第四章

69話 インタールード2-覆水盆に返らず-

「――炎駒えんく、聞いておるのか」

炎駒はハッとして声のした方を向くと、麒麟きりんあきれ顔で立っていた。炎駒は麒麟に呼ばれるまで、書庫で書物を手に取ったまま考え事をしていたのだった。

「内裏の中でほうけるなど、命知らずな奴め。書庫なんて死角ばかりで殺め放題だぞ」

「――無論、分かっております」

炎駒は書物を棚に戻して、麒麟に懐紙を差し出した。麒麟は無言で受け取って一目すると、不敵な笑みを浮かべた。

「もしや、姉小路あねのこうじ家を調略したのか・・・?あそこは私たちを快く思っていない人間が多いはずだ」

「姉小路家のみならず、神官は一族の血のつながりだけで成り立っている関係性・・・一枚岩のはずがございません。権力を持っている一族ほど、亀裂きれつを見つければ調略は容易い」

近頃ちかごろは主人の陰謀論が広がって厄介だったからな・・・姉小路家の後ろ盾があれば心強いが・・・」

「現在の我らの後ろ盾は、五大神官一族の中では松任家のみ・・・有坂ありさか家にはかなり助けられておりますが、松任まつとう家と有坂家だけでは心もとありません。姉小路家の圧力をいなし、入江いりえ家と関係性を築ければひとまずは安泰でしょう。我らの役目は主人がお役目を全う出来るように暗躍すること・・・それ以上でもそれ以下でもございませんので」

「おい、どこへ行くつもりだ?」

麒麟が引き留めると、炎駒は足を止めて振り向いた。

「これから約束があるのです。夜は戻らないと思いますので、主人のことをお願いします」

そう言い残すと、炎駒は書庫を後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る