26話 もう1人の自分3-鬼が出るか蛇が出るか-

修練場にいた永遠とわしゅうみお冴木さえきの4人は本部長である芝山しばやまに招集され、シェアハウスのダイニングに集結した。

「大きな任務が舞い込んでいる。今週末に開催される東櫻大学の100周年記念イベントの警護だ」

「え?東櫻とうおう大学って・・・」

永遠が眉間みけんしわを寄せる。

「いや〜俺の大学なんだよね」

先にダイニングにいた入江いりえが頭をかいた。

「東櫻大学は神官ともパイプが太いんだけど、出動要請が出たのはこっちだけかな」

「神官は動かないんすか?」

「イベント当日はマスコミも入るだろうし、神官の露出はなるべく避けたいんだろうね。僕たちなら何か事を起こしても切り捨てられるし」

「言い忘れたが、この任務はたちばな茅野かやのの2人が先方から指名されている。冴木と入江は出動させないで欲しいともな」

(冴木さんと入江さんは動けない・・・)

永遠の顔が曇った。

「芝山さん、東櫻大学の関係者は動いてくれるなということですか?随分勝手を言いますね」

冴木は苛立いらだちを隠しきれない様子だ。

「まぁ、俺は牽制されちゃってるかもね。神官のパイプを駆使して、五麟ごりんを排除しようとする姉小路あねこうじ派の同年代の神官を調略しようとしてるし♪」

「入江さん、嬉しそうに言う事じゃありませんよ」

柊は怒りを露わにしながら言った。

「茅野くんはようやく身体が癒えたところ、橘くんは体育祭以来、戦線に復帰していない。この状態で2人を送り出すのは危険ではないですか?」

冴木が懸念を口にした。

「芝山さん、この案件の依頼人って誰ですか?」

「東櫻大学の理事長だ」

「やっぱり・・・」

柊が口を開いたが、悟ったようにつぐんだ。

「様々な状況もあり、体制が万全でないのは確かだ。しかし、主催者や来場者の安全を確保することは、本部の目的である市民を守ることにつながる。すまないが、今回は依頼人の要望通り、橘と茅野の2人で任務にあたってほしい」

柊が頷いたが、永遠は顔が曇ったままだ。

「橘、行けるか?」

「芝山さん、橘くんの任務復帰はまだ早いのでは・・・」

「冴木さん、大丈夫です。・・・行きます」

芝山は永遠の様子を伺っていたが、「そうか、頼んだぞ」と伝えた。

「あの俺は・・・」

ぎこちなく澪が尋ねた。

「入江さん、冴木さんが動けない分、何か現場でサポートとかできませんか。皆さんにはお世話になってますし・・・」

「鷲尾は慶杏けいきょう大学だったな。そうだな・・・。ホールの警護のサポートを頼めるか。当日はホールに約500名の観客が収容予定だ。茅野に警護にあたってもらおうと思っているが、人手が厚いに越したことはないからな。俺は理事長からの命で本館に待機しているが、何かあれば駆けつけることになるだろう」

「分かりました。橘さん、俺も初任務です。一緒に頑張りましょうね」

澪は永遠を励ました。



東櫻大学100周年記念祭当日、柊、永遠、澪は全身黒い正服に身を包み、東櫻大学の本館前に立っていた。記念行事に相応しくない全身黒い服は悪目立ちをしており、周辺を歩く人々の視線を浴び続けている。イベント開催に伴い、厳戒態勢が敷かれているためか、入口で足止めをらっていた。

「段取り悪いな、目立つじゃんか」

「・・・わざとでしょうね」

柊が吐息を漏らした。

「は?」

「わざと目立たせてるのよ。私たちを呼んでるって」

「俺たち目立たせたところで意味なくねぇか」

「一般人にはね。でも、警察や神官の関係者なら違うでしょう?」

永遠が察する横で、澪は困惑した様子で正服を眺めた。

「しかし、俺も着る必要ありましたかね・・・茅野さんたちと違って、俺は五麟じゃない。ただのアルバイトなのに」

「任務に就く以上、正服の着用と身分証の携帯は必須です。もちろん怨霊が突発的に発生してしまった場合など例外はありますが・・・」

柊の言葉で、永遠は自分の本部の身分証をまじまじと見つめた。

「独立行政法人 国立情報調査局 危機管理対策本部 情報統括部 3級情報統制官・・・名乗れる気がしねぇ」

「大丈夫。名乗るとしたら私からだから、永遠は3級情報統制官のところだけ名乗れば」

「ん?なんで柊が先に名乗るんだ?」

「・・・私の方が階級が上だから」と言って、柊は身分証を取り出して永遠に見せた。

「1級情報統制官?!まじかよ」

「確か、1級は茅野さんだけなんですよね。1級だと警察と単独での交渉権があって、緊急時の統率も委ねられるって聞きました」

「任務の実績数と適性で芝山さんが決めたの。冴木さんは曲がったことが嫌いな性分だから、警察と交渉が平行線でこじれかねないから本人が辞退して・・・・」

「あーそれは分かる気がするな・・・」

柊は永遠の顔をのぞき込んだ。

「それはそうと、やっぱり顔色が良くない。ちゃんと寝た?」

「・・・ちょっと寝付けなくて」

「そう・・・。大丈夫、何があってもみんなのことを守ってみせる。もちろん永遠と澪さんも含めて」

ここで、受付をしていた芝山が3人の元に戻ってきた。

「ようやく許可が下りた。理事長室に行くぞ」

芝山の先導で本館に入って行くと、こちらに気づいたスーツの女性が一礼をした。

「”本部”の皆様ですね。お待ちしておりました。私は一之瀬いちのせの秘書をしております、春日かすがと申します。これから皆様を理事長室へご案内いたします」

春日という秘書に案内され、永遠たちは2階まで階段で登った。長い廊下を歩くと、突き当たりに重厚感が漂う扉が現れた。永遠が見上げると、室名札には『理事長室』と書かれていた。

「理事長、お連れしました」

春日が声をかけると中から「入ってくれ」という声がして、扉の中に通された。

理事長に足を踏み入れると、手前には高級感漂うソファのセットが、正面の奥には広い執務用のデスクがそれぞれ設置されており、声の主は執務スペースの椅子いすに腰をかけていた。芝山を先頭に部屋に入り、デスクの前で足を止めた。

「独立行政法人 国立情報調査局 危機管理対策本部 本部長の芝山です。本日はよろしくお願いいたします」

「あぁ、今日はよろしく頼むよ」

芝山に言葉をかけつつ、永遠と柊を舐めるように見つめている。

「久しぶりだな。相変わらず眞白ましろと仲良くしてくれているんだろう?あぁ、名前を失念してしまったから改めて名乗ってもらえるか。ビジネスパートナーの名前は覚えておきたいんでね」

(・・・!こいつ・・・)

永遠が一歩前に出そうになったのを柊が手で塞いだ。永遠が柊の顔を見ると、柊は首を振っている。

「茅野から名乗ってくれ」という芝山の誘導もあり、柊が高校とは異なる身分証を取り出した。

「独立行政法人 国立情報調査局 危機管理対策本部 情報統括部 1級情報統制官の茅野柊と申します」

「・・・同じく3級情報統制官の橘永遠っす」

「同じく3級情報統制官の鷲尾わしのお澪です」

本部のメンバーが挨拶する中、理事長は表面上愛想良くしていたが、その眼は値踏みするような視線を送っていた。

「私は学校法人東櫻学園の理事長を務める一之瀬怜士いちのせ れいじだ。息子が世話になっているよ。友人は選んで欲しいものだが、あいつもまだ子どもだからな。親がしっかり守ってやらねば」

「・・・そろそろ本日の任務のお話をさせて頂けますでしょうか」

芝山が怜士の小言を断ち切った。

「そうだったな。今日の100周年記念祭は東櫻大学にとって重要な催しだ。何事も起こらないように警護を頼みたい。もちろん警察も来ている。君たちに依頼したいのは警察では太刀打ちが難しい事案だ。起きるかも分からんがな」

「有事が発生したら警察と連携して対処します。では、こいつらを配置につかせますので」

芝山が「行くぞ」と言って、3人の退室を促す。

「息子は仕事のことは知らないのだろう?知ったらどんな反応を示すだろうな」

柊は怜士の言葉に足を止めて振り向いた。

「仰りたいことはそれだけでしょうか。では失礼します」

それだけ言ってきびすを返すと、理事長室を後にした。

「3人ともご苦労だった。本来であればこんな場に出すつもりもなかったんだが、先方が譲らなくてな」

理事長室を出たところで、芝山がネクタイを緩めながら3人に声をかけた。

「実際に怨霊や神官の事案が起きている訳ではないし、トラブルの抑制が目的なんでしょう。理事長が自ら指示を出して、警備員が校内を巡回している。この事実があれば良いのよ。とにかく今日が無事に終わってくれればそれで良い」

「俺は本館の警備室で、監視カメラに不審人物が映っていないかどうかをチェックしている。何かあったら連絡してくれ」

「了解です。私と澪さんはホール、炎駒えんくは展示ブースがある別館周辺を巡回します」

「頼んだ」

「炎駒も聞いてる?」

「あぁ、聞いてるって」

柊は任務中はなるべく個人情報を出さないように役職名や五麟の通称で呼ぶ。永遠はまだそれに慣れておらず、自分のことだと認識していないのではないかと心配されていた。柊が無線機を装着するのを見て、永遠もインカムのような無線機を身につけた。

「俺は別館周辺を巡回だろ」

「何かあったらすぐに無線機で知らせて」

「了解」

「橘さん、1人で無茶はしないでくださいね」

澪が永遠を気遣った。

「3人とも油断はしないでくれ」

永遠は別館に、柊と澪はホールへ向かった。




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