18話 啓示された道3-賽は投げられた-

駒葉こまば市連続襲撃事件の被害者である橘千羽たちばな ちわを、入江智大いりえ ちひろが作り出した異空間に避難させた永遠たちだったが、入江が引き込んだもの以外は入れないはずの異空間に、一人の男が立っていた。

(誰だ・・・?)

永遠は男の様子を観察した。頭に鶏冠とさかのような帽子を被り、白い着物を身にまとっている。

立烏帽子たてえぼし狩衣かりぎぬって・・・今は平安時代じゃないですよ?」

「こんなところで会うとは思いませんでした。朱雀すざく・・・久しぶりですね」

男は一瞬表情を崩した入江の様子を見て、薄ら笑いを浮かべている。

「誰かと思ったら白虎びゃっこじゃないですか?昔の姿のままなんて、何の冗談ですか?」

入江は口調はいつも通りだが、緊張をはらんでいる。

「やはり・・・記憶を持っていますね?」

「それはお互い様でしょう?」

「入江さ――」

天佑神助てんゆうじんじょ

永遠が言いかけたところで、入江は永遠と千羽を球体に閉じ込める。それと同時に、入江の背後で血飛沫ちしぶきが舞った。

「え・・・?」

入江が左肩を斬られてその場で倒れ込む。

「入江さん!!!」

「ははは・・・さすがに痛いよねー・・・」

白虎は自分に飛んだ入江の返り血をなぞって指の腹で拡げ、口の端を吊り上げた。

「致命傷を与えたつもりでしたが・・・急所を外すとはさすがですね」

「入江さん血が!早く止めねぇと!」

「永遠くん・・・落ち着いて。ほら、深呼吸」

「え?こんな時に何言ってんすか・・・?!」

「ほら、早く」

入江の言葉に従い、永遠は大きく息を吸って思い切り吐いた。

「よし、良い子だね。永遠くん、この異空間は俺の意識が切れれば、現実世界に戻る。現実世界に戻れば、しゅうちゃんや夏都なつくんが異変に気づくはず・・・。その球体の結界は中にいる人間が願わない限り、他者には割れない・・・俺でもね。二人が到着するまで、そこで辛抱してね」

「待ってください・・・!入江さんはどうなるんすか・・・?!」

「あいつの目的は、俺だろうから」

「なんで・・・!?」

「可能性はあると思ってたけど、何の因果だろうね・・・?」

入江は額に脂汗を浮かべながら笑った。

「永遠くん、いいかい・・・俺がどうなろうと、君はそこにいるんだよ」

「え?どういう・・・?」

永遠が飲み込めずにいる間に、入江は立ち上がると一気に巻物を広げた。

晨星落落しんせいらくらく

入江の攻撃に対応すべく、白虎も素早く印を組んだため、両者の攻撃が空中でぶつかり合い、大きな爆発を生んだ。

「うわ!」

異空間を爆風が吹き荒れる中、永遠は思わず目を閉じた。

「うっ・・・」

ゆっくりと目を開けると、そこには見慣れた河川敷が広がっていた。

「ここ・・・珠川たまがわか・・・?」

永遠は思い出したように周囲を見渡した。視界には白虎と、河川敷に倒れ込んでいる入江の姿が映った。

「入江さん!!!」

永遠は球体にへばりついた。入江を呼んだが、意識を失っているのか反応がない。

「最後の力を使って、仲間に居場所を伝えましたか・・・まぁ良いでしょう」

白虎は少しずつ入江に近づいていく。

(俺はここで見ているしか出来ないのか・・・?!)

永遠が球体の結界から出たところで、おそらく白虎の攻撃を止めることはできず、千羽を危険にさらしてしまう。入江はそこまで見越して、永遠と千羽を球体の結界に入れたのだろう。

入江から溢れ出る血が、周囲の河川敷を赤く染めていく。傷の深さ以前に、このままだと失血死になりかねない。

(あれ・・・俺、この光景どこかで・・・)

ここで、永遠の中で記憶がフラッシュバックした。目の前で人が血の海に沈む。そんな光景を初めて目にしたとは思えなかった。

――『守ると約束したのに!!』

頭に残るこの言葉は、誰のものだったのか。

はっと現実に戻ると、白虎が右手から攻撃を繰り出そうとしている。その矛先には意識のない入江がいた。このままでは入江に攻撃が直撃してしまう。

「駄目だ・・・」

永遠の口から言葉がこぼれた。このままじゃ、”あの時”と同じだ。俺はまた守れない。永遠は球体の結界を突き破り、咄嗟とっさに走り出した。

「やめろぉぉぉぉぉ!!!!」

永遠に白虎の攻撃が当たる直前で、目の前に炎の壁が出現し攻撃を無効化した。

「おや・・・?!」

白虎は驚きで顔をゆがめた。

「入江さんが殺されそうになってるのに、見てるだけなんてできねぇよ・・・!」

永遠は自分の身に何が起きたか分からなかったが、頭に浮かんでくる言葉があった。けるしかない。

いにしえの火の力よ、我、炎駒えんくと共に闘わん!!!」

永遠の言葉を合図に炎が出現し、大槍だいそうを形成していく。左手の甲にははっきりと動物の模様が浮かんでおり、柊の腕に刻まれた模様と酷似していた。

――『力を発動するとこんな風に一時的に模様が現れるの・・・これは麒麟きりんと呼ばれている伝説の動物で、五麟ごりんは5種類の麒麟って意味』

(そうか・・・これが・・・)

「・・・あかやりに左手の甲の印。あなたが火を操るといわれる五麟の1人・炎駒だったのですね」

「俺が何者かなんて、今はどうでも良い」

「答えてはくれませんか・・・。では、少し相手をしましょうか」

白虎の言葉を受け、永遠が大槍を持ち直して身構えると、白虎は扇子を構えた。

(扇子・・・?)

白虎は永遠の隙を見逃さず、瞬時に間合いを詰めて迫ってくる。

――ガキィィン!!!

「うわっ!」

永遠は咄嗟に槍で応戦したが、白虎の扇子の一振りを受けきれず、河川敷を転がった。

「クソ重てぇ・・・!」

すぐに立ち上がったが、相手も様子を見ているのか追撃はない。

(危ねぇ、間一髪のところで助かった・・・!)

永遠は扇子だと思って油断していたが、白虎が操る扇子は鉄扇だった。軽々振っているが、鉄の塊を振り回しているのと変わらない。

(あれを食らったら痛いじゃすまねぇな・・・)

永遠はなんとか鉄扇の攻撃を交わしつつ、反撃のチャンスをうかがった。永遠はもちろん槍なんて触るのは初めてだ。それなのに、なぜか体が動きを覚えているような感覚に陥っていた。

「思ったより動けますね・・・。これは楽しめそうだ」

それからも白虎の攻撃をギリギリの状態で対応し続けたが、槍を振り回すのは想像以上に体力を消耗した。

(このままじゃ、あれを食らうのも時間の問題だ・・・)

「おや、休憩ですか?それとも仲間を待っているのでしょうか?丁度良いですね。あなたの仲間は後ほど全て亡き者にさせていただきましょう」

白虎は札のようなものを取り出し、一斉に永遠に向かって投げた。札は途中で変形し、全て小刀となって永遠に向かってくる。永遠は間合いを取り、一つ息を吐いた。

「大丈夫・・・”今度”は絶対守るから」

永遠は朱槍の石突を勢い良く地面に打ち付けた。

凰火孤鳴こうかこめい!!!」

火の鳥が地中から現れて、相手の攻撃を無効化していく。炎の柱が消える瞬間に、中から永遠が白虎の前に飛び出した。そして、握っていた朱槍を白虎に向かって振り下ろす。

――ザンッ

「やっ・・・た・・・?」

白虎に会心の一撃を与えて喜んだのも束の間、白虎は人形の紙に変わっていた。

「なに・・・?」

「私の式神とあなたの攻撃は少々相性が悪いようです。今度は私が直接相手をしましょう。またいずれ・・・」

「待て・・・!」

永遠が周囲を伺ったが、河川敷は静寂が訪れていた。

「いっ・・・?!」

白虎が去った途端、永遠の体は何かが切れたようにきしみ出した。全身が激痛で息をするのも苦しい。永遠は思わずその場にうずくまった。

(・・・くそ!早く、入江さんと千羽を美鶴先生のところに連れて行かねぇと・・・!!)

その時、河川敷のじゃりじゃりという音がどんどん近づいて来た。永遠は頭を上げようとしたが、その姿を確認することすらままらない。

「永遠!」

茅野柊かやの しゅうが永遠の体をゆっくり起こした。

「柊・・・」

「永遠、大丈夫?!」と柊が取り乱した様子で永遠をのぞき込んでいる。

「柊・・・入江さんと千羽を・・・早く・・・病院に・・・」

そこで永遠の記憶は途切れた。柊は永遠を抱き抱えながら、素早くスマートフォンをタップした。

「・・・芝山さん、急ぎ救援をお願いします。入江さんが負傷しています」

『わかった。俺もすぐに向かう』

「あと・・・炎駒が覚醒しました。今のところ落ち着いているようですが、封印していた記憶の扉が・・・開いてしまうかも知れません・・・」

柊は声を震わせながら、芝山にそう伝えた。



第一章 -邂逅相遇- 完















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