第二章 -自縄自縛-

19話 思惑通りと想定外1-風雲急を告げる-

橘永遠たちばな とわが目を覚ますと、白い天井が見えた。窓の外からは朝日が差し込んでいる。足元に目をやると、茅野柊かやの しゅうが背もたれのない丸椅子から身を乗り出していた。

「永遠・・・!やっと目を覚ました・・・」

「あれ・・・俺は・・・」

「河川敷で倒れているところを私が見つけたの。治療のために東雲医院しののめいいんに運ばれたんだけど、酷い怪我がなくて良かった」

「そうだ・・・中高生襲撃事件の現場に行ったら、千羽ちわが倒れてるし、白虎びゃっことかいう奴にいきなり襲われて、入江いりえさん怪我するし・・・二人はどうなったんだ?!」

永遠は徐々に意識が覚醒かくせいしてくると、勢いよく飛び起きた。

「・・・っっったぁ!」

永遠の体に激痛が走り、そのまま前のめりでベッドにうずくまった。

「何やってるの・・・」

「いや、なんか全身激痛で・・・」

「いきなり動いたらそうなるでしょ」

柊がぼそっとつぶやいた。

「え?なんか言ったか?」

「ううん、別に。二人の容態は・・・入江さんは隣の部屋で入院中。急所は外してるけど、左肩を縫ってるから2週間くらいは安静だと思う。千羽ちゃんは一般の病院で検査を受けて問題なかったから、昨日のうちに退院して帰宅した。永遠のことは芝山さんからおじさんとおばさんに連絡が入ってるはず」

「みんな・・・大丈夫なんだな?」

「大丈夫だから、安心して」

「良かった・・・」

ここで、永遠は昨日浮かび上がった五麟ごりんの証でもある左手の甲のあざを確認しようとした。

「あれ?痣がない・・・?」

「痣なら、ほら」

永遠の甲に現れていた麒麟きりんの痣は10円玉のサイズまで小さくなり、手首にぼんやり残っているだけだ。よく見れば「火」という文字に見えなくもない。

「痣が見えるのは覚醒前後だけ。しかも見えるのは生気が強い人だけだから」

「でも、柊の痣はずっと残ってないか?」

「それは・・・」

「柊さんは本当の入れ墨を彫ってしまったんですよ」

そう言いつつ神妙な面持ちで病室に入って来た医院長の東雲美鶴しののめ みつるだったが、すぐに笑顔になった。

「嘘です♪痣については能力の連熟度や特性によっても変わりますよね、柊さん?」

柊が小さく息を吐いた。

「美鶴さん、朝からやめてください・・・」

「ふふふ。永遠くん、おはようございます。体調はいかがですか?」

「全身痛いっすけど、大丈夫っす」

「なら、良かったです。記憶の錯綜さくそうもなさそうですか?覚醒時、先代の五麟の記憶の一部を能力と一緒に引き継ぐことがあるそうなんです」

「あー、入江さんが言ってたやつっすか?入江さんは転生って言ってたけど・・・」

「四官はちょっと特殊なんです。あんな人格と記憶を全て持って生をける人間なんて、そうそういませんよ」

「俺は・・・何もないっすね。覚醒の言葉も頭に浮かんだだけで・・・」

「そうでしたか」

美鶴はにっこりと微笑んだ。

「柊さん、少し休まれてはどうですか?ずっと、永遠くんに付き添っていたでしょう」

「え?柊、帰ってねぇのか?」

「昨日は念のため泊まらせてもらった。襲撃されないとも限らなかったし・・・でも、仮眠は取ってるから」

「柊さんは永遠くんが心配だったんですよね」

「美鶴さん、からかわないでください・・・」

「ごめんなさい。心配している柊さんが可愛らしくて昔を思い出してしまいました。さぁ、永遠くんも目覚めましたし、朝食の準備をしましょう。柊さんははるに連絡してもらえますか?」

「わかりました。・・・永遠もおじさんとおばさん、千羽ちゃんに連絡してあげてね。すごい通知来てたから」

「ん?通知・・・?って、うわ!50件って・・・!ほとんど千羽だし!」

「この部屋で連絡をして頂いて大丈夫ですよ、少し待っていてくださいね」

柊は美鶴とともに病室を後にすると、1階の受付で電話をかけた。診療開始前の受付は誰もおらず、静まり返っている。

「・・・芝山しばやまさん、茅野です」

『茅野か』

「永遠が目を覚ましました。懸念していた記憶については、特に思い出していないようです」

『術が切れたことは間違いないんだな?』

「えぇ、美鶴さんにも確認しましたが、間違いありません。美鶴さんが冗談っぽく私の痣についても触れましたが、特に反応ありませんでした」

『そうか・・・ならば無理に詮索する必要はないだろう。当面、炎駒えんくの任務には誰かをサポートでつける』

「・・・芝山さんの思惑通りになりましたね」

――『”本部”を預かる人間として使えるものは全て使う』

柊は以前芝山が言い放った言葉を思い出しながら言った。

『さすがの俺も、ここまでは想定外だ』

「本当にそうでしょうか・・・?」

『俺はことごとく茅野に信用されていないな』

「・・・芝山さん、昨日の襲撃は中高生連続襲撃事件の犯人とは別だったかも知れません」

『俺も入江から報告を受けている。白虎の目的は朱雀すざくだったのだろう。わざわざ朱雀が作り出した異空間に侵入したみたいだしな』

「念願の五麟と相まみえたはずなのに、潔くその場を引いています。本気で殺すつもりなら、覚醒直後の炎駒に致命傷のひとつくらい負わせることはできたでしょう」

『白虎の目的は五麟の抹殺ではなさそうだな。まぁ、良い。これから東雲医院に向かう。今後のことを炎駒に話さなくては。・・・ところで、茅野は大丈夫か?』

「何がですか?」

『相当動揺していただろう。それに術が切れたということは、今まで封じていたものが跳ね返ってきているはずだ』

「そうですね・・・痣が疼くこの感覚は久しぶりです。でも、は協力者ですから問題ありません」

『・・・そうか』

「それでは、東雲医院でお待ちしています」



9時を回ると東雲医院では診療が始まり、慌ただしくなった。通常通り授業があるため、柊は8時過ぎに東雲医院を後にしている。永遠は全身筋肉痛で思うように動けず、ベッドの上でスマートフォンをいじっていた。

――ブー・・・ブー・・・。

1時間目が終わる頃、永遠のスマートフォンが振動した。

【永遠、今日休み?大丈夫?】

一之瀬眞白いちのせ ましろからのLINEだった。

「やっべ、眞白に連絡するの忘れてた・・・」

【永遠は久しぶりに走ったら筋肉痛めて歩けなくなったみたい。病院で診てもらってるから、眞白気にしないで】

柊が永遠に代わり、眞白のLINEに返信している。

「おい、勝手に・・・!」

しかし、実際のことを伝える訳にはいかず、永遠は書いては消してを繰り返しながら、ようやく、【心配かけて、悪ぃな】とだけ送った。

――コンコン

ノックの音がしてから、「失礼する」と言って、芝山が入ってきた。

「あ、芝山さん、お疲れ様っす」

「・・・調子はどうだ?」

「全身痛いんで、そんな調子良くねぇっすよ。で、今日はなんの用で?」

「分かっているだろう。覚醒したその力のことだ」

永遠はゆっくりと起き上がった。

「・・・手伝いのアルバイトって訳にはいかないっすよね」

「能力のことはどの程度把握している?」

「炎駒っていう五麟で、火の力を司っているくらいっすかね。あと、あの大槍だいそう・・・朱槍しゅそうはめっちゃ重いっす」

「・・・それだけ把握していれば問題ない」

「あの・・・なんで入江さんは襲われたんすか」

「白虎についても転生者と思われるが、目的は不明だ。ただし、神官は怨霊おんりょうや五麟への考え方の違いによる対立や衝突が起きていてな・・・。五麟と協力的で一緒に怨霊を対処しようと動いている有坂ありさか家を中心とした有坂派、怨霊も五麟も危険な存在だから排除しようとする姉小路あねのこうじ家や鷲尾わしのお家を中心とした姉小路派、2つの派閥の中立的な立場なのが入江いりえ家を中心とした入江派でな。あいつはその入江家の跳ねっ返りだ。怨霊を正常化出来ないとはいえ、四官の朱雀の力を持つ入江を排除したいと思っても不思議ではない」

「神官って人手が足りないんじゃないんすか・・・怨霊でみんな困ってんのに、使うべきところに力を使わず何やってんすかね・・・」

永遠は大きなため息をついた。

「さて、橘くん。君の炎駒の力を貸してほしい。分かっていると思うが、今後は主力として現場に出ることになる」

「分かってますよ」

「今まで以上に危険も伴う」

「そりゃそうでしょうね。でも・・・この力がなかったら、千羽も入江さんも守れなかった」

あの場に永遠がいたのはたまたまだった。白虎も想定外だっただろうし、永遠がいなかったら入江が千羽を守れていたかどうかも、今となっては分からない。力を持っていたとしても守れる人には限界があるが、それでも自分がいることで大切な人を救えるかも知れない。

「・・・芝山さん、俺やります」

「ありがとう、橘くん」

「いい加減、呼び捨てにしてもらって良いすか。もう部下なんだし」

「ああ、そうだな」と言いつつ、芝山は書類を永遠に差し出した。

「雇用契約書だ。中身は以前とあまり変更はない。気になるなら冴木さえきに聞くと良い。未成年だから親御さんの署名が必要になるが、昨日親御さんのサインは取り付けてある」

「へ・・・?!」

永遠は芝山から受け取った書類を急いで確認した。

「親父の署名がある・・・良いって言ったんすか?」

「怨霊については伏せたが、橘がやりたいのであればやらせてくれと言われている。妹さんの件と一緒に報告に言ったから、お前の気持ちを汲んだのかも知れない」

永遠にとって、父親が署名をしたというのは意外であった。父親は職人気質で厳しい人だった。帰宅時間はもちろん、テストの結果や陸上の成績など追及されることもあった。その父親が学業に支障をきたしかねないアルバイトを許可した理由がわからなかった。

「どうかしたのか?」と芝山が永遠の様子を伺った。

「すみません、大丈夫です。あの、本部で働くなら絶対にシェアハウスに住まないといけないんすか?妹の件もあるんで、できれば自宅に残りたいんすけど」

「妹さんの精神状態も心配なところではあるしな。許可しよう。できれば自宅周辺に結界を張ってほしいんだが、できそうか?」

「結界?」

「そうだ、怨霊から気配を消す結界だ。五麟の気配は特殊だからな。発動直後に自宅に戻ると特定されてしまう恐れがある」

「・・・練習すればできるもんすか?」

「結界の錬熟度によるが、次第にできるようになるだろう」

「柊は結界張るの苦手って言ってましたけど」

「結界は消耗エネルギーが馬鹿にならないからな。茅野はただでさえ近距離型で怨霊に生気を吸い取られやすい上に、元々生気の量が多い方ではないから、結界を張ることを避けていたといった方が正しい」

「なるほど」

「結界を張ることに一番長けているのは入江なんだが、怪我もしているし、冴木に聞くと良いだろう。シェアハウスの地下2階が入江の作った異空間と繋がっている。そこが修練場になっているから使うと良い」

「は?!修練場?地下にそんなのあるんすか?入江さんって実は優秀なんすね・・・」

――ガラガラ!

「ちょっと永遠くん?」

そう言いつつ、入江智大いりえ ちひろが永遠の病室に入ってきた。

「入江さん!もう大丈夫なんすか?」

「さすがに傷はふさがってないけど、美鶴さんが縫ってくれたから、もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「いや、俺は別に・・・」

「球体の中から俺を呼ぶ永遠くん、可愛かったよ〜」

「あの・・・一発殴ってもいいっすか?」

永遠は右手のこぶしを高いところで構えた。

「あれ?縫ったばっかりって言ったよね?傷開いちゃうから、さすがにやめよ?」

入江は苦笑している。

「入江さん、眼鏡してないけど、見えるんすか?」

「あー、あれは伊達眼鏡だからね。視力は1.5あるよ♪少しでも知的に見えるようにって、柊ちゃんがくれたんだ。優しいでしょ」

「・・・そっちで捉えているなら良いっす」

おそらく柊は馬鹿っぽく見えないようにと入江に渡したのだろうが、入江が喜んでいるので永遠はあえて言わずにおいた。

「永遠くん、結界の練習するのも良いけど、まずは中間試験の勉強しないとだよ♪赤点たくさん取ったら、補講で放課後も夏休みも潰れちゃうからね」

「分かってます」

「ひとまず二人ともまずは回復に努めてくれ。橘は今日の夕方には退院できるだろう。連絡は追ってする。俺は警視庁に行ってくる」

そう言って芝山は東雲医院を後にした。



一方で柊は駒葉こまば駅にいた。スマートフォンを片手に辺りを見渡している。

「見つけた・・・」

柊は画面に映し出された人物の元へ歩みを進めた。




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