46話 緻密な計略3-酸いも甘いも噛み分ける

怨霊おんりょうと戦闘した際に術で生気せいきを使い過ぎたみおは命の危険にさらされ、東雲しののめ医院で治療を受けた。その後、澪は美鶴みつるに自分を弟子にして欲しいと頼んだ。

(澪さんが美鶴さんの弟子に・・・!?なんで回復術学びてぇんだろ・・・澪さん医大生だから・・・?)

永遠が事情を察する中、美鶴が口を開いた。

「理由をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか」

美鶴は笑顔で尋ねているが、まとう空気には威圧感があった。

たちばなさんは神官の一族に関する事情をご存知ありませんよね。少し咀嚼そしゃくしながらお話させて頂きます。

鷲尾わしのお家は千年前まで弱小の神官一族でしたが、姉小路家との協力体制の中で力を付けていきました。怨霊を浄化することはあっても、人々に回復術を使おうという概念はありません・・・。自分たちの地位の確立のために、人をおとしめることばかりしてきた一族なんです。俺の中に流れる血はそんな人々の系譜を継承しています」

「生まれる家を選べる訳じゃないんすから、澪さんが自分を責めなくても・・・」

永遠は澪のことをフォローしようとしたが、澪は力なく首を横に振った。

「俺は止める力も持ち合わせていなかった。だからにわかに気づいていても見過ごしてきたんです。しゅうさんに協力するために数日もって一族の文献を読んだ時・・・俺は恐ろしくなりました。自分に直接止める力がなくても、動かなくてはと・・・」

「それで体育祭に駆けつけて伝えてくれたんすか・・・」

永遠の言葉に澪は大きくうなずいた。

「俺は汚れた鷲尾家の人間だけど、五麟ごりんの力も宿しています。俺は人を救いたいんです。幼くて何もできなかった前世のような後悔を二度としたくありません・・・できることは全てやりたいんです。

俺が使える回復術は千年前の旧来のもので、しかも独学です。千年も経てば技術も向上しているでしょう。もしよろしければ、あなたが持っている技術を教えてもらえませんか」

美鶴は少し思案してから口を開いた。

「・・・分かりました。現場に回復術を扱える者がいた方が皆さんのリスクは軽減できます。お伝えできることは全てお伝えしましょう」

「ありがとうございます。これで皆さんが多少無茶しても大丈夫そうですね」

「ただし、その考え方は危険です・・・仲間が無理をした際に、あなたが倒れてしまっていたら誰も仲間を助けられないでしょう?真っ先に倒れるなんて言語道断ですよ」

「すみません、私の考えが甘かったようですね。肝に命じておきます」

「・・・今の自分を分かっておいでですか?」

美鶴が尋ねたが澪ははぐらかすように笑うばかりだったので、美鶴は大きなため息をついた。

「もう夜も遅いです。お二人とも休んでください。私は執務室におりますから、何かあれば声をかけてくださいね」

そう言うと美鶴は病室を後にした。

「―――はっ!生きた心地しなかった・・・!」

美鶴が出て行った後、永遠は何度も深呼吸をした。

「すみません。橘さん、居心地悪かったですよね」

「いや、それは良いんすけど・・・」

永遠は咄嗟とっさにそう言ったが、居心地の悪さは否定できなかった。

「でも、橘さんのお陰で俺の今日の目的は達成できました」

「今日の目的って・・・?」

不敵に微笑む澪を見て、永遠は首を傾げた。

「橘さんに俺の術を理解してもらうこと、そして美鶴さんに回復術を使って頂くことです」

「・・・もしかして、あえて負荷の強い術を使って、美鶴先生が回復術を使わないといけない状況に追い込んだんすか?」

澪の言葉に永遠はゾッとした。

「橘さんを巻き込んでしまって申し訳なかったと思っています。他に美鶴さんから言葉を引き出せそうな方法が思い浮かばなくて・・・体調は大丈夫ですか?」

「さっきは目眩めまいがしただけなんで気分が悪いとかはないっすよ・・・でも、その手段を選ばない感じ、兄弟血を争えないっすね・・・」

永遠が顔をひきつらせながら言うと、澪は「止めてください・・・」と言いつつ顔を覆った。

「なんか俺、色々あってさすがに疲れました・・・」

永遠はそう言って頭を垂れた。

「橘さん、お疲れのところ申し訳ないのですが、もう少しだけ話せますか?」

「ええ、まあ・・・大丈夫すっけど」

「橘さんのベッドに腰掛けても大丈夫ですか。声量を落としたいので」

「全然良いっすけど、シェアハウス戻ってからにしませんか。澪さん体調戻ってないんだし」

戸惑う永遠に、澪は低い声で耳打ちをした。

「・・・盗聴器や監視カメラが仕掛けられていないという確信が得られないので、こちらでお話した方が良いと思いまして」

「それ本気で言ってるんすか・・・?」

澪が冗談ではなく本気で言っていることに永遠は驚いた。

駒葉こまば市中高生連続襲撃事件を覚えておいでですか?あの頃から定期的に誰かの気配を感じているんです。兄の刺客かと思っていたのですが、どうやらそうではないようで・・・最悪戦闘になれば対処はできますが、重要な情報を渡すのは避けなければなりません」

五麟サイド俺たちの中に敵に情報を流す内通者がいるかもしれないってことっすか?それなら早いとこ見つけねぇと・・・!」

澪は永遠の言葉に頷くと、重苦しい雰囲気で話し始めた。

「まず・・・今からお話するのは俺の独断です。これ以上聞きたくないという時は言ってください。あと、他の方には他の方の思いがあっての今だと思います。どうか詰め寄ったりすることがないようにお願いします」

「は、はぁ・・・」

(澪さん・・・何が言いてぇんだ?・・・もし身内に裏切り者がいるなら、早くそいつをあぶり出さなきゃならねぇのに・・・)

永遠は澪の言うことが気に入らなかったが、続く澪の言葉に戦慄した。

「まず、橘さんを除く五麟――柊さん、冴木さえきさん、俺は前世の記憶を全て持っています」

「は?!全員?!」

――『なんで俺以外の五麟って覚悟が決まっているんすか。こんなに俺は悩んでるのに、みんな動じないじゃないっすか』

永遠はかつて東雲医院で澪に尋ねた言葉が思い浮かんだ。

(みんなの覚悟が決まってたのは前世の記憶があったから・・・?)

「前世の記憶を持っているにも関わらず、橘さんに話さなかったのには理由がありそうです。直接冴木さんと柊さんにお伺いした訳ではありませんが、おそらく3年前の珠川たまがわ河川敷爆破事件が要因と思われます」

「珠川河川敷爆破事件・・・?!それって・・・」

澪は神妙な面持ちで頷くと、入江に預けていたカバンの中から捜査資料を取り出した。

「あの橘さんの同級生の方が言っていた事件です。ここに本部長から借りた捜査資料があります。警察側の資料なので全てが書かれている訳ではありませんが、概要は記載されています。

珠川桜まつり当日に大きな爆発が発生。芝山さんが現場に駆けつけた際には小学生を含む市民4名が巻き込まれたとして、橘さん、一之瀬さんと柊さん、柊さんのお祖母様が書かれています――」

その言葉を聞いて永遠は自分の心臓の鼓動の音しか聞こえなくなり、涼しいはずの部屋の中で汗が吹き出して止まらなくなった。

「――なさん、橘さん」

澪の声かけで永遠は我に返った。

「すいません、ちょっとびっくりして・・・」

「無理もないと思います」

「あの・・・柊のばあちゃんが亡くなったって話は本当すか?」

おそるおそる尋ねる永遠に対し、澪は眉間みけんしわを寄せながらか細い声で言った。

「・・・事実です。死亡者1名として名前が記載されていました」

「・・・っ!」

永遠は拳を握りしめて歯を食いしばった。

「どうして何も覚えてねぇんだ・・・!」

「記憶がないんですよね?千年前も3年前も」

「・・・はい」

「何か事情があったのではないでしょうか。橘さんに伝えられなかった理由が・・・俺は千年前と3年前にそれぞれ何があったのかを知りたいと思っています。それにはきっと橘さんの―― 炎駒えんくの記憶が鍵になると思っています」

俯く永遠に澪は優しく言葉をかけた。

「千年前、炎駒は太陽のげきが亡くなった時に傍にいたんすもんね・・・それに3年前も俺が何か見ていた可能性だって・・・」

「柊さんが橘さんを思ってずっと言わずにいたことは理解しています。だけど、俺は真実に近づきたい・・・協力してもらえますか」

――『幼くて何もできなかった前世のような後悔を二度としたくありません・・・できることは全てやりたいんです』

(あれは・・・澪さん自身の言葉だったのか)

澪の真剣な眼差しを見て、永遠は覚悟を決めた。

「・・・俺も澪さんと同じです。後悔はしたくないんで、できることは全部やります」

その言葉を聞いて澪は緊張から解放されたのか、柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございます。心強いです」

「やめてください。俺が覚えてないばかりに柊にどんな思いをさせて来たか・・・」

澪は首を横に振ると、手元にあった捜査資料をパラパラとめくり始めた。

「――芝山さんは当時警視庁特異事象捜査課の巡査長として現場に駆けつけたようです。警察としても通常の事件としてではなく、特殊案件として取り扱っていたのでしょう。俺もこの件はインターネットはもちろん、色々と調べてみましたが、ほとんど情報が残っていません」

「じゃあ普通の爆発じゃなかったってことなんすね・・・?」

驚きを隠せない永遠を澪はじっと見据えた。

「推察の域を出ていないからこそ、当事者に確かめなければいけないと思っています。橘さん・・・来週の土曜日、柊さんはある人物の護衛につきます。神官が出てくる可能性もあるので、単独では任務を組めないでしょう。おそらく橘さんも一緒にその任務につくことになるはずです。その帰りに合流して、柊さんに3年前の事件について聞いてみようと思います。俺の過去についてもお伝えしたいことがあるので・・・場所やタイミングは後日連絡しますので、その認識でいて貰えますか」

「土曜日は補講ないんで大丈夫っす」

永遠が即答すると、澪はほっとした様子で頷いた。

「では決まりですね」

「来週の土曜日って澪さん休み希望でしたよね?なんか予定があったんじゃないっすか」

「大丈夫ですよ。その時間には用は終わっているはずなので」

「・・・なら良かったっす」

澪は立ち上がると永遠の方に向き直った。

「今お話したことは、来週の土曜日まで他の方に伝えるのを待って頂けますか。俺から話したことを柊さんに直接伝えたいので」

「了解っす」

澪は自分のベッドに戻ると、ゆっくりと腰を掛けた。

「橘さん、眠れそうですか?」

「・・・情報量が多かったので頭はぐるぐるしてるんすけど、眠くなってきたので寝れそうです」

「すみません、今日は本当にありがとうございました・・・橘さんおかげで、俺はだいぶ回復してきました」

澪が申し訳なさそうに頭を下げるので、永遠は澪のことをフォローしなくてはと思った。

「あ、そういうつもりで言ったんじゃないんで・・・代わりと言ってはなんですが、澪さん一つ聞いて良いっすか?」

「なんでしょう?」

「俺が怪我してここで話した時、澪さんは前世の記憶も蘇ってた訳っすよね。澪さんが言っていた”譲れないもの”って何すか?鷲尾澪として言ったんすか、それとも角端として?」

「・・・それは秘密です」

澪は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにいたずらっぽく笑った。



(盗聴器に監視カメラ・・・それは困りましたね)

病室の外で2人の話を聞いていた美鶴は小さく息を吐いた。そして静かに病室を離れると、白衣のポケットからスマートフォンを取り出した。

「――もしもし、私です。少々話しておきたいことが・・・」

そう言って美鶴は執務室に消えて行った。













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