67話 兄と弟4-蟻の思いも天に届く-

怨霊おんりょうによって異空間に引きずり込まれてしまった永遠とわ蒼空そらだったが、永遠が怨霊を撃破したことで駒葉こまば自然文化園に戻って来ることができた。ゾウ舎の前には目の虚ろな男が3人倒れており、その中央には血まみれの璃玖りくが立っている。よく見ると璃玖が戦った後と見られる地割れが至る所で起きていた。

「おい、これはどういうことだよ・・・?!」

永遠が声をかけると、璃玖は永遠に視線をやった。

「・・・蒼空は無事なんだろうね」

「あぁ、蒼空なら無事だ。それより何があったんだよ・・・?!」

その言葉を聞いて安心したのか、璃玖は小さく息を吐いた。

「別に簡単な話だよ。あいつらの目的は、蒼空の誘拐と俺の抹殺だったってこと。そこに倒れている男は全員芝山しばやま家の神官で、俺がこいつらの代わりに怨霊を浄化することで、蒼空には手を出さない約束だったのに約束を反故ほごしたんだよ」

「そうだったのか・・・お前を襲うなんて、まさか芝山家は五麟ごりん抹殺派の神官一族なのか」

「そう、芝山家は姉小路あねのこうじの一派に入ってる。五麟については抹殺派だよ。でも、神官の一族は一枚岩じゃない。現体制に不満を持ってる奴は絶対にいる。だからこそ、そういう奴を調略していくんだよ。前世でも俺と炎駒アンタがやっていたことでしょ?・・・あぁ、炎駒えんくは記憶がないんだった」

「悪かったな・・・でも、その貴重な情報源がなくなったのは痛てぇんじゃねぇの?」

璃玖は首を縦に振って同意した後、不機嫌そうに頬を膨らませた。

「そうだよ。おかげで貴重な情報源がパーだよ・・・蒼空を襲撃しないように抑制もできない。今日だってアンタがいなかったら蒼空を守りきれなかったーー」

璃玖はそこまで言うと、その場に倒れ込んだ。永遠はすぐさま璃玖に駆け寄った。

「おい!大丈夫かよ?!」

「この器で能力を使い過ぎたし、血も流し過ぎた・・・かっこ悪い。あと年齢が一回り上だったら全然違うのに、何で俺はガキなんだろ・・・」

嘆く璃玖のあざは右腕から全身に広がっている。

「・・・無理し過ぎなんじゃねぇの」

「うるさいな・・・で、そっちの状況は?」

そう言いながら、璃玖はゆっくりと起き上がった。

「異空間で邪悪な炎と宿す怨霊と戦闘になったけど、黄色の炎だったし大きなダメージなく倒せたよ。蒼空の同級生が巻き込まれたけど、結界の中で伸びてるから夢だと思ってくれれば良いなって」

話を聞いた璃玖はジト目で永遠のことを見つめた。

「これだから炎駒は・・・嫌になっちゃうよ」

「は?」

「記憶がないのが尚更ムカつくけど、炎駒は索冥さくめいと並ぶくらいの天才だったんだよ。主が麒麟聳弧しょうこより一回り以上年下の炎駒を手元に置いておくって、そういうことだから!戦闘能力、内裏だいりでの調略・・・主のために手を汚すこともいとわなかった。右腕としての才覚は五麟の中で一番だったよ。アンタが炎駒の記憶を思い出しても、今のままでいられるか見ものだね!」

そこまで言うと、璃玖は一気にまくし立てた反動でむせ込んだ。

「・・・あんまり大きな声出すなよ」

永遠が璃玖の背中をさすっていると、蒼空が永遠達の元に走ってきた。

「酷い怪我・・・早く病院に行かないと・・・!」

「蒼空、これは死ぬような怪我じゃないからとりあえず落ち着いてーー」

言い終わらないうちに蒼空が大粒の涙を流し始めたので、璃玖はぎょっとしている。

「お兄ちゃんはずっと幽霊が視えてたんだよね?特別な力を使って戦うこともあったんでしょう?・・・どうして僕の前では視えない振りを続けてたの?」

「・・・言える訳ないって。だって、俺は蒼空に”自由”に生きて欲しかったんだから・・・五麟の俺は敷かれたレールの上しか歩けない。だから蒼空には好きなことを見つけて、好きなように生きて欲しかったんだよ。俺が視えるって言ったら、”こっち側”に足を踏み入れることになっちゃうじゃん。だから言わなかったのに・・・五麟達こいつらが余計なことをしてくれちゃってさ・・・」

蒼空は涙ぐみながら璃玖に勢い良く抱きついた。その際に傷に触れてしまったのか、璃玖は「いっ」と小さく声を漏らしている。

「僕の生き方を勝手に決めないで!僕のせいでお兄ちゃんがこんなにボロボロになるなら、”自由”なんて要らないよ!」

「蒼空・・・ごめんな。お前は俺が思うよりずっと子供じゃなかったんだな」

璃玖は痣が広がって真っ黒に染まった右手で、蒼空の頭をそっとでた。

「僕もごめんね・・・知らないからって、お兄ちゃんに酷いこと言っちゃった」

「全く世話の焼ける兄弟だな」

永遠が安堵あんどした表情を浮かべながら、璃玖に手を差し伸べた。

「なに?」

「ずっと地べたに座ってないで、ベンチで休んだらどうだ?ほら、手を貸してやるから」

「だから、俺は炎駒に貸しを作りたくないんだって・・・」

「あのなぁ。五麟同士、これを貸し借りと呼ぶに値しないだろ?」

璃玖は自力で起き上がるのが難しかったのか、観念して永遠の手を借りて起き上がった。永遠の肩に腕を回すと、ベンチまで移動をして腰を下ろした。

「ねぇ。ずっと気になってたんだけど、五麟って何なの?」

「5人の正義の味方ってことだよ。で、俺らの上にボスがいるんだ」

永遠が代わりに答えると、璃玖が「ちょっと」と不満を漏らした。

「戦隊モノみたいだね!じゃあ、5人揃わないといけないんだ!でも、お兄ちゃんは仲間に加わりたくないんだね・・・そしたら、僕が五麟になるよ!」

蒼空の言葉に、璃玖が目を見開いた。

「いや、ちょっと待てって!五麟は誰でもなれる訳じゃなくてーー」

「じゃあお兄ちゃんが五麟として、他の4人と一緒に困っている人たちを助けるべきなんじゃないの?!」

「そ、それは・・・」

「もう、お兄ちゃんったら駄々っ子みたい!やだやだばっかり言ってないで、ちゃんと五麟として頑張ってね!」

璃玖はバツの悪そうな顔をしている。

「・・・だってよ。今後、お前はどうするの?」

「情報源も抑制力もなくなったから、俺だけで蒼空を守ることは難しい。本意じゃないけど、アンタらに協力するから蒼空を守ってほしい」

「りょーかい」

話がまとまって安心した永遠はニヤつきながら言った。

「何その顔、俺の本意じゃないんだけど?!蒼空のために仕方なく!!!」

「はいはい、分かってるって」

「お兄ちゃん、怒っちゃだめだよ」

「蒼空、俺は怒ってないって」

璃玖は不貞腐れながら蒼空のことをたしなめた。

「蒼空、悪いけどあのガキ達が目覚めてないか見てきてくれないか?俺もすぐ行くから」

「わかった!」

蒼空はそう言うと2人から離れて行った。小さくなっていく蒼空の姿に、永遠は幼い頃のしゅうの姿を重ね合わせていた。

(・・・そうだよな。兄妹なら分かりあえるはずだよな)

「どうしたの?ぼうっとして」

璃玖に尋ねられた永遠は、少し重苦しい雰囲気で口を開いた。

「いや、柊にも兄ちゃんがいるんだけどずっと険悪だから、お前らみたいに和解してくれたら良いのになんて考えちゃって・・・。お前らも十分複雑な家庭だけどさ、柊のところも兄ちゃんと柊で名字が違うんだ。柊は茅野かやので、兄ちゃんは松任まつとうっていうんだけどさ」

その言葉を聞いた璃玖は勢いよくベンチから飛び上がったが、傷に響いたようで「!!!」と声にならない声を上げてうずくまった。


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