35話 闘う理由と譲れないもの4-鳴かぬ蛍が身を焦がす-

市立駒葉こまば公園での任務中に、しゅうはなぜ雷針らいしんを使用しないのかとみおに尋ねられた。

「雷針って・・・確か、前世の索冥さくめいの――」

澪の言葉に入江が反応した。

「はい。入江さん朱雀は前世で直接見聞きはしておりませんよね。雷針は索冥が守護獣である澄義ちょうぎと契約したことで得られた第二解放の能力です。空を舞い、鋼鉄の靴から雷撃を飛ばします。至近距離型の雷刀らいとうとは異なり、広範囲で相手に攻撃を与えることが可能です」

「第二解放ともなるとすごいんだねぇ」と入江いりえが関心しながら言った。

「索冥が五麟ごりんで最強と言われる所以ゆえんです。にも関わらず、現世では一度もお使いになっていないのでは?」

「それは・・・」と零した柊のひとみが一瞬揺れた。

「澄義を恐れているんですか。彼女なら心配不要でしょう」

澄義彼女について懸念はありません」

「でしたら俺としても貴女に雷針を使ってほしいです。貴女は剣も立つとは言え、”五麟最強の戦士”であって、”五麟最強の剣士”ではありませんから」

「――現世では約3年間、覚醒かくせい直後から第二解放を封じていました。そのために現世のに澄義が馴染なじんでいないんです。雷刀以上に雷針の制御は繊細です。不完全な状態で発動した場合に一般の方を巻き込んでしまう可能性を排除できません」

「・・・なるほど、確かに一理あります。現世はそもそも雷針で戦える場所が限られていますし、結界を張るのも前世以上に生気を練り上げて錬度を上げる必要があります・・・事情は分かりました。だったら俺が、貴方に雷針を使わせないように動けば良いんですね」

「澪さん、それはどういう意味ですか・・・?」

発言の意図を理解できず困惑する柊に対して、澪は優しく微笑んだ。

「俺も・・・第二解放を使えます」

「――え?待ってください・・・!」

柊は澪に駆け寄った。弟を心配する姉のような表情で澪を見上げている。

「いつ契約をしたんですか?前世では契約していなかったでしょう?」

「索冥の死後ですよ。契約に至るまでに、想定以上に時間がかかってしまいましたが・・・」

「私が死んだ時点で、怨霊おんりょうの被害はほぼなくなっていたはずです。どうしてそのような時期に・・・?第二解放を行えば代償が――」

「代償なんて俺にとっては瑣末さまつなことです。・・・俺が貴女と同じ域に達したかったからですよ。でもこの力を得たこと、そしてこの力について記述を残さなくて正解でした。奥の手になり得るのですから」

「澪さん・・・」

「もし俺の第二解放を知りたかったら、代わりに教えてくれませんか。3年前の珠川河川敷爆破事件について。第二解放を封じていた理由も通じていますよね?」

「それは――」

「本部の皆様!お待たせしました!準備が整いましたので対応お願いします!」

警察官の1人から声を掛けられ、柊の言葉が遮られた。

「柊ちゃん、続きは任務終わったらにしよっか♪」

入江はじっと澪と柊の会話を聞いていたが、警察官の声かけで2人の会話を切り上げた。いつもの調子で言っているものの、目が全く笑っていない。それに気づいてか、澪は「よろしくお願いします」とだけ応えた。

そんな2人の様子を見て、柊はじっとこぶしを握りしめていた。



東櫻とうおう大学の記念祭から1ヶ月後、窓ガラスを1枚隔てた外ではアブラゼミがやかましく鳴いている。すでに夏休みに突入していたが、永遠とわは補講を受けるために、制服に身を包んで駒葉こまば高校に登校していた。

――キーンコーンカーンコーン・・・。

2時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、数学の担当教師が教室を後にした。生徒の通学日数を軽減するため、補講は2時間ずつ同じ科目が組まれており、1教科ごとに1週間補講を受けて最終日に追試験を受ける。それでも合格しない場合は追追試験となり、それも合格点に達しない場合には留年措置が取られる。

――『中間と期末で赤点5教科取ると補講で夏休みなくなるから気をつけてね』

柊に忠告を受けていた永遠だったが、中間に続き期末でも赤点を5教科で取ってしまい、補講への参加が決定してしまっていた。

「数学やっと終わった・・・」

永遠が机に突っ伏していると、「たちばなくん」と言う声が聞こえた。

「大丈夫?とっても疲れているみたいだけど」

クラスメイトの大石華奈おおいし かなが心配そうに覗き込んでいる。

「大丈夫。普段使わない脳みそ使って疲れただけ。ってか、なんで大石が補講にいるんだよ?」

「私、理系が苦手で自分で補講に申し込んだの・・・。うちの学校は希望を出せば補講に出席できるんだよ。塾で夏期講習を受けるより安いし、自分で申し込む人も多いの」

「そうなのか・・・俺は強制参加なんだけどな、ははは・・・」と言いながら、永遠は乾いた声で笑った。

「そ、そうだ!橘くん、足はもう大丈夫なの?」

永遠の様子を察して、華奈は話題を切り替えた。

「あぁ。この1週間でようやくスムーズに歩けるようになった。また鍛え直さねぇと」

「橘くん、やっぱり鍛えるのね?!」

教室後方の扉が開き、クラスメイトの平沢美沙ひらさわ みさ嬉々ききとした声が響いた。

「美沙、声が大きいってば!」と一緒に入ってきたクラスメイトの吉川葵よしかわ あおいが制した。美沙・華奈・葵は中学からの友人同士だ。

「お前らも補講かよ・・・」

「3時間目から古文でしょ?私は大学で必要じゃない教科に時間を割くほど暇じゃないから!」

「結果的に補講になって、余計時間取られてるじゃねぇか・・・」

永遠の言葉に、美沙は「うっ」と声を漏らした。

「葵は文系苦手だもんね・・・・」

華奈が葵に声をかけた。

「理系は好きなんだけど、文系の授業って眠くなっちゃって・・・」と葵が小さく答える。

「そういえば、平沢は体育祭の時って運営やってたんだっけ?姿見なかったような・・・」

「それはね、陸上部の先輩に頼まれて、陸上をやったら伸びる有望株を探していたの。ほら、橘くんの実力はすでに把握済みだから、他の1年をねらってたのよ。お陰様で2人射止めたわ」

「狩人みたいなテンションで言うなよ・・・そいつら本当に陸上やりたくて入部したんだよな?」

ピースをする美沙に対して、永遠は心配した様子でつぶやいた。

「当たり前でしょ。それよりも私、橘くんに聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいこと?」

美沙は周囲を気にしながら永遠に近づいて、耳元でささやいた。

「私、知ってるのよ。橘くんが東櫻大学の100周年記念祭でやっていたこと――」


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