52話 思わぬ再会6-一樹の陰一河の流れも他生の縁-

新潟の朝海あさみ道場に預けられた”リョウ”ことみおは、同じく道場に預けられた少女”メイ”とひょんなことから真剣で対決をすることになってしまう。勝負を経て、澪は心の奥底に閉じ込めていた感情や、母や従兄弟の兼臣かねおみから貰った言葉を思い出すのだった。



「・・・俺、一度は全部あきらめたけど、今からでもやり直せるかな」

本心から出た言葉だった。剣術も回復術も学業さえ、神官になれないという現実を突きつけられた時に全て放り出してしまった。全てを失った自分は何者なのかも分からなくなった。一度放棄したものを取り戻すことは容易ではなく、どれだけ苦労するか分からない。それでも俺はもう一度――・・・。

「ええ、リョウさんなら大丈夫でしょう。血のにじむような努力なくして、ここまで来れませんからね」

メイが真っ直ぐに言葉をくれたことで、俺はじんわりと温かい気持ちになった。

「医者になるのは険しい道のりだと思うけど、神官のように才能が全てって訳じゃない・・・やってみるよ」

すると、メイが俺の顔をのぞき込んで嬉しそうな顔をした。

「なんだよ?」

「リョウさんってとがってる人だと思ってましたけど、意外と素直なところあるんですね・・・なんだか新鮮だなって」

「う、うるさいな!」

俺は自分の顔が赤くなるのが分かった。メイが急に近づいて来たのもあって、心臓の鼓動も跳ねている。

「リョウさんは諦めなければきっと立派な医者になれますよ。私はそう信じています」

月夜に照らされたメイは、額の汗がキラリと輝き普段より美しく見えた。医者という不登校の俺には分不相応な夢でも、自分の可能性を信じてくれる人に出会えたことで、俺の心は暗闇くらやみからすくい上げられたような気がした。

「メイ・・・」

――バン!!

突然、道場の裏口の引き戸が勢い良く開いた。

「かかかっ!こんな夜中まで稽古けいこをするなんてやりすぎだぞ!しかも真剣を持ち出すだなんて、お前ら良い度胸だな!」

そう言いながら道場に現れた朝海さんは笑顔だが逆らえない迫力があり、俺は蛇ににらまれたように動けなくなった。

「――師匠、起こしてしまい申し訳ありませんでした。以後、このようなことがないように留意します」

「・・・メイ、怪我で済まなかったらどうするつもりだったんだ。謝れば良い訳じゃないぞ?」

「――はい、もちろんです」

淡々と謝罪したメイは朝海さんの鋭い眼光にも微動だにしない。十数秒視線がぶつかり合ったが、最終的には朝海さんが折れて大きな息を吐いた。

「全くお前らは困ったもんだな!そうだな・・・少し早いが朝食の支度を始めるとするか。手伝ってくれるか?」

「承知しました」とメイがうなずいた。

「・・・あの!」

メイと朝海さんが道場から立ち去ろうとしたところで、俺は思ったよりも大きな声で2人のことを引き留めた。

「朝海さん!いえ、し、師匠・・・俺にも稽古を付けてくれませんか。俺、一からやり直したいんです!」

「・・・やっとその気になったか!元々つけるつもりでいたから安心するといい!早速今日から始めるぞ!」

師匠はこれまで見たことないような優しい表情をした後、かかっと笑いながら歩き出した。

「ありがとうございます!」

俺が師匠の背中に深々と頭を下げてから顔を上げると、師匠は手をひらひらとさせながら道場を後にした。メイはそんな俺を見て笑みを浮かべると師匠の後に続いた。


――――――


自らの過去を打ち明けた澪はとても清々しい顔をしていた。

「俺は高校に登校するようになって、剣術の稽古に参加するようになったんです」

「――なんかもう壮絶過ぎて、なんて声をかけたら良いか分からないっすよ・・・」

清々しい澪とは対照的に、永遠とわは重苦しく口を開いた。

たちばなさんが気を遣うことはありませんよ。俺はおかげで強くなれたと思っていますから」

「澪さんは強いっすね・・・」

しゅうさんには勝てませんが」

若干引き気味の永遠に対し、澪は謙遜けんそんしながら言った。

「それにしても、真剣って・・・本当の刀で勝負したってことっすよね?2人そろって何危ないことやってるんすか」

「それはもう忘れて・・・」

真顔で尋ねる永遠から顔を逸らしつつ、柊はバツの悪そうな顔をした。

「あの時・・・貴女の言葉がなかったら、俺は医者の道を志していませんでした。東京の大学に進学したいと思ったのは、貴女が東京に戻られた直後からです。東京に戻ったということだけは師匠が教えてくださったので、東京にいれば貴女と会えるかも知れないと漠然と思っていました。

実家からの支援は受けられそうになかったので、勉学に励んで特待生で免除型の奨学金制度があるところを受験して、無事に合格することができました」

「澪さんはどこまでも真っ直ぐな人なんすね」

「永遠も少し見習った方がいいんじゃない?」

柊の一言が刺さったのか、永遠はしばしの間落ち込んでいた。

「でも、澪さんは俺達と合流するまでに、刀に生気せいきまとわせて戦っていた訳じゃないっすよね・・・?」と、立ち直った永遠が澪に疑問を投げかけた。

「一般人だった時に扱える生気の量と、五麟ごりんとして扱える生気の量は圧倒的に違います。鍛錬は続けていましたが、実戦で使える程ではありませんでした。

でも鍛錬を続けたおかげで、覚醒かくせい後すぐに実践で刀を扱うことができました。覚醒が遅かった分、覚醒してから鍛錬を始めても足手まといになってしまっていたでしょう。今の器でも問題なく刀に生気を纏わせて戦うことが出来ているのは、あの時の鍛錬のお陰です」

「澪さんの努力が実っていたんすね」

澪は少し微笑んでから大きく深呼吸をすると、真っ直ぐ柊を見据えた。

「柊さん・・・答えられる範囲で結構です。東京に戻ることになった経緯を教えていただけないでしょうか」

その言葉を聞いた柊は、眉間みけんしわを寄せて唇をんだ。そして少し思案した後、小さく息を吐いてから口を開いた。

「・・・2年前、突然新潟の道場を後にすることになったのはずっと心残りでした。私はある事件をきっかけに索冥さくめいとして覚醒したものの、力が万全ではなく命を狙われる可能性があったので、新潟に身を隠すことにもなりました。潜伏先が道場だったのは、前世の記憶のこともありましたし、筋力を付けて感覚を取り戻すためでもありました。

朝海道場は芝山しばやまさんを通じて紹介されたんです。1年弱鍛錬をしている間に東京での怨霊おんりょうの事案が急増し、ほぼ同時期に覚醒していた冴木さえきさん一人では対処が難しくなりました」

「それって中2の時か?」

永遠が尋ねると、柊は「そう」と答えた。

「東京に急遽きゅうきょお戻りになったのですか」

「・・・芝山さんもギリギリのタイミングまで待ってくださっていたんだと思います。戻れば身の危険は当然あったので。でも情勢は待ってくれなかったですし、道場に迷惑をかけないように秘密裏に動く必要がありました。私が知ったのも東京に戻る前日で・・・リョウさんに打ち明けることができませんでした」

言い終えると、柊は小さく拳を握り締めた。

「・・・大変でしたね」

澪はそんな柊の気持ちを慮るように言った。

「制服は元々入学するつもりで用意していたので、そこは困りませんでしたが・・・怨霊による怪奇現象も重なり、周囲の目は厳しいものがありました。その度に私は新潟での日々を思い出していました・・・澪さんに一つ伺っても?」

「なんでしょうか?」

「先程の師匠のお話だと、新潟にいた際は敬語ではなかったんですよね?なぜ上京のタイミングで言葉遣いを変えられたんですか?」

澪は少し驚いたような顔をした後に笑みを浮かべた。

「・・・メイに俺自身を見て欲しかったんです」

「どういうことでしょうか?」

柊にとっても予想外の回答だったのか、困惑した様子で尋ねた。

「神官になれないと分かってからの俺は言葉遣いが荒れてしまい、以前の話し方に戻れなくなってしまったんです。それに新潟にいた時は貴女と決して仲が良い訳ではありませんでしたし、喧嘩けんかばかりだったでしょう。だったらいっそのこと、”リョウ”としてではなく”鷲尾わしのお澪”として、成長した姿を見てほしいと思っていました。だから言葉遣いも矯正したんです。

俺が角端かくたんであったことは本当に僥倖ぎょうこうでした。俺が角端として近づいたら、貴女は俺を阻めなくなるからです。その距離はきっとリョウだと打ち明けた時よりも近かったでしょう?だから角端として貴女が誰よりも傍に置いてくださることが嬉しかったんですよ。俺は澪としても、リョウとしても、角端としても・・・貴女に救われているんです」

優しく語りかける澪に対し、柊はまだ戸惑いが隠せないようだった。

「いつ私が”メイ”だと気づいたんですか」

「先程お話したように、最初は貴女だと分かりませんでした。修練場で手を合わせた時に妙な感覚はしましたが、確信には至りませんでした。確信を得たのは俺が覚醒した時です。新潟での貴女の言動は、今よりもずっと前世の索冥そのままでしたから」

澪の説明に、柊は納得した表情で頷いた。

「・・・あなたは隠し事をするのがとても上手いことは分かりました」

「あれ?・・・それだけですか?」

「再会ができて嬉しかったのは私も同じです。”メイ”としても柊としても・・・あなたに言いましたね。角端と現世で会いたくなかったと。つらい思いをさせてしまうのは分かっているから、覚醒してほしくなかったと。でも今はあなたが居てくれて、一緒に戦ってくれて、傍にいてくれて、とても有り難いですし心強く思っています・・・これが今、私が伝えられる精一杯です」

柊は淡々と語ったが、節々で澪と角端への愛情が感じられる言い方だった。

「ふふ・・・あの頃と変わりませんね。”メイ”・・・いや、柊さんは。これからも傍に置いてくださるということで良いんですよね?」

「――それは澪さんのお好きになさってください」

柊は困惑しながら小さな声で言った。

「それにしても、覚醒直後から柊は強すぎじゃね?」

「そんなことはない。ただ・・・必死だっただけ」と言いつつ、柊は永遠から視線を逸らした。

「どうしてそんなに強くなりたかったんだよ。もしかして3年前の事件のことか?」

「それは・・・」

柊が言葉を詰まらせる中、永遠は真っ直ぐに見据えた。

「柊、俺聞いたんだ。つばめヶ丘がおかの夏祭りで吉川よしかわに会って、お前のばあちゃんのこと。澪さんに俺が現場にいたことも教えてもらった」

「澪さん・・・どうして永遠に教えたんですか・・・?」

柊は血の気の引いた顔で澪のことを見つめた。

「柊さん、橘さんは当事者ですよ。五麟であり役目を果たしている以上、橘さんも知る権利があると思います。柊さん、教えてくださいますか・・・3年前の珠川たまがわ河川敷爆破事件のことを」

澪が核心的な質問を柊に投げかけた。






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