60話 涙ぼくろと邪悪な炎3-情けに刃向かう刃なし-

五麟ごりんである黛璃玖まゆずみ りくとの邂逅かいこうの後、シェアハウスに戻った永遠とわしゅうみお冴木さえきの4人は本部長の芝山しばやまから今回の一件の調査資料を提示された。

「芝山さん、これって・・・?!」

永遠は思わず声を上げた。

「今日駒葉こまば高校に出現した鹿のような怨霊の炎は黄色だったが、角に宿す邪悪な炎により何段階も強くなっていた・・・人間の言語を話し、冴木の攻撃が通用しなかった」

永遠と冴木は芝山の言葉にうなずいた。

「警察からの情報だが、駒葉高校の敷地内で数日前から行方不明になっていた鷲尾わしのお家の神官が倒れているのが発見された。名前は鷲尾兼亮わしのお かねあき。25歳。写真の通り、身につけていた衣服は焦げていて、目は虚ろで呼びかけても反応がない・・・」

「兼亮さんは分家の人間です。神術を扱えるものの実力は高くなく、他の神官一族に婿として出される予定だったと聞いてます」

資料を確認しながら澪が補足を入れた。

「鷲尾兼亮は怨霊おんりょうに取り込まれ、力を利用されていたんじゃないかという風に俺は見ている」

そこまで言うと、4人は一斉に芝山の方を見た。

「神官を取り込んで強くなる怨霊・・・!」

「前世でも聞いたことがないな――しかし周囲の状況や、僕の攻撃が通じないことを考えると間違いないだろうね」

永遠が驚きのあまり大きな声を上げると、冴木は資料を見ながらそうつぶやいた。

「芝山さん、鷲尾兼亮への事情聴取は済んでるんですか?」

柊の問いに対し、芝山は首を横に振った。

「いや、どうやら精神の核が破壊されているようだ・・・会話すら困難だろう」

その言葉で柊と澪は書類を持ったまま呆然ぼうぜんとし、冴木は心痛な面持ちで目を逸らした。

「なんすか?その・・・精神の核って」

1人事態の深刻さをわかっていない永遠が恐る恐る尋ねた。

「精神の核っていうのはね、魂の核と言ったら良いのかしら・・・その人の人格を司るもので、破壊されてしまうと植物人間というか、生けるしかばねみたいになってしまうの。通常の戦闘で露出するようなものではないんだけど・・・」

柊が戸惑いを隠せない様子で答えると、冴木は「見つかった神官があの鹿の怨霊に取り込まれていたとしたら、あの怨霊を生み出した誰かが試したのかも知れない」とポツリと呟いた。

「冴木さん、それはどういうことすか?」

「駒葉高校と五麟の関係性が高いことは過去の事件からも明らかだろう。そこにわざわざぶつけて来た・・・僕は生み出した怨霊の実力を計るために出現させたのではないかと思っている。しかも、今回は一番低い黄色の炎の怨霊だ。あの怨霊で僕たちを殺めるつもりはなかったのだろう。自爆したのはあの怨霊が生きて捕らえられて、僕達に情報を引き渡すことになるのを避けるためだったと推測できる」

冴木が与えられた情報から持論を展開した。

「もし目的が俺達五麟であれば、次はもっと強力な怨霊を出現させるでしょうね。そして今度は俺達を殺すつもりで来るでしょう」

「そんな・・・」

澪の言葉を受けて、永遠はごくりと唾を飲み込んだ。

冴木はそんな永遠の反応を見つつ、「僕は今回の怨霊に麒麟を引きずりだそうという意図はなかった気がする。じゃないとやり方が回りくどすぎる。麒麟を絞れているなら他の五麟がいる場ではなく、彼が1人のところを襲った方が確実だからね」と資料をパラパラとめくりながら言った。

「敵も計算外だったということですね・・・」

柊は口に手を当てて考え込んだ。その様子を見て、それまで黙っていた芝山が口を開いた。

「鷲尾家には警察経由で問い合わせをしているが、神官一族として怨霊に関与していたことは露見させたくないはずだ。おそらく何も出てこないだろう。他の一族からも行方不明者が出ていることは佐奈田から報告があった・・・しかし現状だと断言はできないな」

「あの怨霊を浄化することで神官との関係性が悪化する可能性もあるだろう。証明できない以上、怨霊にしたのは五麟僕達だと言われかねない」

冴木は眉間みけんしわを寄せながら言うと、その横で柊がこぶしを固く握りしめた。

「それでも人々に危険が及ぶ可能性があるなら見過ごせない・・・!」

「いずれにしても、今まで以上に覚悟して臨む必要がある。怨霊が人間を取り込んでいることを想定して任務構成を組むつもりだ。少なくとも当面は単独行動を控えるようにしてほしい――茅野かやの

「はい」

「お前は雷針第二解放が使えると思って、戦力を想定して良いのか?」

芝山が柊に鋭い眼光を向けた。

「・・・大丈夫です」

「柊さん・・・!」と澪が心配そうな声を上げたが、柊は微動だにしていない。

「・・・分かった。茅野は明日麒麟のところに行ってくれ。要求を飲む代わりに本件を伝えて、警護の強化と最低限の情報共有は今後受けるように要請してくれ」

「分かりました」と言いつつ柊が頷いた。

たちばな、単独任務にならないよう、お前も茅野に同行してくれ」

「了解っす」

永遠は力強く返事をしたが、あの麒麟・・・・が素直に言うことを聞くとは思えず、内心頭を抱えるのであった。



「ここがあいつの家か・・・」

永遠と柊は警戒されないように正服ではなく私服に身を包み、璃玖の家を訪ねていた。都営住宅の1室に璃玖が住んでいるとのことだった。

「入江さんからの情報によると、父親とは幼い頃に死別していて母親に育てられた。母親の職業は看護師。弟が1人いる。進路としては、私立への特待生での入学か都立高校への入学を考えてるみたいね・・・」

「てか、どうやって接触するんだ?待ち伏せするのか?」

永遠の言葉に柊は首を横に振った。

「いえ、直接訪問しましょう」

「は?!突撃すんの?」

永遠は思わず大きな声で叫んだ。

「今日は母親が休みで在宅しているみたい。とにかく要件を伝えられれば良いから、自宅で彼を待ちましょう」

「こういう時、意外と大胆なのな・・・」

「大丈夫よ、心配ないわ」

引き気味の永遠とは裏腹に柊はあっさりと答えた。

「ってか、あいつ中3なんだよな・・・」

「前世の記憶があるなら中身が中3かは分からないけどね・・・行きましょう」

そう言って柊がインターフォンを鳴らした。

――ピンポーン

少しレトロな音が鳴った後、「はい」と母親と思われる声がした。

「突然すみません。茅野です。璃玖さんいらっしゃいますでしょうか」

ガチャッと切れる音がして沈黙が流れる。

(不審に思われたか・・・?)

永遠が体を強張らせたが、柊は平然としている。

「あら!璃玖に御用ですか!暑いですし、どうぞ中に入ってください!あの子まだ図書館から帰ってきていなくて!」

母親のパワーに圧倒されるまま、永遠と柊は黛家に上がり込んだ。

(あれ、この人どこかで・・・?)

永遠は母親への既視感を何故か払拭ふっしょくできなかった。



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