくないか?」

「隠れてやってる人はいるかも知れないけど、学校公認だと家庭の事情がある人が対象じゃなかったかな。柊の家は両親いないし、申請出せば許可は下りそうだよね」

「・・・柊のやつ、遅刻と早退もしょっちゅうだって」

柊は相変わらずLINEの既読がつかないので、4組にいる相内琉生あいうち るい(永遠と同じ駒葉こまば二中出身)からの情報が頼りだ。柊は休み時間になるとすぐに教室から出て、始業のぎりぎりに戻って来るからほとんどクラスメイトとは話していないという。入学式の一件もあり、クラスメイトも柊に近づこうとしないという話だった。

永遠はラップに包まれたおにぎりを頬張ほおばり始める。眞白はコンビニの弁当のふたを開けた。

「なぁ、眞白。柊が芝山さんの手伝いで探しもののバイトしてるって言ってたけど、なんだと思う?」

「パッと聞いた時は、何かのものを探す手伝いをしてるのかなって思ったんだよね。文献を探したり、調査の手伝いかなって思うと、芝山さんは研究職についてるのかなって」

「そうか?俺は直感だけど、芝山さんと柊はだれかを探してるのかなと思ってさ。だから芝山さんが警察か探偵で、柊に協力頼んで少年の犯罪グループを追ってるとか!」

永遠は自分の想像から熱弁を振るっているが、隣で眞白は腕を組んだ。

「芝山さんが警察や探偵の仕事をしていたとして、高校生に危険な仕事を頼むかな?ちょっと無理がない?」

「そうか?」

「探しものって言ってたけど、言いにくかっただけで、本当は全然違うアルバイトだったりして」

「例えば?」と言って永遠が首を傾げる。

「例えば芸能関係の仕事とか?」と眞白が言った。

「柊が芸能活動?有り得ねぇだろ」

「そうかなぁ。柊ならモデルとかできそうだけど」

永遠は床を擦るロングスカートを履いて、ランウェイですそを踏んで転ぶ柊の姿を想像した。

「あいつにモデル歩きなんて無理ムリ!」

永遠は顔の前で手を左右に振った。

「モデル歩きが無理って誰のこと?」

ベンチの後ろから声がして振り向くと柊が立っていた。

「げ!柊聞いてたのか!」

永遠はバツの悪そうな顔をしている。

「永遠が言ったことは気にしなくて良いからね。とりあえず柊も座ったら?」

「ありがとう」

眞白に促されて柊も永遠と眞白の正面のベンチに腰をかけた。持っていたコンビニの袋からサンドイッチを取り出している。

「柊、左手の包帯どうしたの?」

柊の左手に巻かれた包帯を目にして眞白が声を出した。

「あぁ、これ?アルバイト中にちょっと切っただけ」

「また怪我したのかよ」

「手当が大げさなだけだから。私の心配するよりこの間の学力調査の結果を心配したら?永遠、補講受けてるんでしょ?」

「なんで知ってるんだよ?!」

全国学力・学習状況調査は成績には影響がないものの、一定の学力以下の生徒には補講が用意されていた。顔を真っ赤にして怒っている様子を見て眞白は笑いをみ殺している。

「8組で補講受けてるの見かけたから・・・中間と期末で赤点5教科取ると補講で夏休みなくなるから気をつけてね」

「分かってるつーの!!!」と永遠が怒りの声を上げた。

「永遠ちょっと落ち着いて。ねぇ、明日の遠足は柊も行ける?カレー作りが終わったあとのこと相談したくて」

眞白はスマートフォンを取り出した。

「相談って言っても、選択コースは決めていたじゃない。確か氷穴ひょうけつ見学でしょ?」と言って柊が首を傾げる。

カレー作りが終わった後、複数ある見学・体験コースから個人で選択することができる。氷穴とは溶岩が冷えて固まってできた自然のトンネルだ。一年中気温が低く氷に覆われていることからこの名前がついている。

「氷穴見学希望者が他のコースと比べてかなり少ないらしくて、見学時間のあと自由時間が取れそうなんだ。だから何をやるか決めておこうって永遠と話をしてて。ちょっと天候が心配だけど、湖畔でゆっくり話すのなんてどうかな?」

眞白がスマートフォンで湖畔の画像を見せる。そこには富士山を目の前に望む湖の前に一定の間隔で木のベンチやチェアが置かれていた。

「へぇ。確かに3人でゆっくり話せてないし、良いかも知れない」と言って柊が口元を緩めた。

「だろ!じゃあ明日は」

――ブー・・・ブー・・・。

永遠の言葉を遮るようにスマートフォンの振動音がして柊が画面を確認した。

「ごめん、ちょっと急用。私帰るね」

「は?帰る?おい、柊!」

立ち去る柊を永遠が呼んだが反応せずに離れて行った。

「あんな調子で本当に明日来れるのかよ?」

永遠が思わず声を出した。

「きっと来る予定なんだろうけど。ねぇ、永遠。柊がアルバイト始めたのって本当に高校からだったのかな」

「どういうことだよ?」

「ほら、大石おおいしさんが言ってたでしょ。遅刻や早退が多かったし、しょっちゅう怪我してたって。本当は中学の時から手伝いはしてたんじゃないかな」

「え?中学でバイトって良いのかよ?」

「条件が合えば働けるよ。ドラマや舞台に出てる子役の人とかもそう」

「できる仕事とできねー仕事があるってことだよな」

「そういうこと」

「・・・あいつまだ言ってないことあるじゃんか」と永遠は不満そうに言葉を漏らした。

「柊なりに善処はしてるんでしょ。でも、ちょっと心配だな」

「怪我が多いからか?」

「そうなんだけど・・・怪我の原因は本当に手伝いだったのかなって」

「え?それってどういう?」

永遠には眞白の言っていることが理解できず、いくつもの疑問が頭を駆け巡った。

「”茅野かやの柊はのろわれてる”ってさ」

「は?」

「それが本当なんじゃないかって」

永遠には眞白が本気で言っているように聞こえた。

「馬鹿言うなよ!大石も言ってたけど、柊のせいだなんて証拠も残ってないだろ?!」

「ごめんごめん、冗談だよ」

「眞白が真剣な顔して言うから信じそうになっただろ!」

「俺は柊が呪われてるなんて思ってないよ。でも柊の言動は引っかかってる」

「どういうことだよ」

「永遠が怪我について聞いた時、柊はすぐに違う話に持っていったでしょ。怪我について聞かれたくなかったのかなって。だとしたら何で聞かれたくなかったんだろう」

「怪我した理由が恥ずかしかったから?」

「・・・だったら良いんだけどね。何か危ないことしてないと良いんだけど」

眞白はまゆをひそめ、思案にふけっている。すると校舎の方から予鈴が聞こえた。

「やべ!戻らねぇと」

永遠が慌てて立ち上がる。

「柊にもまた話を聞かないとね・・・」



「おはようたちばなくん」

遠足の当日、バスの窓際に座る永遠の隣に大石華奈かなが腰をかけた。

「くじ引きとはいえ、隣の席になるなんて。なんかごめんね?」

華奈はずり落ちてきた眼鏡を直した。

「いや、知ってるやつで助かったよ」

「橘くんの隣に座りたがってる子、たくさんいたものね。美沙みさも残念がってた」

平沢ひらさわは楽しそうだから大丈夫じゃねぇか?」

平沢美沙はしっかりと巻かれたロングヘアーを耳にかけながら、最後尾で周辺のクラスメイトとおしゃべりで盛り上がっている。

「そうかもね」と言って華奈も振り向いて美沙の様子を確かめた。

「橘くん、あの後、茅野さんと話した?」

華奈と話すのは入学式の日に公園で話して以来だった。今では女子トイレの窓ガラスも交換されて、元通りになっている。

「あぁ、柊と話したよ」

「そう。茅野さんなんか言ってた?」

「心配するようなことはねぇって。おかげでちゃんと話せた。でも、大石に聞いたって言ったら意外そうだったけどな」

「きっと美沙が話すと思っていたのかも」

「あの時も思ってけど、どうして大石は柊を気にかけてるんだ?」

「私、中学の時に茅野さんに助けられたことがあるの。あることで誤解をされちゃってクラス中から冷たい視線を浴びちゃったんだけど、その時に茅野さんが私の前に立って『好き勝手言ってるけど、それは本当なの?誰か目撃したの?』って言ってくれて」

「そんなことがあったのか」

「それでクラスメイトの誤解は解けたんだけど、同じ時期から七中で色々とトラブルが起きるようになって・・・。美沙は茅野さんを意識しすぎるあまり、トラブルを誇張して話してたからうわさが大きくなっちゃって・・・だからあの噂は私のせいでもあるの」

「柊はそう思ってねぇと思うけどな」

「なら良いんだけど」

「そういえば今日は平沢と同じ班じゃなかったよな?」

「そうなの。美沙は陸上部に入部した子たちと同じ班になってるから。交流を深めるために毎年恒例なんだって。あおいも陸上部だから一緒なんだけど」

吉川よしかわ葵は平沢美沙と一緒にいるポニーテールのクラスメイトの一人だ。いつもマイペースな平沢に振り回されている。

「そうなのか」

「でも私は文芸部の体験入部で一緒だった子と同じ班になれたから楽しみなんだ」

「良かったな」

大石との会話が終わり、外の景色を眺める。まもなくバスは高速道路に入るようだ。永遠は景色を眺めているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。


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