48話 思わぬ再会2-一樹の陰一河の流れも他生の縁-

しゅうの剣術の師匠・朝海誠あさみ まことを護衛するために、演武会えんぶかいが行われる道場にやって来た永遠とわと柊。そこに合流したみおの口から、柊の兄弟子”リョウ”の正体は澪であったことが打ち明けられた。

「澪さんがリョウさん・・・?私が知っているリョウさんは髪は青く染めてて、ピアスを2つも3つも付けてて、小さくて声変わりもまだでした・・・まさかそれが澪さん・・・?」

「柊さん・・・全部言わなくて良いですよ・・・」

澪は恥ずかしそうにうつむきながら言った。

反応に困り無言になった永遠に対して、朝海は必死に笑いを堪えている。

「俺は兄との約束で本当の名前を名乗れませんでした。あの当時は兄が俺のためを思って動いてくれていると信じていましたが・・・でも兄には感謝しています。俺は貴女と出会えたおかげで変われた。でも、再会した時に確信を得られず、打ち明けるのに時間がかかってしまいました」

澪は兄とのことを思い出したのか、少し悲しそうな顔で笑った。

「・・・師匠はご存知だったんですか」

「それぞれ受け入れる条件として、正体を明かさないでほしいと言われていたからな。リョウから相談されてはいたが、姿を消したメイのことを俺の口から言うのは気が引けた。だが、リョウから一連の話を聞いて、リョウは実家とは疎遠になったし時効だと思ったんだ。良い機会があって良かったな」

朝海は嬉しそうにうんうんとうなずいた。

「・・・道場に危険は及んでおりませんか」

「なぁに、有坂ありさか家が守ってくれている。お前たちが心配することではない」と言うと、朝海はかかかと笑っている。

「柊さん、驚かれましたか?」

「驚きましたが、あの修練場での手合わせの際の型・・・リョウさんだと分かってに落ちました」

柊の話す様子を見て、澪は小さく息をついた。

「良かったです。では、俺は支度をしてまいります」

澪は道場主に案内されて道着に着替えに行った。



演武会の開始時刻になると、小学生から朝海と年齢が変わらない師範代まで次々と演者が演武を披露していった。

中でも澪が演武を披露した際にはあまりの美しさから運営のスタッフの手が止まり、観客たちは目がくぎ付けになった。表の入口に待機している柊も澪の演武をじっと見つめていた。道場に入れる人数に限りがあるので、演者ごとに観客席を入れ替えながら演武会は滞りなく終了した。

澪が道着から普段着に着替えて一息ついていると、参加者をねぎらっていた朝海が澪の前にやって来た。

「リョウ、良い演武だった。今日はありがとう」

「いえ、綻びが出なくてよかったです。演武なんて久しぶりだったので」

ここで裏口の警備を終えた永遠が2人に近づいて行ったが、澪と朝海は気にする様子もなく会話を続けた。

「やっぱり違和感あるな。お前のその喋り方」

「状況に応じて使い分けられれば一番良いんですけどね・・・上京する時に矯正したんですから、そう仰らないでください」

澪は朝海を傷つけないように言葉を選びながら言った。

(敬語が癖って言ってたのは、矯正した言葉遣いが戻らないようにっていう意味だったのか・・・)

永遠は3つ年下の自分に対して、澪が敬語を使い続ける理由が分かり腑に落ちた。

表の入口の警備を終えた柊が現れたのを見て、朝海は柊にこっちに来るように手招きをした。

「この後交流会があるんだが参加できそうか?」

「すみません。私はこの後も仕事がありまして・・・」

「俺も今日は仕事があるので失礼します」

柊と澪が丁重に誘いを断る横で、永遠もうんうんと頷いた。

「そうか、分かった。良ければ今度新潟の道場にも遊びに来てくれ。皆忙しいと思うがな」

それぞれ「はい」と返事をすると、お礼もそこそこに3人は道場の敷地を出た。最寄りの駅に向かう途中で、澪は柊の様子をうかがいながらこう切り出した。

「柊さん、折り入って少し話したいことがありまして・・・」

「話・・・ですか?」

「――俺に聞きたいこともありますよね?」

澪に尋ねられ、柊は澪を真っ直ぐに見据えた。

「どうして今まで”リョウ”だと打ち明けなかったか・・・ですか?」

「はい。ここの近くだと勝手が分からないので、駒葉こまば市内に戻ってからでも大丈夫でしょうか」

「・・・分かりました。次の仕事まで多少時間があるので」

柊も澪がどうして”リョウ”だと打ち明けなかったか気になっているのだろう。視線を向けながら承諾した。

「もしよろしければ橘さんもご同席頂けますか?」

「いいっすよ。俺はこの後予定もないですし」

(いよいよ3年前の事件について何かわかるのか・・・!)

入り混じる期待と不安で、永遠の心臓は激しく脈を打っている。

「澪さん、なぜ永遠まで・・・?」

「橘さんにも俺の過去を知ってほしいと思っているからです」

思いがけない澪の言葉に、永遠は目を丸くした。

(・・・澪さんの過去・・・?)



大和やまと〜!こっちこっち♪」

車から降りた入江が手を振ると、1人の青年がこちらに走って来た。

智大ちひろさん、久しぶりですね!」

「大和、またデカくなった?そろそろ俺抜かれるかな」

大和と呼ばれた青年は嬉しそうに笑った。

「いやぁ、高3だし流石にもう伸びないんじゃないっすかね?まあ180はあるし、このままでも良いかなって思ってますけど」

入江は大きくなった親戚しんせきの子を見守るような眼差しで大和のことを見つめている。

「とりあえず、乗っちゃって」

「ありがとうございます!」

入江が助手席のドアを開けると、大和は一礼して車に乗り込んだ。

「にしても、よく都内のオープンキャンパス来れたよね・・・有坂家の後継者が」

「わざわざ師匠に東京で開催する演武会に出てもらったおかげですよ。おそらく神官の意識はあちらにいっているでしょう。入学候補の大学は自分の目で見ておきたくて・・・まぁ、リョウとメイ・・・いや、2人とも違う名前で名乗ってるんでしたね。えっと・・・澪と柊には悪いことしたなって思ってますけど」

口ではそう言っているものの、大和は悪びれる様子もなくニヤリと笑った。

「大和はあの2人の事情をいつから知ってたの?」

「そんなの最初からですよ。さすがにやばい人間を領地に置いておけないですからね。師匠は口を割りませんでしたが、調べはすぐにつきました。

五麟ごりんだった柊はともかく、澪については一族でも色々な意見が出たんですよ。でも、最終的にはあいつは神術が使えないし、手元に置いて調略した方が良いだろうってなったんですけど・・・澪は一族から疎外されていてほとんど情報を持ってなかった。

結局、あいつが改心したら畑仕事とか力仕事とか有坂のみんなを助けるようになって、可愛がられちゃって・・・。みんな寂しがっちゃって送り出すのが大変でしたよ」

「あー・・・澪くん、有坂家のみんなを無自覚に調略しちゃったんだ・・・」

「あいつっぽいでしょ」と言いながら大和はくすくすと笑った。

「――それにしても、わざわざ都内の大学に進学する必要なくない?新潟も大学増えて進学先の選択肢広がったって聞いてるし、リスクを冒してまで出てくる必要ないでしょ」

「いや、東京の方が色々と経験できるじゃないですか。一度は領地内から出てみたくて。俺、強いし大丈夫ですよ」

力強く答える大和に対して、入江は心配でたまらないといった様子だ。

「軽いな〜。こっちで色々起きてるのは知ってるでしょ?」

「もちろん知ってますけど、五麟が頑張ってるんですよね?だったら大丈夫ですよ。それに親父も俺が上京した方が、他の神官派閥の牽制になるからと賛成してくれたんです。五麟の負担軽減にもなるし・・・ほら、入江さんは東櫻とうおう大学を卒業されちゃうじゃないですか」

「俺は院に進むから大学内にはいる予定だけどね。てか、大和のお父さんって昔から苦手なんだよね・・・全面的に息子の進路に賛成で良いじゃん・・・!なんで息子に自分の思惑を言っちゃうかな〜」

頭を抱える入江とは対照的に、大和はあっけらかんとしている。

「良いんですよ。親父と利害は一致してますし、利用するくらいの気持ちでいますから。東櫻大学が第一志望なので、入江さんが院にいてくれたら心強いです」

「この親にしてこの子ありがすぎるんだよなぁ〜。っていうか、有坂家みんなメンタル強くない?」

首をひねる入江を見て、大和は肩をすくめた。

「弱かったら有力一族でもないのに神官として千年も続きませんって。でも他の神官一族が全員敵に回ったとしても、有坂が五麟と太陽のげきを裏切ることは未来永劫絶対にないですよ。安心してください!」

「分かったって・・・」

大和の頼もしさに成長を感じ、入江は小さく息をついた。

「とりあえず大学のオープンキャンパスを回れば良いんだよね?」

「ありがとうございます。お願いします」

大和の言葉を合図に、2人を乗せた車は走り出した。大和は窓ガラス越しに東京の景色を眺めている。

「・・・今度来た時はあいつらにも会えたら良いなぁ」

大和の言葉は東京の空に消えていった。



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