70話 呪いと呪い1-燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らん-

「――たちばなくん、橘くん!」

 永遠とわは誰かに呼ばれたような気がして薄目を開けた。

(久しぶりに前世の夢を見たな・・・ん?)

永遠がゆっくり顔を上げると、担任の青山大輔あおやま だいすけが鬼の形相をしながら目の前に立っていた。青山は学生時代に柔道部に所属していたということもあり、目の前に立たれるとかなり威圧感があった。隣の席ではクラスメイトの平沢美沙ひらさわ みさがあたふたしている。

(そっか・・・俺、古典の休み明けのテスト中に寝ちまったのか・・・)

「テスト中に爆睡とは良い度胸だな・・・橘」

「・・・すいません。でももう解き終わったので」

「解き終わったのなら見直しして、これで正解なのかよく考えた方がいいぞ」

青山はそう言って教壇に戻った。永遠はその姿を確かめると小さく息を吐いた。

(理由を聞かれなくて良かった・・・まさか夜勤明けとか言えねぇし)

――キーンコーンカーンコーン・・・。

「よし、これで休み明けのテストは終了だ!じゃあみんな、後は文化祭の準備を進めつつ各々帰宅してくれ!」

青山は生徒たちに大声で呼びかけると、教室を後にした。

「みんなー!文化祭の準備するから机は後ろに寄せてー!今日残れる人は残ってー!」

青山の言葉を受け、文化祭実行委員の井上遥大いのうえ ようたがクラスメイトに号令をかけた。

「橘くん、寝不足?顔色が良くないわ」

永遠が机を移動させていると、心配そうな顔をした美沙に声をかけられた。

「その・・・勉強教えてくれる人がスパルタでさ」

(夏休みの宿題を終わらせるために、冴木さえきさんが熱血指導してくれたのはうそじゃねぇしな)

永遠は罪悪感を覚えつつも、そう言って美沙の追及から逃れようとした。

「体の資本は睡眠なんだからしっかり休んでくれないと困っちゃう」

「分かってるって。でも平沢のおかげで、夏休みの間に筋力をつけることができたよ。ありがとな」

「当然よ!橘くんの体のことならお見通しだわ」

美沙は顔を赤らめながら照れくさそうに言った。

「・・・俺よりも詳しそうだな」

永遠は少し呆気あっけに取られた後、くすりと笑った。


――『七中でも美沙は声が大きかったの。自分は見ていないのに茅野かやのさんの噂をしてた。私や葵が止めてもね。だからだと思う』

――『私、美沙が暴走した時に止められなくて悪かったなって思ってたから、茅野さんが楽しそうで良かったなって思ってて・・・』


永遠はふと大石華奈おおいし かな吉川葵よしかわ あおいの言葉を思い出した。

「なあ、平沢。中学の時って――」

「――いた、永遠」

廊下から声がしたので振り向くとしゅうが立っていた。

「どうかしたのか?」

「ちょっと永遠に相談したいことがあって・・・今大丈夫だった?」

「あぁ、大丈夫。悪い平沢、また明日な」

美沙は首をブンブンと横に振り、「全然大丈夫よ!橘くんじゃあね!」と言い残して去っていった。

「話し中のところごめんね」

「いや、大した事ない。それより何かあったのか?」

芝山しばやまさんからさっき情報が降りてきたでしょう?そのことで相談がしたくて」

柊の言葉を受けて永遠はスマートフォンを確認した。芝山からメールが1件届いている。

「悪い、気づいてなかった」

「校内はどこも文化祭の準備で人が行き来してる。裏山で話さない?」

「それが良いかもな」

永遠がうなずくと、背後から「橘くん、茅野さん、ちょっと良いかな」と聞き慣れない声がした。

「ん?なんか用か・・・?」

永遠と柊の2人が振り返ると、顔は見覚えあるものの話したことのない男子生徒が立っていた。左右に流した前髪の隙間から、鋭くつり上がった目がこちらの様子を窺っている。

「悪いね、突然声をかけて」

男子生徒は嬉しそうに口元を緩めたが、永遠はその笑みを見て身の毛がよだった。柊は警戒して首元に下げている水晶を手に取っている。

「ボクは1年8組の間宮鴇まみや とき。キミたちと話がしたいんだけどいいかな。

(こいつ、俺たちが五麟ごりんだって分かってて・・・!)

永遠が驚きを隠せない中、柊は何やら考え込んでいる様子だった。

「・・・いえ、まずは私達だけで話を伺うわ。場所はこちらが指定しても?」

「ああ、構わないよ」

「じゃあ行きましょう」

柊に連れられて永遠と鴇は裏山へと向かった。鴇は大人しく柊の後をついて行っていたが、永遠は警戒を緩めなかった。少し離れた所からその様子を眞白ましろがじっと見つめていたことに、永遠も柊も気づいていなかった。



永遠と柊、鴇が駒葉高校の裏山のベンチに到着すると、柊は即カバンを投げ捨てた。永遠も臨戦態勢に入れるようにリュックをその場に下ろした。

「ここなら誰も来ないわ。要件を聞いても?」

「そんなに殺気立つ必要はないよ。ボクはキミ達の敵じゃない・・・味方かどうかは分からないけどね」

その言葉を聞いた瞬間、永遠は朱槍しゅそう石突いしづきをポケットから取り出して、発動できるように構えた。

「永遠・・・!」

「大丈夫、こいつが人間であることくらい分かってる。ただ、結界を張ろうともしていない以上、誰か来ちまう可能性があるだろ。さっさと本題を済ませようぜ」

緊迫した状況の中で鴇がフッと笑った。

「・・・何がおかしい?」

「キミはせっかちなようだね。仕方ない、簡潔に話すよ・・・キミ達は伝承役について何か知っているかい?」

(伝承役?なんだ、それは・・・聞いたことないな)

永遠が困惑していると、想定通りだったのか鴇がニヤリと笑った。

「・・・確か神官の中立派の中での記録係よね。その時代に起こったことを交代制かつ中立の立場で書き記す」

心当たりのない永遠に代わって、柊が鴇の質問に回答した。

「やはりキミは知っていたか。伝承役は記録に偏りが出ないように、3つの一族による交代制で実施されてきた。入江家を筆頭に間宮家、常磐ときわ家の3つの一族でね。

本来は4年前に入江家の智大ちひろさんが伝承役を継承して、この先数十年の記録を書き記すはずだった。でも、智大さんは四官として覚醒して伝承役になれなくなり、入江家では智大さんに代わる存在を輩出できなかった。四官は伝承役になれない決まりでね。千年前のルールを踏襲する方もする方だけど、結果として智大さんは継承権を失った。入江家に代わって伝承役を務めることになったのが、俺の1番上の兄である間宮はやぶさだよ。でもね、入江家はこの名誉を手放したくなくて4年にも及ぶ調整期間が生まれた。

とは言っても記録に穴を開ける訳にはいかないから、俺の兄弟たちはみんなそれぞれ関係者をずっと監視していたんだよ」

「監視していただと・・・?」

「そう。1番上の兄が伝承役を継承したけど、兄が全ての立場の人間を記録できるわけではないからね。間宮家は自分たちに伝承役が回ってきた時の記録の付け方は徹底的でね。兄弟たちにそれぞれの立場の関係者を記録させるんだよ。それが繋子つぐこ・・・俺は三男で最悪死んでも良い存在。だから、俺は五麟側の監視を命じられたんだ。

そして、この8月に1番上の兄が正式に伝承役を継承したタイミングで、ボク達繋子は呪いを受けた」

そう言うと、鴇は徐ろにワイシャツのボタンを外していく。

「おい、いきなり何やって・・・!」

鴇は中に来ていたTシャツを引っ張り、永遠達に左胸を見せた。

「これが呪いだよ」

鴇の左胸、ちょうど心臓の上に禍々しい入れ墨が彫られている。

永遠が食い入るように見つめる中、柊は「これは・・・」とポツリとつぶやいた。

「ボクが中立の立場で記録を取る傀儡かいらいである証だよ・・・1番上の兄を除くボク達兄弟はそれぞれ記録する対象を決められて、ボク達は数十年監視し続けることになる。最終的にこの入れ墨に刻まれた情報が1番上の兄に送られ、その情報を元にこの数十年の歴史を書き記すようになっている。色々と面倒な決まりがあってね、それを破るとこののろいによってボクは死ぬ」

「記録を取るだけなのに、代償が大きすぎるわ・・・」

永遠が何も言えずにいると、柊は同情的な言葉を鴇にかけた。

「ボクは歴史を書き記すための傀儡でしかない。自分の人生なんて歩けない。キミ達と境遇が似ていると思わないかい?」

鴇が本音で話していることに永遠は驚いた。同時に信用できるのではないかという気持ちも芽生えたが、敵でも味方でもないと言い切る人物を信用するのは時期尚早な気もした。

「・・・何故、打ち明けたの?」

「何故って?」

戸惑いを隠せない柊とは対照的に、鴇は予想通りの反応だったのか薄笑いを浮かべている。

「数十年監視すれば良いんでしょう?ならば私達に打ち明ける必要がない。むしろ命をねらわれる可能性だってある。それなのにどうして・・・」

鴇は柊の言葉にニタリと笑うと右手を差し出した。

「ボクの目的にとって、キミ達に割り当てられたのは都合が良かったんだよ。ねえ・・・ボクと契約をしない?」



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君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 碧木マチ @aoblue_28

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