10話 明かされる秘密3-隠すより現る-

「ハクシュン!!!」

「永遠、大丈夫?」

盛大にくしゃみする橘永遠たちばな とわを、幼馴染である茅野柊かやの しゅうが心配そうに見つめている。

その様子を見て、柊の保護者兼アルバイト先の上司である芝山晴しばやま はるが停めてあったワゴン車のトランクを開けた。積んである備品から2人にタオルが差し出される。

「使ってくれ」

「ありがとうございます」とお礼を言って、永遠は受け取ったタオルで髪の水分をき取る。周囲を見渡すと、永遠達が乗ってきた観光バスは見当たらず、一般乗用車が数台停められているだけだった。

「あれ?さっきの駐車場じゃねぇのか・・・?」

「念のため、森を抜けた先にある第二駐車場に駐車している。知り合いに会うことはまずないだろう」

怨霊おんりょうの存在が公になってない以上、目立つわけにもいかないでしょ?」

柊は芝山の言葉に同意すると、トランクから取り出した救急箱を持ちつつ、後部座席のドアを開けた。

「さあ、永遠乗って」

「お邪魔します・・・」

永遠はひねった足にはあまり体重をかけないように、慎重に乗り込んだ。柊も隣に乗り込んでドアを閉めると、救急箱からテーピングテープを取り出して構えている。

「ほら、応急処置するから足出して」

「いや、俺自分で出来るから!」永遠はそう言って断ったが、柊は「怪我した本人だとうまく巻けないでしょ」と言って聞かない。ちょっと嫌そうな顔をしつつも仕方なく靴下を脱いだ永遠に対し、柊は慣れた手付きでテーピングを巻いていく。

「これで大丈夫」

柊は満足そうに車の後部座席の背もたれに体を預けた。しかし、その顔色は悪い。

「大丈夫なのかよ」

「さすがにしんどいから少し目閉じてる」と言うと、すぐに柊の寝息が聞こえ始めた。よほど疲労が蓄積していたらしい。

車のエンジンをかける音がして、「出すぞ、シートベルト付けておいてくれ」という芝山の声を合図にワゴン車が出発した。

――ブー・・・ブー・・・。

走り出してすぐに、永遠のスマートフォンに着信が入った。画面には【一之瀬眞白いちのせ ましろ】の文字。

(そういや、眞白に連絡するの忘れてたな)

「どうしたんだ?」と運転席から芝山の声がした。

「その、友達から電話来てて・・・」

――『どんなことでも俺たちには隠すな。絶対に言えよ』

永遠は柊に言った言葉が自分の中に反芻はんすうした。本当は眞白にも隠したくない。でも、この電話で全て話すのは無理だ。あまりにも現実離れしている。永遠は返答を少し考えた後、「このまま帰宅することを伝えます」と宣言して電話に出た。

『もしもし?永遠?』

「あぁ、眞白?悪ぃ。連絡するのすっかり忘れてたわ」

永遠はほうけた口調で電話に出た。

『忘れてたじゃないよ!心配したんだから!』

「連絡遅くなって悪かったって」

『ねえ、柊が怪我して聞いたんだけど本当?一緒にいるって聞いたから永遠にかけたんだけど。柊は携帯の電源が入ってなくて』

だれから聞いたんだよ、その情報間違ってんぞ。怪我したのは俺」

『え?!柊じゃなくて永遠なの?!大丈夫?』

「足捻っただけだし、心配ねぇって。柊は調子悪そうだから隣で休んでる」

『よかった。ひとまず2人とも大事ないんだね。』

「念のためこのまま病院に向かうことになった。今、柊の保護者の芝山さんの車で向かってる」

『分かった。お大事にね。2人の荷物置きっぱなしだったから、明日届けようか?』

「そういや荷物を取りに帰るひまがなかったな。悪いけど頼めるか。場所はあとで連絡する」

『もちろんだよ。そうだ、柊と少し代われる?』

「それが柊、寝ちまってさ。起こすか?」

『いや、そのまま休ませてあげて』

「わかった。じゃあまた明日な」

『永遠もお大事にね』

眞白はそう言い残すと、電話を切った。

「終わったのか?」

永遠がスマートフォンから顔を離すのを見て、芝山が声をかけてきた。

「はい。終わりました。俺と柊にとって大切な友達で」

「――そうか」

車は山中を抜けて、高速道路のインターチェンジに入ろうとしていた。

「病院は駒葉こまば市内のかかりつけの個人医院に向かう。しばらく車を走らせるが辛抱してくれ」

「近くの病院に行かないのって、何か理由があるんすか?」

詮索せんさくされるのが色々と面倒だからな」

「・・・確かに。柊のあざを見ただけで色々と聞かれそうっすよね」

「――橘くんも驚いただろう?茅野にいきなり、怨霊とか五麟ごりんとか言われたらしいじゃないか」

「正直、こいつ何言ってるんだって思ったんすけど・・・ようやく腹ん中にあったの言ったなって気持ちの方が強くて」

「どういうことだい?」

芝山は永遠の返答が予想外だったらしく、食い気味に聞いてきた。

「少し前に柊が中学の時に呪われてるってうわさを流されてたって聞いたんです。俺、柊が何も言わなかったのが頭に来て、色々言っちゃったんすけど・・・俺たちを心配させたくないから黙ってたっていう、柊の言葉が腑に落ちなくて。だから今日怨霊や五麟ごりんの話を聞いてようやく繋がったと言うか・・・。実際俺も眞白に言えなかったんで」

「まあ、急に怨霊だとか言われても、知らない人にとってはただのオカルト話だからな・・・無理もないだろう」

「俺もまだ半信半疑なんで、よければ色々教えてもらえないっすか」

「そうだな。話せる範囲にはなってしまうが」

永遠は聞き出すべきことを腕組みしながら考えた。怨霊や五輪についてもっと知りたいが、柊と違って約束を交わしているわけではないので、肝心な部分が伏せられてしまう可能性がある。そうなると二度手間なので、柊に直接聞いた方が良さそうだ。

「そうっすね。とりあえず芝山さんのことを聞きたいっす。あとさっき言っていた“本部“について」

「確かに名乗っただけだったな。俺は芝山晴。独立行政法人どくりつぎょうせいほうじん 国立情報調査局こくりつじょうほうちょうさきょく 危機管理対策本部ききかんりたいさくほんぶの本部長だ」

「独立行政法人国立情報・・・え?」

「正式名称が長いから面倒だと言われ、だいたい“本部“って呼ばれている。俺は3年前にこの“本部“を設立した。元々警官としてこの怨霊の案件を担当していたが、大きな組織の中にいると身動きが取れないことが多くてな・・・。ずっと疑念を持っていたが、“本部“の設立に至ったのは茅野と出会ったことが大きい」

「柊が五麟ごりんだったからですか」

永遠の言葉に、芝山は大きくうなずいた。

「そうだ。元々警察は神官に協力依頼をしていたが、いかんせん神官の数が足りてなくてな、神官が動くのを待っていたらその間に市民に被害が出てしまう。それを危惧して、俺は警察を抜けて独立したんだ。昔から俺は霊感も強くて怨霊も見えた。さすがに五麟ごりんと会った時は信じられない気持ちだったが、自分の目で見てしまっては信じざるを得なかった」

永遠はミラー越しに芝山のことを見つめた。思っていたよりも情報を聞き出せているので、これなら怨霊や五麟についても教えてもらえるかもしれない。

「そうっすよね。・・・ん?待てよ、さっき柊が高校の怪奇現象も怨霊の仕業って言ってたんですが、その対処も柊たちがしてたんすよね?」

「ああ、その通りだ」

「それって誰かに見られてる可能性ないっすか?そしたらSNSにアップされて大騒ぎになるんじゃ」

「問題ない。怨霊は浄化されれば一般人の記憶に残らないんだ。神官の所業は別だが・・・」

「じゃあ、駒場七中で目撃情報ないけど怪奇現象続いてたのって」

「それも茅野が怨霊を対処していたな。実際には目撃者がいる案件もあったが、記憶が残っていないだけだ。それに防犯カメラを見返したところで怨霊はカメラに映らない」

「だから、怪奇現象が起きた現場に毎回柊が居合わせてたのか・・・」

「駒葉高校に出現した怨霊は元々マークしていたものだったが、入学早々に動き出すのは想定外だった。弱い怨霊であることは分かっていたから、入学後に茅野が調査を進めるつもりだったからな」

「そうなってくると、芝山さんもですけど、俺が怨霊のことを覚えてるのおかしくないっすか?」

「神官や五麟ごりんではなくても、元々秘めている能力があれば、記憶を留めておける人は存在する」

「俺も特殊な人間ってことっすかね」

「一般人では括れないだろうな。記憶を留めておけることが露見すれば巻き込まれる可能性が高い。怨霊は力の強い人間にかれるからな」

「自分が巻き込まれる危険もあるのに、芝山さんはどうしてそこまでできるんすか。警察やめたり、本部立ち上げたり・・・」

「俺も君と同じで、怨霊が視えるから放っておけなかったんだ」

「本当にそれだけっすか?」

「――俺にだって守りたいやつがいるんでね」

「柊のことっすか?」

「まあ、そんなところだな」

柊であれば、そうだと答えれば良い。永遠は芝山がぼかしたことで誰か他にそんな存在がいるのだと悟った。

「・・・結局教えてくれないんすね」

「そう言うなよ」

そこからはしばらく沈黙が流れた。永遠は芝山個人について詳しく聞きたかったが、どうにもまぶたが重い。

「――早かれ遅かれ知ることになるさ。君が望まなくてもな・・・ 」

芝山が何かを言った気がしたが、永遠は微睡まどろみの中で意識を手放した。


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