5話 あの日の約束2-遠水近火を救わず-

(早く鳴れよ・・・)

永遠とわ頬杖ほおづえをつきながら黒板の上に掛けられた時計を見つめる。ちゃんと話すならこの昼休みがチャンスだと思っていた。 相内あいうちから【 茅野かやの来たよ 】というLINEが届いていたからだ。

昼休みを告げるチャイムが鳴ると3組を飛び出した。4組の教室に身を乗り出してのぞき込むと、しゅうが目を丸くさせている。

「永遠どうしたの?」

「見つけたぞ、ったく」

永遠は息をつく。

たちばなよかったな」

そう言いながら相内は弁当を広げ始めている。永遠は相内に礼を言った後、「柊来いよ」と言い放った。柊は何が何だか分からないといった様子で顔をしかめながらも廊下に出る。

「だからどうしたの?すごい剣幕で飛んできたけど」

「どうしたの?じゃねぇだろ。朝も来てねえし、怪我は大丈夫だったのかよ」

永遠は柊の頬に貼られている大きな絆創膏ばんそうこうに視線を落とした。

「もう大丈夫だって。朝は校長室に呼び出されてて・・・」

「は?呼び出し?!どういうことだよ?!」

柊が言い終わらないうちに永遠は声を荒げた。

「事情を聞かれただけだってば。そんなに驚かなくても」

「驚かない方が無理あんだろ」

永遠は言葉を吐き捨てた。

「悪かったって」

「柊怪我は大丈夫?」

二人で話していると眞白ましろも現れた。

「永遠すごい勢いだったね。みんなびっくりしてたけど」と言って眞白はくすくす笑っている。

「柊がすぐ逃げるからだろ」

永遠はむすっとしながら答えた。

「逃げないってば」と柊はうんざりしている。

「立ち話もなんだし、移動しない?」

眞白は周りの様子を気にしながら言った。

「そうするか。俺に心当たりがある。とりあえず、外に出よう」と言って永遠は移動を開始した。

3人は1年の教室がある5階から昇降口に向かって階段を降りていく。

「永遠、どこに向かってるの?」

眞白が声をかけた。

「まぁついて来いよ」

3階から2階に下りる階段で草薙くさなぎに「茅野さん」と呼び止められた。

「なんでしょう」

柊は草薙の顔をじっと見つめている。二人からは険悪な雰囲気が漂っていた。

「これ、書いたら私に提出して」

草薙は柊にぶっきらぼうに言ってプリントを1枚手渡した。柊は視線を落とすと何か理解したようだ。

「ありがとうございます」

柊は頭を下げてからプリントを半分に折ってコンビニ袋に入れた。

「行きましょう」

そう言って永遠と眞白を促した。



3人は永遠を先頭に裏門から校舎を出た。そこからすぐに裏山へつながっており、花が散ったばかりの桜を見上げながら少し登る。すると中腹に寂れたベンチが2つ向かい合うように置かれていた。

「永遠よくこんなところ知ってるね」と眞白が関心した様子で言った。

「親父が卒業生でさ。昔ここでよくサボってたらしい」

永遠はベンチにドカッと腰をかけた。眞白が永遠の隣に、柊は二人の正面に腰をかける。

「あの先生とにらみ合ってる時、俺はその場から逃げ出したかったわ・・・」

「普通に会話しただけでしょ」と柊は平然としているが、「険悪だったろ」と永遠が突っ込みを入れた。

「2人とも時間なくなるからお昼食べようよ」

眞白が二人をたしなめた。

「そうだな」

永遠も弁当の蓋を開ける。それに続いて柊もコンビニの袋からパンを取り出した。

「永遠は自分で作って来てるんだよね?すごいな」と言って眞白が永遠の弁当箱を覗き込む。眞白の手にはコンビニのおにぎりが握られている。

「ほとんど残り物詰めてきてるだけだけどな」

永遠はそう言いながら弁当を頬張り始めた。

「――ここに連れて来たからには何か話があるんでしょう?」

柊が真剣な表情で切り出した。

「それもあるけど、柊はクラスにいんのが気まずかったんじゃないのか」

永遠はぼそりを呟いた。

「・・・確かに視線が気になってたけど」と言って、柊は不満そうな声を出す。

「とりあえず食えよ」

永遠は柊に昼食を取るように勧めた。

「なんか3人で外でご飯食べるの懐かしいね。ほら、小6の遠足以来じゃない?」

眞白は嬉しそうに言った。

「あー、柊の黒歴史な」と言って永遠がニヤリとする。

「やめてってば・・・」

柊は恥ずかしそうな声を漏らした。柊は当時、父方の祖母に預けられていたが、祖母に弁当を頼むのが申し訳ないと思って、弁当を持たずに遠足に参加していた。

「やり過ごそうとしてたのに、永遠が騒ぐから」

「騒ぐってなんだよ!結果的にみんなからもらってなんとかなったろ!」

永遠は大きな声を出した。

「でも、色んなおかずが集まって楽しかったよね」と眞白が笑みを浮かべている。

「おかずの交換大会始まったしな」

そう言いながら永遠も嬉しそうな表情を浮かべた。


昼食がなくなるまではたわいのない話をしていたが、永遠が空になった弁当箱の蓋をベンチに置き、顔を上げた。

「なぁ、柊。昨日柊の中学の時のうわさを聞いたんだ。・・・”茅野柊は呪われている”って」

「・・・誰から聞いたの?」

柊は永遠を真っ直ぐに見つめた。

「・・・大石から」と永遠はぎこちなく答えた。

「そう、大石さんから・・・」

柊は意外そうな声を上げた。

「右腕の火傷の跡を呪われた痕だって揶揄からかう奴がいたり、怪我が多いことで本当に呪われているんじゃないかって気味悪がる奴もいたって・・・」

永遠が話している間、柊は地面に視線を落としている。

「噂されてたのは本当なんだな?」

永遠が念を押すと永遠の顔を真っ直ぐ見た。

「・・・本当だけど、だったら何?」

柊は乾いた声で答えた。

「なんだそれ」

永遠は柊の突き放した態度に怒りが湧いた。

「永遠」と眞白が声をかけるが永遠の耳には届いていない。

「――どうして言わねぇんだよ」

永遠は怒りを含んだ声を絞り出した。両方の拳は小刻みに震えている。

「言ったら何かが変わったの?二人を困らせるだけでしょう?」

「あのなぁ!!」

永遠が激昂げきこうしようとした時、眞白が慌てて彼の肩をつかんで制止した。

「永遠、落ち着いて」と眞白が声をかけると、永遠はしぶしぶ口をつぐんだ。柊はその様子をじっと見ている。

「何度も会ってたのになんで何も言わねぇんだよ。逆だったらどうだったんだよ?俺や眞白が心配かけたくないからって黙ってたら!」

永遠は厳しい口調で問い詰めた。

「それは・・・」

柊は言葉を続けられず、黙ってしまった。

「お前だって居ても立ってもいられないんじゃないのか?!そんなことも分からねぇのかよ!」

永遠は柊に言葉をぶつけた。

「永遠、言い過ぎだよ」

眞白がそっと声をかけると、永遠はようやく落ち着きを取り戻した。

「悪い。ちょっと頭に血がのぼった」

永遠は気まずそうに謝罪した。柊は二人の様子を見ていたが、数秒経って口を開いた。

「ごめん・・・でも、本当に2人を心配させたくなくて」

柊はどちらかというと口下手だ。うまく伝えられず誤解を招くことも多い。相手を避けようとすることもある。でもそれは自分を守るためではなく、相手を傷つけないためだ。そしていつも自分が一番傷ついている。永遠は知っているからこそ、柊と真正面からぶつかった。

「中学の時は本当に必死で・・・平静を装うので精一杯だった」と柊は申し訳なさそうに声を振り絞った。

「お前は自分を軽視しすぎなんだよ」

永遠はもどかしさに顔をしかめた。

「永遠は心配しすぎだけどね」と眞白が補足した。

「良いだろ。心配なもんは心配なんだから・・・。柊、どんなことでも俺たちには隠すな。絶対に言えよ」

「どんなことでも・・・」と柊が復唱した。

「あぁ、そうだ」

永遠が力強くうなずいた。

「・・・善処する」

柊は俯いたままぼそりと呟いた。

「ぜんしょ???」

「永遠、適切に処置するってこと」と眞白が小声で補足する。

「そのくらい俺にも分かるわ!」

永遠は大きな声を出して立ち上がった。

「あはは。柊にはちゃんと伝わっただろうし、今日はそこまでにしておいたら?」

眞白が永遠をたしなめた。

「分かったよ」と永遠が答えた。

「永遠、俺は言うことで救われる時もあるけど、言わないことで救われることもあると思うよ」

「眞白、それは一体どういう・・・?」

眞白の言葉の意味を上手く読み取れず、永遠は疑問を投げかけた。

「――そういえば、今日誰かと一緒に登校してなかった?お兄さんじゃなかったよね?」

眞白は永遠の問に答えることなく、柊に別の質問をした。

「あの人は兄さんの友人で芝山しばやまさんっていうの。兄さんの代わりにお世話になってて、シェアハウスも芝山さんの紹介なの」

「そうだったんだ。じゃあ朝見かけたのは芝山さんだったんだね」

眞白は合点がいった顔をした。

「芝山さんの手伝いでアルバイトすることになって。さっき草薙先生からもらった紙はその申請書」と言って柊は紙を取り出した。

「柊がアルバイトなんて大丈夫なのかよ」

永遠は柊が無表情でファーストフード店で接客をしている姿を勝手に思い浮かべた。

「手伝いってどんなことするの?」と眞白が聞く。

「・・・探しものかな」

柊は少し考え込んでから答えた。

「なんだそれ?」

永遠の問いに柊は無理やり笑顔を作ってそれ以上は答えようとしなかった。

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