4話 あの日の約束1-遠水近火を救わず-

入学式翌日、新入生を迎えるために校門の前に立て掛けられていた看板やクラス表はすでに撤去されていた。校門をくぐると部活の勧誘活動が行われていて、上級生が新入生を見つけてはチラシを配っている。

「サッカー部入ってくれー!マネも募集してるよ!」

「一緒に演劇やらない?今日は視聴覚室で練習するから遊びに来て!」

駒葉こまば高校は体育会系を筆頭に部活動が活発だ。大きな大会で表彰を受けると同窓会が垂れ幕を用意するようで、校舎には10本以上の垂れ幕がかかっている。来週の月曜日には部活動紹介が体育館で行われるが、どの部も人集めに必死だ。

(あれ・・・)

見覚えのある姿が永遠の目に入った。駒葉二中陸上部の先輩である笠原翔かさはら しょうだ。笠原は目立ちたがり屋だが練習をサボりがちで、ストイックな永遠とわとはそりが合わなかった。声をかけられないように、早足で上級生の呼び込みをすり抜けた。永遠が昇降口の前までたどり着くと、体育館にブルーシートが張られていたが、それを横目に教室へ急いだ。5階まで上がってくると上級生の姿はなく、各教室から生徒の声が聞こえてくる。永遠はしゅうが登校していないかと通りがかりに4組の教室をのぞき込んだ。

「あれ?たちばなじゃん!どうした?」

一番前の席にいた相内 琉生あいうち るいが不思議そうな顔をした。相内は駒葉二中で永遠と3年間同じクラスだったこともありお互いに知った仲だ。

「相内おはよ。茅野かやの探してるんだけど来てるか?」

「茅野?カバンないからまだ来てないと思うけど」

相内が隣の机に目をやった。

「そっか、サンキュ」

「橘って何組だっけ?」

「隣の3組だけど」

「1時間目何やるの?」

「入学2日目だぞ?普通にホームルームだって」

「やっぱそうだよなー。うちのクラス自習らしくて」

「は?自習って何も教わってねぇじゃん」

「ははは。だよねー」

相内は空笑いした。

「もしかして昨日のことと関係あんのかな?」

「昨日のことって?」

「ほらそこの女子トイレのガラスが割れたっしょ。うちの担任飛んでったから色々あるんじゃん?」

「相内は教室に残ってたのか」

「野次馬めんどいし」

「そ、そうだよな」

永遠は自分が我先に飛んで行ったとは言えず、ぎこちなく相槌あいづちを打った。

「橘って茅野と知り合いなんだ」

「あぁ、小学校一緒でさ。相内、俺のLINE知ってたよな?悪いんだけど茅野来たら教えてくれない?」

「オッケー」

「悪いけどよろしくな」

永遠が3組の教室に戻って自分の席にリュックを置くと、眞白ましろがやって来た。

「永遠おはよう」

「おはよ。今4組のぞいて来たけど、柊いねぇわ」

「今日は来るって言ってたんだよね?」

「あぁ」

「何かあったのかな」

「理由は分かんねぇけど、4組は1時間目が自習らしい」

「あー・・・それは柊のことと関係あるだろうね」

「柊にLINEしたけど既読つかねぇし。ったく、あいつ」

永遠がスマートフォンを確認して苛立いらだった。

「あれ?」と眞白が声を上げた。

「どうしたんだよ」

「あれ柊じゃない?」

眞白が校門の方角を指差す。そこには2つの人影があった。

「隣にいるの柊の兄貴か?」

「海外にいるし急には来れないんじゃないかな」

「じゃあ誰だ・・・?」

永遠は不審に思った。

――キーンコーンカーンコーン・・・。

柊の姿が校舎に消えたところで予鈴が鳴った。

「席に戻らないと」

「そうだな・・・」



コンコンコン、と芝山しばやまは『校長室』と書かれた扉をノックをした。

「失礼します」

「あぁ、どうぞこちらへ」

校長は自分のデスクから芝山と柊に対して目の前のソファに座るよう促すと、自らもソファに移動した。

「茅野さん、君のことは聞いていたが、初日から災難だったね。もう怪我は大丈夫なのかい?」

校長は柊の頬に貼られた大きな絆創膏ばんそうこうに目をやった。

「ご心配感謝します」

ソファには柊の担任である草薙くさなぎも腰を掛けている。芝山と柊はソファに腰を掛けると、芝山はカバンからファイルを取り出し、正面に座った校長と草薙に差し出した。

「ご報告の通り、昨日出現したは滞りなく対処しました」

「それは良かった。悪いうわさが立たないか心配だったんだ」

校長は資料に目を通しながら安堵あんどの表情を浮かべた。

「今回の対象は危害を加える可能性が低かったので茅野が入学してからの対処の方が調査しやすいと判断しておりました。事態が急変し、こちらも驚いています」

「聞いていた話よりも事態は深刻なようだね。草薙先生への共有不足で茅野さんを悪目立ちさせてしまってすまなかった。今後はこちらも体制を整えよう」

校長の隣の草薙は気まずそうにうつむく。

「ご相談があります。今年に入って事案の発生件数が急増しています。なるべく学業を優先させたいものの、緊急時には授業中の茅野を出動させなければならない状況です。出席日数等別の形で配慮いただけますと助かります」

「市民に被害が出てはまずいからね。やむを得ないでしょう。草薙先生、他の先生と連携お願いしますね」

「・・・わかりました」

草薙は不服そうに返答した。

「話が終わったようでしたら、教室に戻ってもよいでしょうか」

「あぁ、茅野は戻れ。あとは俺が話しておく」

「承知しました」

柊は席を立ってドアノブに手をかけた。

「あぁ、草薙先生」と思い出したように草薙の方に首を向けた。

「・・・なにかしら?」

草薙は警戒しながらも呼応する。

「昨夜、私が対処をしていた時に校内にいらっしゃったようですね。何かを探っているようですが、私は市民の皆さんのために動いているだけです。聞きたいことがあれば私か芝山さんに直接お願いします」

柊と目が合った草薙はあからさまに視線を外した。

「草薙先生、昨夜残っていたんですか?」

校長が尋ねたが、草薙は顔を伏せたまま「いいえ」と返した。

昨夜、草薙が校内にいたことは警察も把握している事実だ。防犯カメラやセキュリティカードの記録を確かめれば言い逃れはできない。柊にはそこまでして否定する草薙の意図が分からなかった。今回の案件との関連性がある訳でもない。追求するべきではないと判断した柊はドアを開ける。

「では失礼します」

柊は校長室を後にした。

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