68話 兄と弟5-蟻の思いも天に届く-

駒葉こまば自然文化園での戦闘後に璃玖りくとの会話の中で、しゅうには名字が異なる兄がいることを伝えた永遠とわ。璃玖は”松任まつとう”の名前を聞くと、声にならない声を上げてうずくまった。

「おい、大丈夫かよ?!」

「あんまり騒がないで、傷に響くから・・・それより本当の話なの?だとしたら、相当苦労してきたでしょ・・・茅野かやのサン」

「どういうことだよ・・・?」

「松任家は五大神官一族の一つで千年前から続く名家なんだよ。前世では五麟ごりんと太陽のげきを容認していた穏健派だったけど、確か数年前にお家騒動があって、って聞いたよ。今の当主はどの派閥にも入らないから何をしようとしているか分からないって、芝山しばやま家の神官も気味悪がってた・・・」

「いなくなるって・・・」

永遠は全身の血の気が引いて、見る見るうちに顔色が悪くなっていく。

「それは聞かない方が・・・情報が出てこない時点で不気味でしょ」

「じゃあ、柊の兄ちゃんは・・・」

「え?死んだの?」

「不吉なこと言うなよ!入学式の時に連絡来てたし!」

璃玖はあごに手を当ててうなった。

「じゃあ、身を隠してるんじゃない?普通の仕事に就いてるとは考えにくいけどね・・・茅野サンは何て?」

この時永遠の頭の中で柊の兄に関する会話がよみがえった。


ーー『兄さん。受験結果の連絡さえ既読無視だったのに、突然『入学おめでとう』って』

ーー『柊のお兄さん相変わらずだね・・・仕事で海外だっけ?この間はイギリスにいたよね?』

ーー『眞白、それは結構前だって。前回はアメリカだった。このところ、頻繁に飛び回ってるみたい。この連絡だって、どこから送ってきてるのやら。ありがとうとだけ返しておくわ』


「柊の兄ちゃんは海外を飛び回ってて、たまに柊に連絡が来るみたいでさ、兄ちゃんからの連絡を疑ってる素振りはなかった。・・・あいつどこまで知ってるんだ・・・?」

「ねぇ、それを茅野サンに聞くつもりなの?」

「え、そうだけど」

「聞いてどうするの?お兄さんが危険な目に遭っているかもしれない、最悪死んでいるかもしれないって言うの?不安をあおっても何にもならないよ」

璃玖はあきれた様子で肩をすくめた。

「じゃあ黙ってろって言うのか!?」

「五麟の能力の核は精神力でしょ。今でもギリギリの戦いなのに、伝えたことが原因で索冥さくめいが力を発揮できなくなったらどうするのさ」

ーー『恐れない精神力、度胸って意味だよ。五麟の力は全て精神力を源にしている。気持ちの強さがそのまま戦闘時の強さに現れるんだ。今の君はどんな怨霊に出くわしてもやられてしまうだろうね』

永遠は冴木さえきに修練場で言われた言葉が脳裏に浮かんだ。

「それは・・・」

綺麗きれいごとだけじゃ、物事は回らない。前世で麒麟炎駒アンタはそういう仕事をしてきたんだからさ、大人になりなよ。アンタが言わなければ、索冥はお兄さんが死んでいるかもしれないっていう恐怖から守られるんだから」

永遠は反論できず、ただただこぶしを強く握りしめていた。



「先輩、遅くなってすみません!」

ここは都内の喫茶店の一角。

芝山は警視庁特異事象捜査課の巡査長である佐奈田洸士郎さなだ こうしろうと待ち合わせをしていた。すでに芝山が入店してから30分が経過している。

「いや、気にするな。急に呼び出して悪かったな・・・で、首尾は?」

「問題ありませんよ、入江いりえくんと鷲尾わしのおくんが来てくれて助かりました。あの・・・まゆずみくんでしたっけ?は血だらけだったし、人前で戦闘した たちばなくんに動いてもらう訳にはいかなかったので・・・・ほら、あの怨霊おんりょうって霊感強い人とかの記憶に残りやすいっていうじゃないですか?橘くんの顔を見て思い出されてもまずかったし・・・」

佐奈田は早口で報告した後、店員にアイスコーヒーを注文した。そして、カバンから資料を取り出すと芝山に手渡した。

「これ、現在判明している範囲で植物人間になっている神官の資料です。今日の事件についてはまだ情報を収集中でして・・・すみません」

「構わない。で、この神官の一族には調査は済ませているのか?」

芝山が資料に目を通しながら尋ねると、佐奈田は大きくうなずいた。

「それはもちろん!でも、何も出てきませんでしたよ。行方不明届は出ていませんし、そもそも自分の一族の神官が怨霊になった原因を知ってたとしても、絶対に言わないでしょう」

「まあそうだろうな・・・ところで、橘が聞いたという”女神”については何か分かったか」

芝山の言葉に、佐奈田は首を横に振った。

「植物状態になった人間からは何も聞き出せませんし、手がかりなんてありませんよ」

「だよな・・・だが、その”女神”が神官の怨霊化に何かしら関与しているとみて間違いないだろう」

「でしょうね・・・あーあ」

佐奈田はため息をつきながら店員が持ってきたアイスコーヒーを口にした。

神術しんじゅつを使う以上は人間の術だ・・・佐奈田の言う通り、人々の記憶に多少なり残る。生気を求めて他の人間をも取り込もうとする発言もあったようだ。そうなってくると人間に術が使えない冴木は単独任務につけられないし、緑の炎の怨霊と対峙たいじした茅野は大きなダメージを負ってしまった・・・戦況としては厳しいものがあるな・・・」

芝山はタバコを取り出すと火を点けてふかした。

「本当はこっちももっとバックアップできたら良いんですけどね・・・」

「いや、あれは太刀打ちできる人間が限られる。十分フォローしてもらっているさ」

「だといいんですが・・・芝山さんは現場には出ないんですか?」

佐奈田が躊躇ためらいがちに言うと、芝山は目を見開いた。

「もう神術は使えない。そんな俺が現場に出てどうするんだ。警護対象を増やすだけだ」

「でも神術だけじゃないんですよね?使えるのって」

芝山は顔を上げて悲しそうに笑った。

「心が強く影響する力だからな。今の俺が現場に出たところで何もできやしないさ」

「そういうもんなんですかねぇ」

――ピリリリリリリリリ・・・!

スマートフォンが鳴ったのでディスプレイを確認すると、【着信中 東雲美鶴しののめ みつる】と表示されていた。芝山は「すまない、佐奈田。ちょっと電話に出てくる」と言って店の外に出た。

はる、今大丈夫ですか?』

「あぁ、少しなら大丈夫だが」

『璃玖くんが血まみれで運ばれて来ました。怨霊化した芝山家の神官と戦闘になったようです』

「もちろん報告は受けている」

『失礼ですが、あなたの差し金ではないですよね・・・?』

芝山は美鶴の問いに一拍空けてから「どうしてそう思うんだ?」と尋ねた。

『あなたが芝山家の人間だからです。おそらくあの神官達とは旧知の仲では?』

「くだらないことを言うな。麒麟きりんを重傷に追い込む理由がないし、芝山家の人間を動かせるような力は俺にはない。それに、芝山家の神官あいつらは怨霊化してるんだぞ」

芝山は疑われたことが心外だったのか、強い口調で答えた。

『あなたの言う通りですが・・・でも、最近の晴が何を考えているか私には分からないんです』

「俺のスタンスは変わっていないさ。”本部”を預かる人間として、使えるものは全て使う」

『以前にも伝えましたが、彼らは盗聴器にも監視カメラの存在にも気づいています』

「それで良い。”安全”と”安心”は違うからな・・・」

『どういうことですか・・・?』

美鶴は不安そうな声を上げた。

「まもなく事態が動く。美鶴も用心してほしい。他に話はあるか」

『いえ、ありませんが・・・』

「悪いが打ち合わせの最中なんだ。切るぞ」

芝山は美鶴との通話を終わらせた後、LINEの画面を開いた。画面には松任楓まつとう かえでからのメッセージが表示されている。

【もうすぐそちらに戻る】

(あいつが戻って来るということはよほどのことだろう・・・覚悟してかからなくては・・・)

芝山は深呼吸をしてから喫茶店に戻っていった。









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