37話 闘う理由と譲れないもの6-鳴かぬ蛍が身を焦がす-

補講のために夏休みも駒葉こまば高校に通う永遠とわは、補講終わりに中学の陸上部の先輩である笠原翔かさはら しょうに遭遇した。フェンス越しに現れた笠原は「おい、待てよ」と呼び止めて、わざわざ永遠のところまでやって来た。汗が滴る彼の肌は健康的な小麦色に焼けている。

「お前、ずっと松葉杖まつばづえじゃなかったか?」

「はい、ちょっと右足を怪我してました。先週から松葉杖が外れて・・・」

「本当に気をつけろよ。貴重な才能をつぶす気か?」

「買いかぶり過ぎですよ、先輩。つーか、勝手に練習抜けて来て良いんすか?」

永遠はグラウンドにいる生徒に一目した。他の生徒は笠原の様子を伺いつつも、練習を続けている。

「今日の午後は自主練だからな、問題ない。水飲み場行くから付き合えよ」

「ちょ・・・!」

笠原が永遠の返事も聞かずに歩き出してしまったので、永遠は仕方なく後をついていった。校舎の裏側にある水飲み場は誰もおらず、だれかが置いていったと思われる掃除用のT字型の自在箒じざいほうきちり取りが残されていた。笠原は顔を洗い終えると、永遠の方に顔を向けた。

たちばな、俺はあきらめてないからな。お前が関東中学校陸上競技大会で見せたあの走りはすごかった。男子2年100mの決勝での大会新記録の走りだよ・・・!お前が怪我を理由に陸上を辞めるなんて納得できない」

「もう2年以上俺は大会に出てないんすよ?納得できないって・・・俺の人生に先輩の許可が必要すか?」

「そんなこと言って本当は戻りたいんだろう?俺の耳まで届いてるぞ、お前の妹の話」

「だったら何すか?」

永遠は目をとがらせた。

「強化指定選手に選ばれたんだろ?妹が陸上で活躍しているのに何にも思わないのか?」

永遠の頭には一瞬自宅のリビングに並べられたトロフィーや飾られた賞状が浮かんだが、すぐに消えた。

(あれは全部千羽の努力でつかんだもの・・・俺がねたむなんて筋違いだ。それに・・・)

「――体育祭で『陸上競技を続けるよりも大事なものを見つけた』って言いましたよね?」

「確かに言ってたな。お前の言う陸上より大事なものって何だよ?」

笠原はそう言いながら永遠に詰め寄ってきた。

「それは・・・」

五麟ごりんとしてみんなを守ることなんて言えねぇし・・・)

永遠が回答に困っていると、背後から「見つけた」という声がした。永遠が振り返ると、駒校こまこうとは異なるYシャツと紺のズボンの制服に身を包んだ男子高校生4人が立っていた。Yシャツの首元を大きく開け、髪の毛はそれぞれ金髪、銀髪、赤髪、緑髪にそれぞれ染めている。

「笠原、ようやく見つけたぞ。散々逃げやがって・・・!」

「笠原先輩、こいつらと知り合いっすか?」

「あ、あぁ・・・」

笠原は歯切れ悪く答えた。

「知り合いどころじゃねぇぞ!俺の女を横取りしやがって!」

男子高校生のうちの金髪が激昂げきこうしている。

「あのにすでに付き合ってる奴がいるなんて知らなかったんだ・・・!だまされたのは俺の方だ!」と笠原も負けじと大きな声で叫んだ。

色恋沙汰いろこいざたかよ・・・面倒だな・・・)

永遠はため息混じりにその場を離れようとしたが、金髪から「おい待てよ!」と呼び止められてしまった。

「逃がさねえぞ・・・お前も笠原とグルだろ!」

「いや・・・俺はグルでもなんでもなくて――」

永遠は否定しようとしたが、即座に「黙れよ!」と遮られた。

「笠原の仲間のくせに自分だけ助かろうとしてんじゃねえよ・・・まずはお前から痛い目に合わせてやる!」

そう言うと4人はボキボキと指の関節を鳴らしながら永遠に近づいてきた。

(こいつらは言ったところで話を聞かねぇし・・・。なら――)

永遠は水飲み場に立てかけられているT字型の自在箒に目をやり、手に取った。

「・・・4対1だし、これは正当防衛っすよね?」

永遠はほうきを構えると突撃してきた銀髪の拳と緑髪の蹴りをかわし、手や足を箒で払ってみせた。

「は?!」

「ぐあ!」

2人はバランスを崩し勢いよく倒れこんだ。

「なんだこいつ?!笠原・・・お前用心棒がいたのか・・・!」

「だから違――」

「俺達が仕返しに来ることも想定内ってか!?ふざけやがって!」

永遠が金髪の発言を訂正しようとしても、あえなく遮られた。

「言わせておけば、勝手なことばっかり言いやがって・・・!少しは人の話を聞けよ!」

続いて赤髪が永遠に突進して来たので、永遠は身を翻すと正確に急所をついていく。

「がっ!」

(遅えな・・・冴木さえきさんやしゅうより全然遅え・・・)

急所を何箇所も突かれた赤髪はその場に崩れ落ちた。

「お、おい、お前ら・・・」

仲間が瞬殺されるという光景を目の当たりにした金髪は声が震えている。

「俺は無関係だけど、あんたと先輩とその彼女でちゃんと話した方が良くないっすか?少なくとも、相手の高校に仲間を引き連れて乗り込んで痛い目合わせるって、解決策にはならねぇと思いますけど――」

永遠は金髪にゆっくりと近づいてギロリとにらみつけた。

「・・・まだやるなら俺も手加減できねぇっすよ?」

「ひぃぃぃ!」

金髪は悲鳴を上げて「お前ら覚えておけよ!」という捨て台詞を吐くと、他の3人ともども走り去って行った。

(ったく、何だったんだ・・・)

永遠は小さく息をついて片手で体についた土埃つちぼこりを払っていく。笠原は後退あとずさりしようとつまずいてバランスを崩し、尻もちをついた。真夏日にも関わらず、笠原は身体をぶるぶると震わせている。

「お前、その身のこなし・・・本当に橘か?その棒術といい素人の身のこなしじゃねぇぞ?」

「・・・そりゃどーも」

「仕方ない。お前が陸上をやらないのは許してやる。あいつらをなぎ倒すお前の眼はアスリートの眼じゃなかったしな」

永遠が水飲み場に箒を戻すのを見届けた後、笠原は満更なさそうに言った。

「許す・・・。まぁ、それで良いっすよ。にしても、先輩は陸上に関して熱弁を振るう前に、身の振り方を気をつけたらどーすか?あいつら、先輩を痛い目にあわせるって言ってましたし」

「お前を巻き込んで悪かったとは思ってる・・・」

笠原はぎこちなく永遠に謝罪した。

「じゃあ俺は行くんで」

「最後にひとつ聞かせてくれ、お前の陸上よりも大事なものって何だ・・・?」

――『俺には譲れないものがあります。兄がそれを奪うつもりなら・・・容赦はしません』

永遠の頭にはみおの言葉が反芻はんすうしていた。

「俺にも譲れないものがあるんすよ・・・では俺はこれで」

笠原は永遠の言っていることが理解できていない様子だったが、永遠は意に介せずその場を立ち去った。




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