55話 守りたかったものと守れなかったもの3-明日ありと思う心の仇桜-

珠川たまがわの河川敷で、3年前に祖母が亡くなった事件の真相を打ち明けたしゅう。彼女は一頻ひとしきり泣いた後、気まずそうに口を開いた。

「・・・取り乱してしまってすみませんでした。お陰で少し心が軽くなりました」

「いえ・・・話してくださってありがとうございました」

「本当に・・・限界まで我慢するなよ・・・」

みお安堵あんどする隣で、永遠とわは小さく息を吐いた。

「柊さん、たちばなさんへの術式はすでに外れているんですよね?」

「えぇ、永遠が白虎びゃっことの戦いで炎駒えんくとしての能力を解放した時点で封印術は解除されています」

その言葉を聞いて、永遠は顔を上げてはっとした。

「もしかして、柊が俺の記憶を封印していたのって千年前の記憶だけか?」

「そう。3年前の記憶は凄惨せいさんな現場に居合わせたショックで忘れてしまっているのかも」

柊は永遠のことを心配そうな顔で見つめた。

「では、千年前と3年前の記憶をそれぞれ思い出せないのは、橘さん自身に原因があるのかも知れませんね。千年前の記憶については、当時行動を共にした人物と接触した方が記憶が思い起こされるかも知れません」

「炎駒って誰と行動することが多かったんだっけ?角端と索冥おまえらは違うんだろ?」

永遠が探るような視線を2人に向けると、柊を一目してから澪が口を開いた。

「炎駒は太陽のげき麒麟きりんの2人と行動を共にしていました。炎駒と麒麟は内裏内だいりないの調整役で、俺と索冥さくめいとは1ヶ月に一度会うか会わないかの頻度ひんどでしたね」

「じゃあ記憶を引き出したいなら、太陽の覡や麒麟と接触した方がてっとり早いか・・・」

永遠は腕を組んだ。ふと柊に目をやると、表情に陰りが見える。

(柊は心配してくれているんだろうけど、俺はこのままじゃダメだ・・・。俺も肩を並べていられるようにしねぇと・・・)

「――日が暮れてしまいそうですね。そろそろ戻りましょうか」

「そうですね」

澪の声掛けに応じた柊に対し、永遠はスマートフォンを握ってその場から動かない。

「あの、先に行ってもらえますか?俺・・・美鶴みつる先生に連絡してから戻ります」

「どうして美鶴さんに・・・?」

柊が不思議そうに尋ねた。

「ちょっと頼みたいことがあって。柊と澪さんは任務があると思うんで、先に行ってください」

「・・・分かりました。じゃあ、俺達は先に戻らせてもらいますね」

澪が歩き出そうとしたが、柊はその場から離れることを躊躇ちゅうちょしている。

「柊が心配するようなことはねぇから。俺も覚悟を決めるだけ・・・早く行けよ」

柊も永遠に背を向けたところで、永遠は柊のことを呼び止めた。

「あ、悪い柊。一個だけ頼んで良いか?」

「なに?」

「直近で、柊のばあちゃんの墓参りに行かせてくれないか。補講も終わったし、都合は柊に合わせるから」

その言葉を聞いて柊は目を見開いたが、一拍置いて笑みを作り「分かった」と答えた。

「じゃあ、行くね」と言って柊が歩き出すと、澪も後に続いた。

「柊さん、黄昏月たそがれづきが見えますよ。今夜は満月ですね」

「・・・そうですね」

澪が月を見上げたので柊も視線を向けた。街が闇夜やみよに堕ちていく中で、満月は頭上で輝いている。

「・・・柊さんは満月の夜に必ず任務が入っていること、橘さん気づいてませんでしたね」

「索冥が前世で死んだのは炎駒が亡くなってからです。私が満月の夜に眠れない理由なんて、炎駒が知らなくて良い・・・話さなければならない時が来たら、私から話します」

柊がそこまで言い終わると、澪は足を止めて柊の視界から消えていた。柊は不審に思い、澪の方に振り向いた。

「どうかされたんですか?」

「今後、他の人間に話す時は俺に立ち会わせてください」

「・・・嫌だと言ったら?」

柊はじっと澪を見つめたまま尋ねた。

「貴女が嫌だと仰っても俺は立ち会いますよ。これは角端の問題でもあります」と言うと、澪は柊を見つめ返した。

「・・・ならば私に請うのは無意味ではないですか・・・?分かりました。考えておきます」

2人は並んで歩き出すと、闇夜に紛れて街の中に消えていった。



芝山しばやまはシェアハウス兼本部のリビングで永遠を出迎えた。

「芝山さん、遅い時間にすみません」

「お前から話があるなんて珍しいな。しかもこんな時間に」

リビングにかかっている時計は間もなく夜の22:00を指そうとしている。

「今日は柊も澪さんもいない。冴木さえきさんは塾の夏期合宿ですよね?誰もいない方が都合良かったんで」

リビングのテーブルに広げた書類を眺めていた芝山は、永遠の方へ向き直った。

「・・・親御さんも心配する。手短に聞こう」

「そうっすね、じゃあ簡潔に報告します。・・・幼馴染の一之瀬眞白いちのせ ましろに俺達のことを話そうと思っています」

「そのことをわざわざ言うということは――」

「はい。五麟ごりんのことも、本部のことも、前世があることもです」

芝山は鋭い視線で永遠をじっと見つめている。

「大切な友人に隠し事をしたくないのは分かるが、署名している雇用契約書にも書いてあっただろう?怨霊おんりょうや五麟に関する情報を話すのは守秘義務違反になる・・・箝口かんこう令が敷かれていることも分かっているはずだ」

永遠が正服の内ポケットから書面を出して芝山に手渡すと、芝山は不審に思いながら書面を受け取り内容を確認した。

「・・・誓約書です。美鶴先生にサインしてもらいました。もし眞白が怨霊や五麟のことを他言した場合、秘密を知った全員に封印術をかけてもらいます。美鶴先生の生気せいきが多くないことを知っているので、術をかける場合には俺の生気を代償にしてもらうことも書いています。封印術は術の効果が切れるまで生気を消耗し続けることになるので、当然かける人数が多ければ多いほど、戦闘において使用できる生気の量に制限が生まれます。この件は冴木さんや澪さんにも伝えています」

永遠は手短に誓約書の概要を伝えた。

「茅野から3年前の事件について、橘に話したことは報告を受けている。焦りがあっての行動だろうが、誓約書通りであれば、お前は一之瀬眞白が話した人数が増えれば増えるほど、生気を削がれていくことになる。それによって、茅野や仲間を危険にさらす可能性を考えていないのか?」

「五麟のみんなを危険にさらすかもしれないというのは自覚しています」

「ならば一之瀬眞白に話すのは止めたほうが良い。メリットが感じられない。露見した際のリスクを背負うだけだ。そんな書類にサインをするなんて、美鶴も何を考えているんだか・・・」

芝山はあきれた様子でつぶやいた。

「キャンプ場での第二解放の一部強制解除・・・体育祭での治癒力の強制促進・・・俺や眞白がもっと支えられてたら、柊は無理を重ねずに済んだかも知れない。だから、俺と眞白は一緒に覚悟を決める必要があるんです。もう二度と柊1人で何もかも背負わずに済むように」

芝山は永遠のことをじっと見つめながら話を聞いていたが、「もうこの話は終わりだ。家に送ろう」と言って立ち上がった。

(全然納得してもらえねぇ・・・でも、ここで引き下がる訳にはいかねぇんだよ――・・・!)


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