51話 思わぬ再会5-一樹の陰一河の流れも他生の縁-

新潟の朝海あさみ道場に預けられた”リョウ”ことみおは、時を同じくして道場にやって来たメイという少女と出会う。ある満月の晩、深夜2時を回っても稽古をやめないメイを見かねた朝海は、澪にメイを説得するよう頼んだのであった。



稽古を終わらせようとしたら剣術の勝負を挑んできたメイに、俺は困惑を隠せなかった。

「あのなぁ、こんな時間に何言ってんだ・・・?」

「私は本気ですよ・・・リョウさん、剣術をたしなんでいらっしゃるんですよね。師匠が『リョウは見込みがある』と常々仰っていました。剣術の手合わせを行い、負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くというのはどうでしょう」

俺は言っても聞かないメイにあきれていた。剣術の勝負にしても、7年稽古に励んでいた俺が1ヶ月前に剣術を始めたばかりの奴に負ける気がしなかった。だが、新潟に来る前は地元の不良との喧嘩けんかに明け暮れる日々を送っていたこともあり、売られた喧嘩は買う主義だった。

「あぁ、良いよ」

俺が勝った暁にはメイは今後一切満月の日に深夜の稽古をしない、メイが勝った暁には俺は今後稽古に参加し、メイの相手をするということになった。

すると、メイは「少しだけ待っていてください」

という言葉を残して道場を出ていった。

数分後に戻ってきたメイは手にしたさやから刀を抜いた。直刃すぐは太刀たちがギラギラと輝いている。

「どうせなら真剣でやりませんか?」

度肝を抜かれてしまった俺は、メイの持つ刀と彼女の表情を交互に確かめた。とても冗談を言っている表情ではない。

(真剣を持ち出すとかイカれてるだろ・・・!朝海さんにバレたら、俺もこいつもタダじゃ済まないぞ・・・)

「あなたが普段発している殺気を考えると、木刀では手ぬるい。よければこの勝負、引き受けてくれませんか?・・・剣術を始めたばかりの素人に負けるわけありませんよね?」

メイは落ち着いた口調でそう告げると、真っ直ぐに真剣を構えた。

俺は心底怒りに震えていた。これまでの人生、神官として覚醒かくせい出来なかったことでしいたげられてきたが、初心者の奴に剣術のことで挑発されるのは初めてで屈辱的だった。

「分かった、やろう」

俺は怒りに任せて鞘から真剣を抜いた。長年剣術をやっていたが、実際に刀を抜いたのは初めてだった。メイと対峙たいじして真剣を構えた俺は、彼女の眼光とまとう空気に身体が震えた。そんな心と連動するように、切っ先が小刻みに上下している。

「リョウさんから来ていいですよ・・・どうぞ」

(どうぞって言われてもな・・・!)

俺がためらっていると、メイは無表情で俺を見据えたまま息を吐いた。そして、「それなら私から行きます」と言うと一気に前に出た。

(速い・・・!)

俺は避ける間もなく正面からメイの刀を受けた。

――キイィィン!

真剣同士がぶつかり合い、皆寝静まった深夜の道場に鈍い音が響き渡る。受け止められたのも束の間、間髪かんぱつをいれずメイからの斬撃ざんげきが飛んできた。

次々に飛んでくる刃を辛うじて受け続けているが、衝撃が重い。メイは踊りでも舞うように軽快に攻撃を繰り出してくるが、中1の少女の動きとは思えなかった。

(あいつの筋力どうなってるんだよ・・・!)

俺は反撃に出ようとしたが、メイを斬ってしまうかもしれないことへの恐怖で一瞬体の動きが止まったすきに、みぞおちをつかで殴られてしまった。

「ゴホゴホ・・・!」

床に転がった俺は呼吸が苦しくなり、その場にうずくまった。メイは俺が使っていた真剣の柄を蹴って道場の入口近くまで飛ばした後、俺に真剣の切っ先を向けた。

「手加減できず申し訳ありません。油断すればこちらがられてしまうので・・・お怪我はありませんか?」

「お前・・・柄で殴るなんて卑怯ひきょうだぞ」

「お言葉を返すようですが、私たちがやっているのは剣道ではありません・・・剣術ですよ?ましてや真剣での斬り合いは生きるか死ぬか――卑怯も何もありません。それにしても屈辱ですね・・・私が迷いを見逃すと思いましたか?」

殺気を感じて後ずさりをしようとした俺だったが、上手く立ち上がれずしりもちをついてしまった。そんな俺に対して、メイは容赦なく真剣を振り下ろす。

(本当に殺られる――!)

俺は思わず目を閉じたが、身体に痛みは感じない・・・恐る恐る目を開けると、切っ先が自分の眼の前で止まっていた。

「うわっ!」

その光景に驚いた俺は思わずった。メイは真剣を動かさずにじっとこちらを見ていたが、静かに刀身を下ろした。

「あなたの境遇については師匠から少し伺いました・・・神官として覚醒できず、扱いに困った家族から預けられたとか」

「メイは神官のこととか知っているのか・・・?!」

俺は朝海さんがメイに話してしまったことよりも、メイが神官について知っていることに驚いて勢いよく起き上がった。

「ここに預けられる人間が無関係だと思っている時点で間違っていますよ」

メイは吐き捨てるように言ったが、俺は関係者がいると分かって気が気ではなかった。

「じゃあメイも神官なのか・・・?」

「いえ、私は神官ではありませんし、絶対に神官にはなれません。適性がないんです。でも、私はやらなければならないことがあります。そのためにはこれで強くならないと・・・。

言葉を選ばずに言うと、あなたみたいに剣術の腕と才能に恵まれた人に全部失った、この世の終わりだみたいな顔で道場に入り浸られると腹が立つんです。もちろん、道場に出入りしている門下生全員が高い志を持っている訳ではないですし、なんとなく習っている人もいるでしょう・・・それでも、どんなに努力してもあなたに届かない人だっているのに・・・」

「俺は別にそんなつもりは・・・!」

「自覚がないんですか?・・・本当に?」

メイに詰め寄られて俺は息を吐いた。

「自覚は・・・ある。兄さんのような神官になることがずっと俺の目標だったから」

俺は痛いところをつかれたことで思わずメイから目を背けた。

「リョウさんのお兄さんはすごい人なんですね」

「そうだ、兄さんは一族の中でも屈指の実力者・・・俺は兄さんとは違う」

「・・・お兄さんの背中を追い続けるのは辛かったでしょうね」

「知ったような口を聞くな。お前に俺の何がわかる・・・!俺は神術を何一つ使えない。出来損ないどころじゃない・・・親族はきっと生まれてくる家を間違えたんじゃないかって思っていたはずだ」

俺が怒りに任せて本音をぶちまけると、メイは同情やあわれみの目を向けることなく、真っ直ぐと俺を見据えた。

「神官の子だからって、神術が使えないとダメってことはないのでは?」

「いや、神術が使えないと怨霊に対処できない。神官の生業なりわいは神よりたまわりし神術を用いて神にお仕えすること・・・存在意義がなくなってしまうんだ。結界術と古式の回復術くらいしか使えない俺は、あの家に居場所がなかった・・・」

メイは俺の言葉を聞くと、持ったままだった真剣に手のひらを添えた。すると刀身が白い光を纏っていく。

「一体どうなって・・・?」

「覚えておいてください。生気を纏まとわせれば、普通の武器でも怨霊に通用するんですよ」

「そんなこと・・・聞いたことがない」

「どこかで継承が途絶えてしまったのかも知れませんね。剣術自体の鍛錬が必要なだけではなく、生気を物質に纏わせなければいけないので制御も難しい。神術の利便性には及びません・・・でも、回復術をお使いになれるんですよね?だったら生気を扱える素質はある。神術が使えずとも、あなたも怨霊に対処できますよ」

メイは刀を鞘に収めた後、優しく微笑んだ。俺はその笑みを見て視界がかすんだ。

「俺にも・・・できるのか?」

「そう言っているではありませんか。生気の使い方を知らなかっただけでしょう?それに古式の回復術だって、誰にでも使える訳ではありません・・・あなたには才能があります。古式の回復術を取得するには古文書レベルの指南書を読む必要があると思いますが、その指南書を読めるということは勉学にも励まれてきたようですし、将来は人を救う医者になればいいのではないですか?」

「・・・医者?」

これが晴天せいてん霹靂へきれき、というやつだろうか。

俺は神官として覚醒して兄のような立派な神官になりたかった。それが果たせず生きる目的を失っていた俺にとって、医者を志すというのは自分に与えられた使命であるように感じられた。

――『兼臣かねおみくん、どうして僕にはみんなと違って”兼”の字が入ってないの?』

――『澪のお父さんが澪を産むことを反対していたんだって。澪のお父さんは予知ができるから、産まれる前から澪に神官としての才能がないということは分かっていたみたい・・・澪のお母さんが澪を絶対産むと言って一族を説得したって聞いたよ。だから澪の名前はお母さんが付けたんだって。”澪標みおつくし”が由来だって聞いたよ。昔の人は船の往来のために、水脈の深いところに目印としてくいを立てていたんだ。いわゆる道しるべだね・・・これは僕の推測だけど、たぶんすずさんは鷲尾家の風習とは関係なく、澪にみんなを助けられる人になってほしかったんじゃないかな』

――『・・・澪、あなたはずっと人を慈しむ子のままでいてね』

母さんは俺に兄さんのような神官になってほしかったわけじゃない。1人の母親として、息子の将来を案じていただけだ・・・それが亡き母の遺言なのに、どうして今まで思い出せなかったんだろう。

母さん、兼臣くん・・・俺のことを想ってくれていた人は、俺にたくさんの言葉をくれていたのに。悲しさにふたをして、大切な言葉さえも思い出せなくなっていたなんて。

「メイ・・・ありがとう」

俺は床に転がっていた刀を拾い上げた。

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