61話 涙ぼくろと邪悪な炎4-情けに刃向かう刃なし-

最後の五麟ごりん黛璃玖まゆずみ りくから提示された条件に回答するため、永遠とわしゅうは璃玖の自宅を訪れていた。そこで出会った母親に永遠は既視感を感じながらも、どこで会ったのか思い出せずにいた。

「お、お邪魔します・・・」

永遠は内心首をひねりながら柊の後に続いて靴を脱ぎ、部屋の中に入った。6畳ほどのリビングのソファに座るように促され、永遠達がソファに腰を掛けると、理玖の母親から紅茶を振る舞われた。

「ありがとうございます・・・挨拶が遅れました。俺は駒葉こまば高校1年のたちばな永遠と言います」

「わざわざありがとう!お待たせしちゃってごめんなさいね!あの子そろそろ帰って来るはずなんだけど!」

(全然怪しまれないな・・・家に上げてもらうほど親しい仲じゃねぇけど・・・まあいいか・・・)

永遠は母親の様子を見て胸をなでおろした。

茅野かやのさん、璃玖に御用なんですね?」

「はい、昨日学校説明会に璃玖くんが来てくれたようなのですが、色々トラブルがあってお話できなかったので」

(ん?なんだこの反応・・・・?)

――ガチャ

「母さんただいま・・・」

ここで玄関の扉が開いてニコニコしながら璃玖が帰宅したが、永遠達と目が合った瞬間顔が引きつった。

「璃玖おかえりなさい!お二人があなたのために来てくださったのよ!」

、久しぶり。昨日はあんまり話せなかったから、お伺いさせてもらったの。突然ごめんね?」

、わざわざ自宅まで・・・ありがとうございます」

璃玖の声に怒りが含まれているが、柊は平然としている。

「母さん、せっかくだから部屋で少し話したいんだけどいいかな」

「大丈夫よ、私がいると話しにくいこともあるでしょうから!私は買い物に行ってくるからどうぞごゆっくり!!」

「母さん悪いね、じゃあお二人ともどうぞ・・・」

観念した璃玖は永遠達を奥の部屋に通した。

中央に二段ベッドがあり、左右にデスクが配置されているシンプルな部屋だ。デスクの横の本棚には参考書がびっしり敷き詰められている。母親が玄関を出ていく音を確認してから、璃玖は扉と窓を閉めた。

「ねぇ!強行突破にも程があるでしょ?!五麟だったらもっと裏から根回しするとかさぁ!!?」

「この方が逃げられないでしょう?」

「昨日の件で神官に目をつけられて、監視でもされてたらどうしてくれんのさ!」

璃玖は柊に怒りをぶつけたが、柊は全く動じていない。

「私達がつかんだ情報を神官が知らないと考えない方が良いわよ」

「だからって・・・!」

「上席に確認したわ。本部としてあなたの条件を飲む。ただし、2つ条件がある」

柊が静かに伝えると、璃玖はその場に座り直した。

「・・・一応聞くよ」

「1つ目が本部による警護の強化、2つ目が被害情報の共有よ」

「それは要らないって言ったじゃん」

「・・・昨日のどす黒い炎を宿した怨霊おんりょうを見たでしょう。結界を張るし神術しんじゅつも扱う。炎の色よりも数段強い。情報共有なしで自衛するのは限界がある・・・あなたを死なせる訳にはいかないの」

璃玖はため息を吐くと、柊のことをじっと見つめた。

「昨日の怨霊についてもう少し情報を持ってるんじゃない?それは教えてくれないんだ?」

「あなたが本部に入ってくれれば教えるけど、他に情報網も持っているようだし、機密情報を売られても困るから教えられないわ」

「ちぇ、つまんないの」

璃玖はそう言ってほおを膨らませた。

「それで、警護の強化についてなんだけど・・・」

「しつこいなぁ、ホント」

「璃玖さんの日常を守るために、私たちが尽力すると言っても同じ反応かしら?」

柊の言葉を耳にした璃玖は一瞬固まった。

「・・・さすがは1級情報統制官。交渉慣れしてるね。でも、アンタら余計大変になるじゃん。そうしてでも、俺に何かあったら困るの?」

「五麟を欠く訳にはいかない。守るために使えるものは全て使う・・・これが本部長の方針なの。それに協力関係を構築しておいた方が、璃玖さんにとってもメリットになるはずだけど?」

柊が迷いなく答えると、璃玖は小さく息を吐いた。

「俺の日常を守るってどういうことか分かってないでしょ?・・・話にならないよ。それを伝えるためにわざわざウチまで来たわけ?」

「お前なぁ、もうちょっと言い方他にねぇのかよ・・・!母ちゃんの前では猫かぶってただろ?」

「他の人間の前では母さんが望む振る舞いをするよ。でもあんたらはその対象に入らないね。俺にとってはどうでも良い人間だから」

イラつく永遠をよそに、璃玖は頭をきながら言った。

「あ?!」

「――永遠、喧嘩けんかしに来たんじゃないのよ?」

ここで、永遠と柊のやり取りを見ていた璃玖が口を開いた。

「ねぇ・・・君達ってお人好しなの?怨霊から助けても誰も覚えてないんでしょう?五麟こっちは命懸けなのにさ・・・自分の身を守る行動してた方が良いんじゃない?」

「お人好しだからとか、正義感だけで行動している訳ではないわ。私は私のために行動しているだけよ」

「・・・そう、それが良いよ。あの人のためとか、人々のためだとかいう正義をかざしていたら、失くした時に何も残らないからね」

璃玖は自嘲じちょう気味に笑いながら言った。

「・・・お前はいつ覚醒かくせいしたんだ?」

「たぶん五麟の誰よりも早いよ」

「どういう・・・?」

永遠は璃玖の意図が飲み込めず、首を傾げた。

「物心ついた時にはすでに前世の記憶があった。たぶん3歳くらい。母さんがあんな感じの人だから『漢字も読めて言葉も理解してすごい』って思ってくれたけど、下手したら気味悪がられてた。だから、小学校に上がる頃には能力を隠してた。結界術や防護術を使って、五麟だって悟られないようにしてたわけ。

こんな俺にだって守りたいものくらいあんの。自分の手に届くものですら守るのは難しい・・・それは前世で嫌でも学んだから」

(前世の件は別にしても、こいつはこいつで苦労して来たんだな・・・)

永遠は自分の幼少期を振り返りながら、璃玖を見直していた。そんな永遠を見て柊は一息吐いた後、立ち上がった。

「言いたいことは伝えたわ・・・永遠、帰りましょう。警護の強化については改めて連絡するから」

「待って、団地の入口まで送るよ」

「あら、送ってくれるの?せっかくの提案だし、そうしてもらおうかしら」

柊は璃玖に対して笑顔を向けた。

「いや、お前目立ちたくないんだろ?五麟俺達と一緒に歩いているところを見られるのはまずくないか」

好意的な反応の柊とは対照的に、永遠はあきれた様子で言った。

「されっぱなしだと気持ち悪いんだよ・・・返せなかったことを悔いて、内に抱えて生きていくのはしんどいから」

璃玖に連れられて団地の出入口に向かう途中で、永遠はずっと気になっていたことを口にした。

「なあ、お前が守りたいものって――」

そこまで永遠が言い掛けたところで、「お兄ちゃん―!」という声がした。

永遠は耳馴染みみなじみのある声に驚きながら振り向くと、そこにいたのはつばめヶ丘がおか神社で助けた蒼空そらだった。




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