23話 新たなる敵3-木に竹を接ぐ-

永遠とわは中高生連続襲撃事件の犯人が鷲尾わしのお家随一の神官・兼路かねみちであることを突き止めるが、しゅうみお生霊いきりょうに襲われ窮地に陥ったその時――。

柳緑花紅りゅうりょくかこう

地面から一斉に草木が飛び出してきて、生霊は逃げながら兼路の元へと戻った。

「何・・・?」

異空間に亀裂きれつが走り、その隙間すきまから人が飛び出して来た。

「すまない!迷って遅くなってしまった!」

冴木さえきさん・・・」

永遠は駆けつけた冴木の姿を見るなり、膝をついてその場に崩れ落ちた。

血だらけでうつ伏せに倒れている柊、回復術を使う澪、戦意を喪失している永遠――。

冴木は状況を確認してから口を開いた。

「――随分と派手にやってくれたみたいだが、君の仕業かい?」

「神官が形成した異空間に五麟ごりんが侵入するなんて、文献でも事例がありませんが・・・」

「僕は私利私欲のために力を行使する神官が昔から嫌いでね。嫌いだからこそ、詳しいんだ。すまないが、ここからは僕が相手をさせてもらうよ」

「むしろこちらとしては僥倖ぎょうこうですよ。聳孤しょうこに関しての情報はありませんでしたから」

兼路はニタリと笑いながら生霊を冴木に差し向けたが、冴木が印を結ぶと地面から樹々が一斉に地上に飛び出し、生霊に応戦していく。

――バチン!バチン!

生霊を捕まえようと樹々が地面に枝を打ちつけて大きな音を立てる。生霊は樹々をかすめながら、何とか飛び回っている状態だ。そして周囲にはもやが立ち込め、視界が悪くなっていく。

「僕の樹々が君の霊に触れられることに驚いているのかい?教えてあげよう。僕の技で出現する樹々は僕の能力の一部で本物の樹ではない。五麟の力の中心は気力だからね。能力者の精神力が高ければ触れることは難しくない」

「・・・本当に想像以上によくやりますね。まさか聳孤がここまでやるとは思っていませんでした」

「君は文献をつぶさに読んでいるようだが、五麟は適材適所の役割を遂行しているだけで、戦闘能力が劣っている人間はいないからね。聳弧は研究職に適性を持っていただけだよ」

「そうですか。それは知りませんでしたよ」と言って、兼路は不敵に笑った。

「神官はお互いの血族の繁栄のために婚姻を結ぶのが活発だったから、昔は一族で使えなかった神官の能力が固有のものではなくなっている。だが、生霊を使えるのは今も鷲尾家の後継者だけだね?君が口を割らなくてもある程度は情報を収集できそうだ」

「・・・ペラペラとよくしゃべりますね。面倒だからもう終わりにしましょうか」

兼路はため息混じりにそう言うと、生霊に向かって指揮を振るうように右手を振り下ろした。それを合図に、生霊たちが一斉に冴木を攻撃した。

「危ない!!」

「――空花乱墜くうげらんつい

澪が思わず叫ぶが、冴木がいたであろう場所には誰の姿もない。

「これは・・・厄介ですね」

兼路は突如出現し、迫り来る樹海に生き霊を差し向けた。

「神官を嫌いな僕が君とおしゃべりをしていたのは、樹海の中に気配を消して、幻術の効果を高めるためだよ」

術の効果なのか、どこからともなく冴木の声がしている。

「一体どこに・・・?!」

兼路は生霊を使い、目の前に広がる樹々を蹂躙じゅうりんしていく。

「僕の力は幻の中で効果を発揮する。でもそれだけじゃない」

そう声がした瞬間、兼路の前に刀を振り上げた柊が現れた。柊は稲光を宿した刀を兼路に振り下ろす。

――バリバリ!!

兼路はかわしきれずに、右肩と左足の太ももに太刀を受けた。切られたと思い、下がりながら確認したが血は出ていなかった。

「まさか索冥さくめいの気配をも消すとは・・・良い攻撃でしたよ。でも残念、私はこの通り――」

兼路は立ち上がろうとしたが、左足がついて来ない。さらに、右腕もぶらんと下がったままだ。

「・・・私の太刀、雷刀は骨肉をるだけじゃない。私の意志で斬るものを変えられる。霊を斬ることもできるし、人間の神経系を遮断することもできる。現代の戦いには向いているでしょう?」

兼路は柊を見上げてにらみつけた。

「休んでいるんじゃなかったのですか?索冥・・・」

「・・・聳孤は人使いが荒いのよ」

柊は肩を上下に揺らしながら呼吸をしており、右腕の入れ墨は首や顔の一部まで広がっている。

「倒すために使えるものは全て使うよ。徹底的にやらないとね」

そう言って冴木も兼路の前に立った。冴木を追うように澪も兼路の前にやって来る。

「兄さん・・・」

「一般の人をこれほど巻き込んで、あなたは何を考えているの・・・?」

兼路は左掌を柊の前に広げて、言葉を遮った。

「五麟と太陽のげきは危険な存在なんです。特殊な能力を持ち、物証を残さず人を殺せる。前世と同じように、世界を破滅させるために転生したに違いない」

「何を証拠に・・・!」

「物証を残さずに人を殺せるのはお互い様なんじゃないかい?それにしても、現世の人間の君がどうしてそこまで前世に固執しているのか・・・」

柊が珍しく声を荒らげたのに対し、冴木は兼路に疑問を呈した。

「君たちは五麟という存在の恐ろしさを知らないんですよ・・・いずれ後悔することになるでしょう」

――ドン!!

兼路が両手を振り下ろすと同時に異空間から解放され、その衝撃で爆発が起きた。

「みんな大丈夫かい?」

冴木が辺りを見渡し、全員の安全を確認した。

駒葉こまば高校に戻ってきたんですね。・・・兄さんはもうここにはいないようです」

澪が兼路の姿を探したが、それらしい人影は見当たらない。

「茅野くん、すまない。無理をさせたね」と言って、冴木は柊に向き直った。

「あの状況ではやむ無しでした。冴木さんのせいではありません・・・。永遠も大丈夫・・・?」

「・・・なんとか」

「澪さんも大丈夫ですか?」

「そういう茅野かやのさんの方が全然大丈夫じゃないでしょう?!袈裟懸けさがけに切り裂かれたんですよ?!ってあれ・・・止血されてるし、傷が・・・?」

澪は信じられないという顔で柊を見ている。その隣で、永遠は呆然ぼうぜんとしながらつぶやいた。

「あれ・・・本当なんすか?太陽の覡が世界を破滅させようと画策してたって・・・」

「分からない。排除派の鷲尾家の文献のように、破滅させようとしていたと記述しているものもあるが、当時も擁護派の筆頭だった有坂ありさか家の文献では、五麟が全国津々浦々回って怨霊おんりょう退治に奔走したとも残っている。だから、最後は"何を信じるか"しかない。そして、僕たちが"何のために戦うか"」

冴木は永遠を真っ直ぐ見つめた。

「・・・何を信じるか、何のために戦うか」

「僕たちの武器は心に大きく左右される。動揺した状態で戦闘に出ても、身を危険にさらすだけだ。覚えておくと良い」

「はい・・すみませんした」

永遠は冴木に頭を下げた。

「みんなー!大丈夫かーい!」

両手をブンブン振りながら、入江智大いりえ ちひろが走ってきた。

「入江さん、お疲れ様です」

冴木が礼儀正しく一礼する。

「いやぁ、まさか俺の結界の内側から異空間に飛ばして大暴れするなんてね☆俺の結界全然意味なかった・・・って、えー・・・柊ちゃんその怪我・・・」

ざっくりと切り裂かれた柊の背中のあとを見て、入江の顔が真っ青になっていく。

「・・・想定外のことが起きすぎて、さすがに疲れました・・。入江さん、あと任せてよいです――」

全てを言い終わらないうちに柊がその場で倒れ込んだ。

「茅野さん!」

澪が慌てて柊を受け止める。

「柊ちゃん、しっかりして!夏都なつくん!急いで美鶴みつるさんに連絡してくれる?」

「分かりました」

入江の言葉に従い、冴木が電話をかけ始めた。

「すみません!回復術は止血処置以外どうにもならなくて・・・」

澪が申し訳なさそうに謝罪すると、入江が澪のことをまじまじと見つめた。

「あれ?ところで君は・・・鷲尾一族の弟くんでは?」

「あ、入江さん・・・お久しぶりです。すみません。命をねらわれているようで、助けてもらえないでしょうか・・・」

「ん・・・・?」

入江は状況を飲み込めないまま、首を傾げた。



柊が精神世界の中に沈んでいくと、そこで待ち構えていたのはだった。

「柊!」と言いながら、彼女は嬉々として柊に抱きついた。

「ごめんね」

柊は小さな声でそう呟いた。

「いいの、私は柊がまた呼んでくれて嬉しいんだから」

「・・・しばらく戻れそうにない。後のこと頼める?」

「もちろん。柊の望む通りにするよ。だから柊はゆっくり休んでて」

そう言って彼女は浮上していき、柊は深く深く沈んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る