66話 兄と弟3-蟻の思いも天に届く-

都営団地での怨霊おんりょう襲撃の翌日に、蒼空そらの気分転換のために駒葉こまば自然文化園を訪れた永遠とわ。幽霊が見えることで周りと馴染めない蒼空を心配し、永遠は自分の過去について話し始めた。

「俺も小さい頃から視えてたよ。でも、自覚したのは蒼空くらいの歳の頃かな。昔はおしゃべりでさ、色んな人に声かけてたんだけど、ある日母さんに『誰に話しかけてるの?』って言われてから、隣にいる女の子が視えてないんだなって気づいて・・・そこから暫くは知らない奴と話すのが怖かった。この人はみんなに視えてんのかな、幽霊なんじゃないかって考えるようになって。都度眞白ましろに確認してたよ。あ、眞白って言うのは小学1年の時からの友達なんだけどさ。そいつは視えないんだけど、変わらず接してくれて・・・」

「・・・そうだったんだ」

「吹っ切れたのは、小学3年の時に転校してきたしゅうに会ってから」

「なんで柊ちゃんと出会ったら吹っ切れたの?」

蒼空が首を傾げると、永遠はふっと笑った。

「あいつ、ばあちゃんの家に預けられるために転校してきたんだけど、転校初日の放課後からいつくばって探し物しててさ。その様子を三つ編みの女の子が心配そうに見つめてたから話しかけてみたら、何て言ったと思う?『あなたも”視える”のね。今その幽霊の子の落とし物を探してあげてるところだから、関わらない方が良いよ』って。転校初日だぞ・・・普通は嫌われないようにしたいとか考えるだろ。むしろ本当のことを言えば俺が距離を置くと思ったらしい。後から聞いた話によると、あの頃の柊は人に関わりたくなくて周囲と壁を作ろうとしてたみたいでさ。ぶっきらぼうで変わった奴だなって思ったけど、なんだか俺にはうらやましかったんだ。周りに左右されずに自分の意志で行動する柊が。で、結局俺も手伝って髪飾りを見つけたんだけどさ」

「その幽霊の女の子は?」

「ちゃんと成仏したよ。そして柊を見てて気づいたんだ。俺は”視える”かどうかに囚われすぎてたって。俺は俺が付き合いたい奴と付き合えば良いし、”視える”かどうかじゃなくて話したい奴と話せば良いんだって。俺はその翌日に柊と友達になりたいって伝えたんだ。でも、『何であなたと友達にならないといけないの?』って突っぱねられちゃってさ・・・何ヶ月かチャレンジして、最終的には柊が折れたよ。で、俺達は3人一緒にいるようになったんだ」

永遠は当時のことを思い出し、懐かしい気持ちになって目を細めた。

「永遠くんと柊ちゃんと眞白くんは親友なの?」

「そうだな。親友だと思ってたから何でも言い合える仲だと思ってたけど・・・」

ここまで言ったところで、永遠は言い淀んでしまった。

「けど?」

「柊が中学で陰口言われてたことを黙ってた時は許せなかった・・・俺は柊のおかげで救われてたのに何で言わねぇんだよって」

――『何度も会ってたのになんで何も言わねぇんだよ。逆だったらどうだったんだよ?俺や眞白が心配かけたくないからって黙ってたら!』

永遠は駒葉こまば高校の裏山で柊に言ったことを思い出した。

「でもさ、今思えばそれも酷だったかなって思うんだよ。五麟としてみんなのために、日夜怨霊や神官達と戦ってるって言えねぇしな。だからさ、蒼空・・・兄貴のことを許してやってくれよ」

「え、お兄ちゃんのことを・・・?」

永遠の言葉で、蒼空の顔色は一気に曇ってしまった。

「あぁ、俺は眞白にずっと言えなかった。巻き込みたくなくて、五麟ごりんとして戦っていることを。そのために嘘も重ねた。だから、お前の兄貴の気持ちも分かる」

永遠は蒼空の頭をポンとたたいた。

「――蒼空、俺から離れるな」

そう告げると、永遠はポケットから朱槍しゅそう石突いしづきを取り出して構えた。

「古の火の力よ、我、炎駒えんくと共に戦わん!」

「助けてぇぇぇ!!!」

先程の小学生4人組が永遠達の元へ必死になって走ってくる。その後方では、全身の針に邪悪な炎を宿した豪猪やまあらしが追走していた。

豪猪が攻撃の初動をわずかに見せたのを見るや否や、永遠は朱槍を構えた。

剛毅火断ごうきかだん!!」

豪猪が飛ばした大量の針は、永遠が出現させた炎の壁によって消滅した。

「きゃー!」

「なんだあれ?!」

「何かの撮影か?!」

その場に留まる人、逃げていく人、カメラを構えている人など周囲の人々は様々な反応を見せている。

(くそ・・・あいつは神官を取り込んだ怨霊。周りの人間にも”視える”し、霊感が強ければ浄化後も残像が脳裏に残る・・・ここでの戦闘は避けたいところだが)

「騒ガシイナ。場所ヲ変エヨウ」

怨霊がそう言うと、景色が一変した。

「しまっ――!!」

永遠が気づいた時には永遠と蒼空、小学生4人組が異空間に飲まれていた。小学生達は驚きの余りキョロキョロと周りを見回している。

「すげー!なんだこの空間!!」

「あのハリネズミやばくね!?針飛ばしてくるとか!」

「っていうか、いるじゃねーか!昼間っから出てくるお化け!誰だよ、そんなのいるわけないって言ったヤツ!!」

「「おめぇーだよ!!」」

少年達が考えを改める中、蒼空は怨霊の姿を見て小さく縮こまっている。

「蒼空、俺がお前達を守るための結界を張るからそいつらと結界の中にいてくれ。決して危ない真似はするんじゃねぇぞ。俺の目の届くところにいてくれ」

「永遠くん・・・!本当に大丈夫・・・?」

「大丈夫だ。夏祭りの時に張った結界もバッチリだっただろ?お前らを傷つけさせはしねぇよ」

「うん・・・!」

蒼空が少年達に声をかけてそばに集まったのを確かめると、永遠は印を組んで「天佑神助てんゆうしんじょ」と唱えた。

まもなく蒼空と少年たちは結界の球体にすっぽりと覆われた。その様子を見ていた豪猪がじりじりと後方に退いた。

「オ前、五麟ナノカ。コレハ誤算ダ」

「残念だったな・・・それはそうと、お前らの目的を教えてくれないか」

身体から黄色の炎を発しているのが分かる。

――『怨霊は炎の色で強さを判別できます。黄・だいだい・赤・緑・青・紫・茶・黒。赤よりも青、青よりも黒に近い炎を宿した怨霊が強力です』

(前回は冴木さえきさんと2人だった・・・でもここは俺がやらないと!)

「ソンナノ、教エル訳ガナイダロウ!!」

豪猪は永遠に向かって突進してきた。

――ドゴン!

永遠は豪猪を受け止めた後、針が飛んでくることを警戒してすぐに間合いを取った。

「ドウシタ?!攻撃ヲシナケレバ倒セナイゾ!俺ノ針ガ怖イノカ?!」

「いや、そんなことはない。例え何が来ようとも、焼き尽くせば良いだけだからな。それよりも聞きたいことがある」

「何ダト・・・?」

「お前達の目的は何なんだ?今の言い方だと、俺を殺すことが目的ではなかったように思える。昨日襲って来た奴とは明らかに違う。となると、お前らは組織で動いてる訳じゃねぇんだな?」

永遠の話を聞いた豪猪は大きな声で笑った。

「俺ノ意思ハ俺ダケノモノニ決マッテイルダロウ!女神ガ俺ニ力ヲ与エテクレタノサ!」

「・・・とんだ女神もいたもんだな」

「アノ方ノ素晴ラシサナド、のろワレタ従者ニ分カルハズガナイワ!」

―――ズバババババ!

豪猪は永遠に向かって全身の針を一斉に飛ばした。

「火樹銀花!」

永遠はニヤリと笑うと、朱槍から繰り出した炎の斬撃ざんげきで針を一刀両断した。

「ナニ・・・?!」

「答えるつもりがないなら仕方ない。お前は俺が浄化する」

朱槍に炎を纏わせた永遠は豪猪に向かって走り出した。豪猪は即座に生えてきた全身の針を飛ばして応戦するものの、朱槍によってちりとなって消えていく。

煙炎漲天えんえんちょうてん

炎柱で全身を燃やされた怨霊の悲鳴が響き渡った。

「ギャァァアァアァァ!!!」

炎柱が消えると、そこには目の虚ろな男がうつ伏せに倒れていた。

「永遠くん!」

「この異空間が崩れる・・・!身を屈めてろ!」

永遠が叫んでいる間に異空間が消滅し、駒葉自然文化園に戻ってきていた。永遠の元には結界を解かれた蒼空が駆け寄って来た。

「蒼空、あいつらは無事か?」

「大丈夫!でもみんな気を失ったままで・・・!」

「周囲を確かめるからお前らはそこにいてくれ!」

永遠はスマートフォンを取り出し時間を確かめたが、異空間に取り込まれてから30分も経っていない。

(まだ入江さんも柊達も到着していないか・・・)

永遠が周囲を見回すとゾウ舎の前に目が虚ろな3人の男が倒れており、その中央に血まみれの璃玖りくが立っていた。



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