63話 涙ぼくろと邪悪な炎6-情けに刃向かう刃なし-

黛璃玖まゆずみ りく蒼空そらの兄弟が住む都営団地の入口には規制線が張られ、警察が慌ただしく走り回っている。蒼空は目に涙をめながら、永遠とわにしがみついていた。

永遠が蒼空の頭をでて慰めていると、「たちばなさん!」と声をかけつつみおが走ってきた。

「澪さん、どうしてここに・・・今日は別の任務に入っているはずじゃ・・・」

「知らせを受けて現場に急行したんです・・・状況は・・・」

大急ぎで駆けつけたためか澪は息が上がっており、肩を上下させている。

「異空間に引きずり込まれたしゅうと黛の2人は戻ってきていません。一応人の形はしてましたが柊の雷撃を素手で受け止めていたので、神官を取り込んだ怨霊おんりょうであることはほぼ間違いねぇかと・・・」

「そうですか、柊さんが一緒なのであれば心配要りませんね」

予想外の返事に永遠が戸惑っていると、澪は不敵に笑った。

「・・・以前、俺は柊さんに言いました。『貴女は剣も立つとは言え、”五麟ごりん最強の戦士”であって、”五麟最強の剣士”ではありませんから』と。それは雷刀らいとうが弱いということではなく、雷針らいしんが強すぎるからです。あの方なら大丈夫ですよ」

その言葉を聞いてハッとした永遠は、柊が消えた場所をじっと見つめた。その隣で澪がこぶしに力を入れて震えていることには気づいていなかった。



柊との戦闘で劣勢になった怨霊は、璃玖にねらいを定めて攻撃を仕掛けてきた。柊は咄嗟とっさに防護術を張ったが全てを防げるような攻撃ではなく、ダメージを食らった柊はぐったりとしている。

「おい、しっかりしろ!!」

璃玖が呼びかけると柊は薄目を開けた。

「・・・無事?」

「それは俺がアンタに言いたいんだけど」

柊の弱々しい声に、璃玖が苛立いらだちを隠せない様子で言った。

「アハハハハ!命中!命中!」

上空から緑鷹りょくようのあざ笑う声が聞こえてくるが、柊は特に気にする素振りを見せずにゆっくりと起き上がった。

「清々しいくらい卑怯ひきょうね・・・あの怨霊を浄化したら神官しんかんはどうなってしまうのだろうと躊躇ちゅうちょしていたけれど・・・もう考えない」

柊は額から流れる血を手の甲でぬぐった。

「神官・・・?」

璃玖の言葉に柊はしまったという顔をしたが、小さく息をついて切り出した。

「あの怨霊は人間を取り込んでいる。浄化すると取り込まれた人間の精神の核が破壊されてしまうの」

「それって・・・」

「生けるしかばねになってしまうかもしれない。でもこのまま見過ごせば、生気を求めて人を無差別に襲撃する可能性がある・・・ならば、彼を止めないと」

柊は真っ直ぐ怨霊を見据えながら言った。

「他人の人生を終わらせるのって怖くないの?いくら人を助けるためとはいっても、やって良いことと悪いことがあるよ。誰か他の人にでもやらせておけば?わざわざ自分の手を汚すなんて・・・」

「怨霊は誰でも対処できる訳じゃない・・・五麟私達がやらないと」

索冥さくめい、君はいつも・・・そうやって自分を犠牲に・・・」

璃玖の反応を見た柊は笑みを浮かべて首を横に振った。

「・・・『怨霊から人々を救ってほしい。そして師として、角端かくたんの成長を見守り育ててほしい』。前世の索冥は、太陽の覡から賜った命に従っていただけだった。でも、現世の私は違う。私は自分の意志で戦っている」

なんとも言えない表情で柊のことを見つめる璃玖に対し、柊は璃玖の両肩に手を置いた。

「璃玖さん、私達は宿命を持って現世ここに存在している。でも、決めるのは”黛璃玖あなた”がどうしたいかよ」

「俺がどうしたいか・・・?」

璃玖の言葉に柊がうなずいた。

「体ガ重イダロウ。攻撃ヲ受ケタオ前ハモウ、サッキミタイニ飛ベナイ。覚悟ハ決マッタカ?」

「・・・私はそんなに軟じゃないわ」

そう言うと柊のあざは更に広がり、服から見えている部分の全てを覆っていく。

(ダメージの修復のために解放度を上げたのか・・・俺が咄嗟に自分の身を守れなかったせいで・・・)

俯いていた璃玖は大きく息を吐いてから、緑鷹を見据えた。

あの・・索冥がダメージを負ったのは俺の落ち度だ。今日のところは力を貸すよ」

「それでは麒麟あなたがいることを敵が認識してしまうわ」

「今の状況で麒麟きりんだけ存在していないとは思わないだろうし、時間の問題でしょ。だったら今でも少し後でも同じだよ。俺はその上で強くないといけないから」

柊が驚いた様子で目を見張った。

いにしえの力よ、我、麒麟と共に戦わん・・・地響ちきょう!」

璃玖の言霊ことだまとともに右掌の痣が一気に右腕に広がっていく。

「そういや前世ではほとんど共闘がなかったよね・・・索冥が五麟随一の機動力の持ち主だとしたら、俺は五麟の中で随一の強打力を持っている。右手の攻撃さえ当てられればアイツの動きを封じられる。

そういうことだから、索冥は相手に一発雷撃を入れて動きを鈍らせてくんない?あ、俺には当てないでね」

「ええ、頼んだわよ・・・!」

柊はそう言って空へと飛び出していく。

(2人ガカリデモ無駄ダ・・・ドウセ空ヲ飛ベルノハ1人ダケ。分カッテイレバ対処ハ容易イ。1人ズツッテヤル)

「サア来イ!地面ヘ突キ落トシテヤル!」

緑鷹は迎撃の体制で構えていたが、柊は怨霊を通り過ぎてはるか上空へと飛び上がった。

「それは私の台詞よ・・・!迅雷風烈じんらいふうれつ

柊は上空で高速回転をしながら強風を巻き起こし、雷を炸裂さくれつさせる。

――バリバリバリバリ!

強風によって上手く飛べなくなった怨霊に雷撃が命中した。

「グッ・・・!」

怨霊がバランスを崩して落ちていくのを確認すると、璃玖は跳び上がり右手を大きく振りかぶった。

撼天動地かんてんどうち!」

――ドゴン!

「クソ!シテヤラレタ・・・デモ詰メが甘カッタナ!」

璃玖の攻撃を真正面から受けた怨霊は地面にはたき落とされたが、怨霊は再び飛ぼうとした。しかし、体は地面についたままだ。すると戸惑っている怨霊の目の前を璃玖が華麗に着地した。

「――残念でした。俺の攻撃を受けると重力が加わるんだ。君はもう飛べないよ」

そう言うと璃玖はニタリと笑った。怨霊の緑鷹からしても悪魔のような微笑みだった。

「何ダト・・・有リ得ナイ!コンナコトハ・・・!」

「君を生かしておけば俺の大切な人を傷つけるかもしれない。そうなったら困るんだよ・・・ね、索冥?」

「ええ、終わりにしましょう・・・雷轟電撃らいごうでんげき!」

柊は空中で鋼鉄の靴を放電させると、身体を反転させて右足を振り下ろした。

――ドゴォォォン!!!

「アァァアァァァァ!!!!」

緑鷹の悲鳴が響き渡り、どす黒い炎に包まれると目が虚ろな男が残された。同時に異空間も崩れ始めたので、柊はすかさず璃玖の傍に着地して警戒を強めた。

――パァァ・・・!

一瞬明るくなった後、柊と璃玖は元の都営団地の入口に戻ってきていた。

「柊!黛!」

「お兄ちゃん!柊さん!」

2人の姿を見つけた永遠と蒼空がすぐさま駆け寄った。

「・・・蒼空!」

璃玖は笑顔をほころばせたが、ここで右腕の痣が広がっていることに気づき咄嗟に隠そうとした。しかし、蒼空は何も気にしていない様子で璃玖に飛びついた。

「良かった・・・!お兄ちゃんが無事で・・・!」

「蒼空・・・怖くないのか?俺のこと・・・」

「全然!お兄ちゃんはヒーローだったんでしょ?!」

困惑して口をまごつかせている璃玖の代わりに、柊は「そうね」と答えた。

「おい、索冥!勝手なこと言うなよ・・・!」

「今は良いんじゃないんかしら――・・・」

そこまで言うと柊の体は後ろ向きに倒れていったので、咄嗟に澪が受け止めた。


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