49話 思わぬ再会3-一樹の陰一河の流れも他生の縁-

しゅうみおの剣術の師匠・朝海誠あさみ まこと演武会えんぶかいでの護衛任務を終えた永遠とわたちは、電車を乗り継いで駒葉こまば市内まで戻ってきた。柊の兄弟子”リョウ”の正体を隠していた理由を話すために、澪が指定した場所は珠川たまがわの河川敷だった。夕暮れに差し掛かっていることもあり、周囲にはほとんど人がいない。

道着のバックと居合刀のケースをその場に置いた澪が口を開いた。

「どこからお話しましょうか・・・そもそも、俺がどうして新潟の道場に預けられたのかを話したことがありませんでしたね。お二人は神官に覚醒かくせいするための年齢のリミットをご存知ですか?」

「いや、聞いたことないっすね・・・」

「・・・確か15歳でしたよね。満15歳までに覚醒できなければ、神官として一生神術を扱うことができない」

永遠はピンと来ず首を捻ったが、柊が正解と思われる回答をした。

「仰るとおりです。俺は6月生まれなのですが、中3の初夏に覚醒できないことが確定して、一族が俺の扱いに困ったみたいなんです。鷲尾わしのお家にとって、覚醒できない人間は一族の情報を握っているだけの面倒な存在ですからね・・・兄の提案で新潟の道場に預けられることが決まり、合わせて新潟の高校に入学することになりました。今思えば、きっと兄は有坂家への牽制けんせいのつもりで、新潟の有坂ありさか家の領内にある道場に俺を預けたのでしょう。あの頃の俺は全てがどうでも良かったので気づきませんでした」

「じゃあ、私が知っているのは一番荒れている時期だったんですね」

「荒れてる澪さんなんて想像もつかねぇっすけど・・・」

柊が納得した様子でうなずく中、永遠は困惑しながらつぶやいた。

「俺にとって神官になるということは目標であり、使命だったんですよ。あの頃は神官になれない自分なんて想像するのも怖かったんですから・・・」

澪の脳裏には幼少期の記憶が浮かんでいた。


―――――


転んで泣くのを堪えて自宅に帰ったら、お母さんが傷口に手を当てた。それはまるで右手から直接光が放たれているように温かい。

「お母さん、すごい!この光は何?」

「回復術っていうのよ。ほら、澪が擦りむいちゃったひざの血も止まったでしょう?」

「本当だ!お母さんは魔法使いみたい!」

興奮気味に話す僕に、お母さんは笑みを零した。

「魔法使いって・・・澪ったら」

「僕も魔法使いになれたら良いのにな。そうしたら、痛い思いをしてる子を治してあげられるのに!」

その言葉を聞くと、お母さんは優しく微笑んで僕を抱きしめた。

「・・・澪、あなたはずっと人を慈しむ子のままでいてね」



世の中には職業選択の自由というものがある。

しかし、政治家の子が政治家になるように、神官の一族は世襲制で成り立っている。神官の家に生まれた子供は、神官としての才能がなければ人権がない。

兄の兼路かねみちは5歳年上で、所謂いわゆる天才だった。4歳の時に神官の儀式を受けて、5歳で覚醒。10歳になる頃には神術のほとんどを会得し、11歳の時には神官の会合にも同行するようになっていた。親族のみんなは兄さんに期待していたが、兄さんは平然と応え続けた。

僕はそんな兄さんがあこがれで、兄さんのようになりたかった。物心ついた時には兄さんの背中を追いかけていた。

5歳で神官の儀式を受けたものの、僕は全く覚醒しなかった。兄さんはどんどん先に行ってしまうのに僕はその場から動けない、そんな感覚だった。

神官の才覚がない人間は神官の家でも一定数生まれる。でも、物心ついた時に鷲尾家の中にはそういう人は1人もいなくて、神官になれなかった時を想像するのも怖かった。

そんな頃、唯一の味方だったお母さんが亡くなった。元々身体が強くないお母さんは、鷲尾家の台頭によりあらゆる場に立たされ、心身共にやつれていった。

「お母さん・・・魔法使いになって助けられなくてごめんなさい・・・」

僕は悲しみを埋めるように無心で勉強に明け暮れた。



覚醒しないまま3年が経った。

この日も父さんと兄さんが会合に参加している間、僕は兼臣かねおみくんと一緒にいた。兼臣くんは僕と兄さんの従兄弟で、年齢は僕の10個上。鷲尾家の分家の長男なんだけど身体が丈夫じゃなくて、この日も鷲尾家の離れの縁側に2人で並んで座りながら話をしていた。

「ねえ、兼臣くん。慈しむってどういうこと?」

「どうしたの、急に」

「お母さんが言っていた言葉を思い出したの」

「人を大切にして愛しなさいって意味・・・かなぁ」

兼臣くんは腕組をしながら答えた。

「人を大切に愛する・・・」

僕は兼臣くんの言葉を繰り返した。言葉では分かるけど、それがどういう気持ちなのかと言われると僕にはよく分からなかった。

「澪はピンと来てないの?」

「・・・そうなんだ。兄さんは大切にしてくれてると思うんだけど、これが慈しむってことなのかなぁ。よく分からないんだよね・・・ねえ、兼臣くん。このまま覚醒できなかったら、僕は消されちゃうのかな」

「澪、どうして急にそんなことを・・・」

「だって、鷲尾家の人は自分たちが神官の中で一番になることしか考えてないでしょう?神官じゃない人は要らないんでしょう?」

僕の言葉に兼臣くんの顔が険しくなった。うそでも言って誤魔化せば良いのに、兼臣くんは正直な人だった。

「・・・ねぇ、澪。剣術やらない?」

「・・・剣術?」

突拍子のない誘いに僕は首をひねった。

「そう。澪はいつも兼路くんと同じ土俵で頑張っているでしょう?」

「・・・土俵?」

僕の頭の中でお相撲さんたちが「はっけよいのこった」と取り組みを始めた。その様子を見て、兼臣くんはくすくす笑いながらこう言った。

「そっか、分からないよね。ごめんね・・・えっと、兼路くんはできないけど澪にはできるものがあっても良いと思うんだ。剣術で強くなれば精神力も鍛えられるし、体力面も向上する。いつか覚醒できた時にも役に立つと思うよ」

「僕しかできないもの・・・」

「そう」

神術が使えなくても誰かの役に立つ人間になりたい、強い人間になりたかった。兼臣くんの誘いは僕の願いと一致していた。

「僕、剣術やりたい!強くなれるかなぁ?」

「きっとなれるよ。あ、でも病弱で寝間着姿の俺に言われても説得力がないか」

そんなことはないと、2人で笑い合っていたその時――。

「――兄さん、澪くんにそんな期待を抱かせたら酷だよ」

兼臣くんの背後から声がして視線を向けると、そこには兼周かねちかくんが立っていた。兼臣くんの双子の弟で、兄さんの側近として行動を共にしていた。

「目標を持つことは何も悪いことじゃないだろう?澪が希望を持って生きていくためには必要なことだと思うよ」

兼臣くんが珍しくむっとしながら兼周くんに返した。

「――兼臣くん、すみません。澪のことで気を遣って頂いて」

「兄さん・・・!」

会合終わりと思われる兄さんが兼臣くんに謝罪した。

「兼路くん、気にしないでください。俺が澪と楽しくおしゃべりしているだけですよ」

「――兄さん!次はいつ神官の会合に連れて行ってくれますか?!」

僕は兄さんに駆け寄った。いつも忙しい兄さんと話すことは弟でもなかなか難しくなっていた。

「澪、3年前お前を神官たちが集まる会合へ連れて行ったのは、母上が亡くなった際に色んな一族から献花を頂いたお礼参りだよ。でも、本来は神官じゃないと行けないってことくらい分かってるだろう?」

「そうですよね・・・」

兄さんは僕の頭をそっと撫でた。

「剣術の道場に通いたいなら、僕が手配しておこう」

「ありがとう、兄さん」

「僕はすぐに現場に行かなければならない。澪にはあとで迎えを寄越すから。兼周、行くぞ」

そう言うと兄さんはきびすを返して歩き出した。兼周くんも頷いて後に続く。

「あ、兄さんーー!」

呼び止めながら後を追おうとした僕は盛大に転んでしまった。兄さんと兼周くんは気づかずにどんどん姿が小さくなっていく。

「澪、大丈夫かい?!」

兼臣くんが僕を起き上がらせてくれたが、両膝を擦りむいたことで血はぷっくりと膨れ上がり、ふくらはぎを伝い始めた。

「だ、大丈夫・・・」

僕は必死に答えたが、おそらく大丈夫ではなかったのだろう。兼臣くんは「ここに座って」と言うと、縁側に僕を座らせた。

ティッシュで軽く血を拭き取って消毒してくれたが、血はじわじわと出てくる。その様子を見た兼臣くんは息を吐くと、僕の両膝に手を当てた。

円頓止観えんどんしかん

兼臣くんが唱えると両手から光が灯った。春に太陽の光を浴びた時のような優しい温かさに包まれる。

「兼臣くん・・・!これって・・・!」

「回復術だよ。鷲尾家で使う人はほとんどいないけどね」

「これ、昔僕が怪我した時にお母さんが使ってくれた・・・」

「そっか、鈴さんが・・・」

兼臣くんは何かを思い出したのか少し悲しそうな顔をした。でも僕はこれをまたのないチャンスだと思って、兼臣くんの腕をつかんだ。

「ねぇ兼臣くん、回復術教えて!みんなが傷ついた時に治せる人になりたい!」

「教えたいのはやまやまなんだけど、俺も回復術をマスターしてる訳じゃないんだ・・・」

「そっか・・・」

勝手に喜んでしまった分悲しくなって、僕は小さく呟いた。

「でも鷲尾家は文献がいっぱいあるから、回復術が書かれた指南書も残っているかも知れない」

「本当に?」

僕は兼臣くんをじっと見つめた。

「うん。でも古い言葉で書かれているから、それを解読するところからだなぁ」

「じゃあ、僕頑張って勉強するね!兼臣くん教えて!」

「良いよ。俺も古い文献を読むために勉強はしてたからね。読み方は教えてあげよう」

「ありがとう!」



この日僕には大切な目標ができた。

僕はいつの日か神官として覚醒するために、必死で勉強し剣術を磨いてきた。全ては神官になって一族に認めてもらうために――。

だが、そんな日々は唐突に終わりを告げた。


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