36話 闘う理由と譲れないもの5-鳴かぬ蛍が身を焦がす-

駒葉こまば高校での補講に参加していた永遠とわは、クラスメイトの平沢美沙ひらさわ みさ東櫻とうおう大学でやっていたことを知っていると耳元でささやかれた。

「平沢ちょっと」

その言葉を聞くやいなや、永遠は美沙を廊下に連れ出した。咄嗟とっさに美沙の手を引いてしまったので教室内がざわついているが、永遠はそれどころではない。廊下に出ると低い声で美沙に確かめた。

「――東櫻大学にいたのか?」

美沙は顔を紅潮させて放心していたが、「平沢?」と言う永遠の呼び掛けに気がついた。

「そ、そうよ。東櫻大学は陸上部が強いから調査に行っていたの。そうしたら、帰りに本館から出てくるたちばなくんと茅野かやのさんとスーツの男の人達が出てきて、気づいてしまったのよ」

(まずいな・・・こいつに見られてたなんて。どう言っておくのか良いか・・・)

「橘くん、大学から声がかかっているのね!」

「・・・はい?」

「大学側に呼ばれて挨拶あいさつに行ったんでしょう?あの黒い服はユニフォームなのかしら?距離があってデザインまでは見えなかったけど」と美沙は早口で話した。

「茅野さんと一緒だったということは陸上ではないのね?」

「どうしてそう思うんだよ?」

永遠は動揺を隠しながら尋ねた。

「もし陸上を再開したなら、上半身にそんなに筋肉をつける必要はないわ。特に肩から腕の筋肉を増やしてるでしょ?それに比べて、下半身は筋肉を付けているけど付けすぎないようにしてる。ある程度スピードは確保しておきたいんじゃない?」

「どんだけの観察眼だよ・・・。確かに大学から声がかかったのは合ってるけど、茅野と・・・警備のアルバイトしてるんだよ」

永遠はこれ以上美沙がしゃべらないように先手を打った。

「そうなのね!納得したわ!」

美沙は嬉しそうにうんうんとうなずくと、よし!と声を上げた。

「私が橘くんに最適なトレーニング方法と食事をアドバイスするわ!」

「・・・平沢は俺に走って欲しかったんじゃないのか?」

「もちろん橘くんが走ってくれたらうれしいけど、私は推しに輝いていてほしいのよ!」

「・・・推し?」と永遠が首をひねると、美沙はしまったという顔をした。

「まぁ、良いけど。アドバイスもらえるなら助かるよ」

永遠がそう言うと美沙は目を輝かせた。

「任せておいて!まずは食事のバランスと筋肉をつけ過ぎないようにするトレーニングね!お家に体重計はある?毎日計測して送ってほしいんだけど、アスリートモードついてるかしら?アスリートだと体組成たいそせいおよび電気特性が異なるから、より正確に筋肉量や体脂肪を計測するにはアスリートモードの付いている体重計の方が良いと思う。メーカーが限られるけど」

「アスリートモード・・・?あー、でも妹も陸上しているからあったかも知れねぇ。あいつ強化指定選手だった気がするし。確認してから送るよ・・・サンキュー。平沢がサポートしてくれるなら心強いよ。・・・あと悪いんだけど他のやつらには、バイトのことは言わないでくれないか」

「なんで?別にアルバイトは禁止されてないし・・・」

「バイト先でひょろく見られたくないから鍛えてるって恥ずいだろ、だから平沢だけの秘密に留めておいてくれ」

(本当は違うけど、その方が平沢的には納得感があるだろう・・・)

「私だけの秘密・・・!もちろんよ!橘くんが輝いてくれるなら何でも協力するわ!」

美沙は嬉しそうに答えた。

「平沢、クラスのグループLINEにいるよな?」

そう言いながら永遠はメンバーの一覧から美沙を見つけ出し、追加した上でスタンプを送った。

「今スタンプ送ったんだけど、見れるか?」

美沙は震える手でスマートフォンを操作して、「あったわ!」と叫んだ。

「陸上部でも忙しいのに面倒増やして悪いな・・・じゃあよろしくな」

美沙は永遠の言葉が耳に入っていないようで、スマートフォンの画面を見ながら、目を輝かせている。

(ちょっと気は引けるけど、これで手は打てたな・・・)

永遠は自分が打算的に平沢を掌握しょうあくしていることを自覚し、自分の行動に違和感を感じた。下手なうそもつかず、肯定も否定もせずにその場をうまくやり過ごした。

(でも、これって平沢の好意を利用してねぇか?・・・いや、でもこうしなかったらバイトのことがバレてやりにくくなってただろ・・・)

永遠はそれ以上は考えないことにした。

「・・・そろそろ補講始まるから平沢は戻らないとな」

そう言って永遠は戻ってくると、リュックに教科書や筆記用具を入れ帰宅の準備を始めた。

「あれ?橘くん帰るの?」

あおいの疑問の声に、永遠の後に続いて戻ってきた美沙が「葵!失礼よ!」と叱責しっせきした。

「橘くんは、古文は15位だったのよ!」

「・・・クラスで?」

葵はきょとんとしているが、美沙がその反応に激昂げきこうした。

「違うわよ!学年に決まっているでしょう?!補講なんて受けるわけないじゃない!」

「平沢、フォローはありがてぇんだけど、あとの5教科は全部補講だからな・・・」

――キーンコーンカーンコーン・・・。

「美沙!3時間目始まるから席につかないと!」と葵がすかさず美沙を促した。

「じゃあ俺は帰るわ」

「私も」

永遠と華奈かなが教室を後にすると、永遠が小さく吐息をついた。

「橘くん大丈夫?」

「あ、いや、最後ちょっと疲れただけ」

「さっき美沙と廊下に出てなんの話してたの?」

「あー、あれはちょっと平沢に相談があって」

「美沙に相談?トレーニング方法とか?」

「ま、まぁそんなとこ」

「・・・そっか。そういえば、橘くん古文得意なんだね」

聞いてはいけない雰囲気を察した華奈が話題を切り替えた。

「あぁ、古文を読むのは苦じゃねぇんだ。ちゃんと文章入ってくるっつーか・・・」

(あれ、でも何で俺普通に古文読めるんだっけ・・・)

「そう・・・じゃあ、私部活に行ってくるね」

「おぉ、お疲れ」

そう言って、華奈と別れてから昇降口で靴を履き替えると、何気なくグラウンドに目をやった。

(陸上部練習してんな・・・)

眺めていると、永遠の姿に気がついて1人の部員がこちらに走ってきた。

「橘じゃん!登校してたんだな」

笠原かさはら先輩・・・」


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