54話 守りたかったものと守れなかったもの2-明日ありと思う心の仇桜-

3年前に発生した珠川たまがわ河川敷爆破事件の真相をしゅうから聞き出した永遠とわは、以前柊が言っていた”探しもの”について尋ねた。

「それは――」

柊は言いよどんだが、永遠の表情を見て「なんて顔しているのよ」と悲しそうに微笑んだ。

「悪い、言いたくないなら・・・」

尋ねたことを永遠が後悔していると、柊は一息ついて口を開いた。

「――私の”探しもの”は祖母を殺した犯人よ」

柊が一点の曇りもなく永遠に言い放ったため、永遠は思わず目を逸らした。

「・・・やはり、そうだったんですね。犯人の目星は・・・?」

みおの言葉に、柊は首を横に振った。

「いいえ・・・放たれた神術は一族固有のものではないので、ある程度神術を使える神官であれば誰でも扱えます。当時私が犯人を捕まえるために放った雷は、当たった人間を動けなくするスタンガンのような特性を持っていました。でも、現場周辺にそれらしき人物はおらず・・・」

うなだれる柊に対し、永遠はなんと声をかけたらいいのか分からなかった。

「兄の兼路かねみちは3年前の事件当日、東京にいなかったようです。それに、その時点で柊さんが索冥さくめいだと気づいていたら、間違いなく命を狙っていると思います」

「はい、私の中でも鷲尾わしのお兼路は容疑者から外れています」

そう言うと、柊は夕焼けが映る珠川の水面をじっと見つめた。川は夕日のオレンジを投影してオレンジに光輝いている箇所と、漆黒の闇に包まれている場所がある。

「目の前で大切なものを失くした感情は、その場にいた人間にしか分かりません。私はもう・・・自分の力が及ばなくて守れないのは耐えられませんでした。私の大切な”誰か”がこれ以上いなくなるのも、誰かにとっての大切な人がいなくなるのも。だから死の連鎖を止めなくちゃいけないって・・・。

そのため、私は太陽のげきの従者である五麟ごりんでありながら、ずっと自分の目的を果たすために力を使ってきました。太陽の覡を見つけることを躊躇ちゅうちょしていただけではなく、永遠の記憶を封印して五麟として覚醒かくせいするのを阻止し、他の五麟も現れなければ良いとさえ思っていました」

永遠と澪を背にしながら話す柊の体は小刻みに震え、声も揺れている。

「・・・太陽の覡や五麟は人々に望まれ現れる訳ではありません。この世界からしたら、”俺達”は異物でしかありませんからね。実際に、兄のように排除しようとする人間も出てきている」

澪は柊に語りかけながら歩いていった。

「このあざは太陽の覡の従者である証。その一方で、私達は意志とは関係なく”あの方”に縛られる。だからこそ、1秒でも長く平穏な時を過ごしてほしかった・・・」

柊は右腕の痣を左手で隠しつつ、苦しそうに言葉を絞り出した。

「・・・それは貴女の優しさではないですか」

澪は柊の肩にそっと触れると、優しい声で問いかけた。

「――やめてください!私は優しくなんてありません・・・!怨霊おんりょうを浄化するのも、神官と対峙たいじするのも、1日でも早く犯人を見つけるため・・・もう目の前で誰も失わないため。私が戦っているのは全部自分のためなんです――・・・!」

柊は澪の手を振り払い、大きな声を上げた。

「俺もたちばなさんも柊さんに失望したりしませんよ。貴女は・・・どれだけ重いものを背負って来たんですか」

澪は眉間みけんしわを寄せながら、手で髪をかきあげた。

ここで、柊のことを見守っていた永遠がポツリとつぶいた。

「・・・戦う理由って、綺麗きれいなものじゃねぇとダメなのかな」

「え?」

思いがけない言葉に、柊は呆然ぼうぜんとしている。

「お前は自分のために戦っているつもりかも知れねぇけど、その行動で救われている人間は絶対にいる。だから、その・・・自分の心をガチガチに縛る必要はねぇよ」

「俺もそう思います。それに・・・俺だって、太陽の覡の従者だから動いている訳ではない。”俺”自身がそうしたいからそうしているんです。言ったでしょう?貴女と対等に・・・一緒に戦いたいんですよ。お願いですから柊さん・・・自分をゆるしてあげてください」

「赦す・・・?」

柊の脳裏には自分の過去が走馬灯のようによみがえった。


――『芝山しばやまさんも私を利用してください、私も芝山さんを自分の目的のために利用しますから』

――『茅野・・・』

――『柊さん、はるはそんなことを思っていませんよ、私だって―・・・』

――『美鶴さんやめてください、また兄に頼まれたからというのでしょう?それはもう良いです』


私が祖母を殺した犯人を見つけないと――・・・。


もう誰も失いたくない。

永遠に言ったら思い出してしまうかも知れない。

心配してくれる眞白ましろを巻き込みたくない。


もう懐かしい新潟の日々には戻れない。

師匠、大和やまとさん、リョウさんにも頼れない。


怨霊の出現数だって日に日に増えている。

冴木さえきさんも度重なる任務で消耗している。

つらいとか言ってる場合じゃない。

私がもっと強くならないと――・・・。


そう言い聞かせて自分の気持ちを押し込んでいるうちに、いつの間にかうまく言葉にできなくなっていた。

最後に涙を流したのはいつだろう――・・・?


――『ねえ、聞いた?また茅野かやのさんいたらしいよ!』

――『聞いた聞いた!怖いよねー!本当に呪われているんじゃない?』


駒葉七中こまばななちゅうに転入してからというもの、私に関する悪い噂が常について回った。

あの人達に悪意はない。

だって、怨霊がいたことを覚えていないのだから。

あの人達をかばって受けた、この傷のことを覚えている人なんていない。

言っても信じてくれる人はいない。

何があったのかを知る必要もない。


祖母を殺した犯人を見つけるために、私がこの状況を利用しているんだから。

もっと強くならないと。もっともっと――・・・。


じゃないと、祖母を目の前で死なせてしまった私は赦されない――・・・。


「私は赦されてもいいんですか・・・?」

柊は潤んだひとみで澪に尋ねた。

「はい。貴女のことを赦せていないのは貴女だけですよ」

澪の言葉を聞いて、柊は一筋の涙を零した。

「やめてください。私は・・・もう失いたくなくて・・・もっと頑張らなきゃって、ずっと・・・」

「柊さんが頑張ってきたのは知っています。1級情報統制官として現場を率いる姿を見てきましたし、みんな貴女のことを認めています・・・貴女はもっと自分の心に従って生きて良いんですよ」

「うっ・・・」

柊は糸が切れたように大粒の涙を流し、口に手を当てて、必死に声をみ殺している。

「柊さん、俺は貴女の心に従います。貴女は貴女のやりたいようにやってください。でも、独りでやるのは・・・”俺”を置いていかないでください・・・俺も、橘さんも、みんなもいます。もっと頼ってください。柊さんが”誰か”を失いたくないように、俺たちも貴女を失いたくないんです」

澪がそっとハンカチを差し出すと、柊は少し躊躇ためらいながらも受け取った。

(最後に柊の涙を見たのはいつだっただろう・・・ずっと我慢させてきたのかな)

「柊、お前がずっと独りで背負ってきたもの、俺にも背負わせてくれ。俺、もっと強くなるから――・・・・」

「澪さん・・・永遠・・・」

柊は澪から借りたハンカチで顔を覆い、小さく嗚咽おえつを上げながらしばらく泣き続けていた。






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