第16話 鉄拳と謁見
玉座の間には横並びに入り、玉座から少し離れた位置に止まる。この離れた位置というのは現国王の歩幅によって変わり、4歩分らしい。
止まったら左足を軽く下げ、右手を左胸に、左手を尾てい骨に当てる。最後に左足を前に出して座り、右手を下ろす。左手はそのまま。
これにて謁見の挨拶、終わり。
玉座を我が物とするのは国王リンドウ。
いの一番に彼は眉を歪める。
「けっ!テメーかよ」
唇を曲げ、ルナにガンを飛ばした。
こいつ本当に国王か?ヤンキーじゃないか。俺たちもいつ殴られるかわからんぞ。
リンドウは鼻で笑うと、「まずはエッガーリンツの件だ」と話を始める。
「ハイネを
リンドウは玉座から離れ、ルナの前に立った。
「テメー、魔王の呪い使ったんだってな~」
ケラケラ笑いつつも、その背後に隠しきれないオーラがある。ドス黒い、押し潰すような威圧感だ。ルナだけでなく周囲の人間全員にのし掛かり、心臓のあたりを重く沈ませている。
こんな感覚は初めてだ。緊張では説明のつかない、明らかな体の変化がある。
王の貫禄を前にして、ルナは顔を背ける。
「でも……自分で抑えられた」
「そうか、そりゃよかった」
納得してくれた……ワケがない。
「どれ」
リンドウがルナを殴った。顔面狙いで。
ルナは間一髪で防御するも、衛兵たちを巻き込んで壁に叩きつけられる。宮殿の壁がへこんだ。
なんてやつだ。
リンドウは「これでもか?」と煽った。ルナへの反論があの拳だったのか。
玉座に戻り、何事も無かったかのように話を続ける。
「ありゃあ、ハイネの完全魔法が効いてただけだ」
ルナが元の位置に戻ると、リンドウは再びガンを飛ばす。
「オメーの呪いの力に家族殺されたってやつは国にクソほどいる。ハイネ一人ごときに使われちゃあ新聞一面に収まらねぇんだよ。もし暴走したらテメーで止められんのか?また昔みてーに俺に止めてもらおうってんなら、俺ぁ今すぐテメーを殺すぜ。昔ほど俺もヒマじゃねぇんでな」
説得力の塊め。威厳も実力も、そして知力も備わっている。リンドウの一言一言が持つ重みは異常だ。
それゆえに考えさせられる。ルナの罪を。
俺はルナの身の上話はザックリとしか掴めていないが想像はできる。ハイネ戦のとき、ルナは例の『魔女の由来となった力』を使った。そのことについて俺は聞く気を持たない。聞けば関係が壊れてしまうし、ルナも不干渉を望んでいる気がするからだ。
それはそうと、他人が怒られてるときって気まずいね。俺はどんな気持ちでいるのが正解なんだ。別にルナが悪いとは思ってないけど、俺のためだと叫ぶのは違うもんな。
そんなこんなで王の説教が済み、リンドウの雰囲気がガラッと変わる。
「そんであとは、転移者が出たっつー話だ……」
リンドウが俺を見ている。
「オメー誰だ」
誰って誰だ。もしかして俺か?認知されてないことあるか?一応は呼び出された側だぞ。
「……え、あ、ヒコイチです、冒険者の」
「あ?知らねぇな」
「フヘヘ……」
目を合わせてみてわかった。王様めっちゃ怖い。
視線が真っ直ぐで黒目が大きいからだろう。見られていることが常に強く伝わってくる。まるで全てを見透かしているような眼力がある。
「テメー、転移者じゃねぇだろーな」
ほら、今だって。
息ができない。背筋が凍る。
「けっけっ、真に受けんな。転移者はテメーほど弱かねぇし、転移魔法を使いやがったのは帝国だ」
真に受けるだろ。ウソをつくときの迫力じゃない。
「フウカから話は聞いてんだろーから詳細は飛ばす。オメーらは連合軍遠征までにやることがある」
連合軍遠征はたしか、20日後かそこらにある大規模軍事作戦のことだ。魔王に占領された土地を取り戻すための戦いで、参加者に王国も帝国も関係ない。
そういえばすっかりスルーしていたが、帝国が転移魔法を使ったってどういうことだ?転移魔法は重罪だろうに。それに冒険者がやることとは、もしや……
「転移者の始末だ」
リンドウが言い放った。
そうだ、俺以外にもいるんだ。その可能性を少しも考慮していなかった。ルナの転移魔法は失敗したにもかかわらず、転移魔法は観測されていた。ハリエットが言っていたことと繋がる。
この世界に転移してきた人間はもう一人いる!
誰かは知らないが、確実に。しかも観測されたということは帝国の転移魔法は成功した。かつて災いをもたらした勇者の再臨というわけだ。
だが不明な点がいくつかある。
俺は手を挙げた。
「あの、一ついいですか」
「あ?」
「なぜ、俺……私たちなのでしょうか」
「あ~?オメーはオマケだ。フォルトゥナのついでだよ」
「あっ……ッス……」
「他の特級にはもう伝えてある。情報隊が先に出ちゃいるが、オメーらは帝国との話がついたら即出発だ。ま、だいたい6日後ぐれーだな」
不明な点が全部解消されちゃった。
少数精鋭で転移者を叩く、シンプルな依頼だ。
「そんでフォルトゥナ、テメーは出発まで謹慎な。神殿に
リンドウはまた口をひん曲げた。写真を撮るときのヤンキーみたいだ。
謹慎自体は短期間だから問題無い。ルナの表情はそうは言ってないが、ここで文句を言える合理は無い。
謁見終了ムードが漂い出した頃、リンドウは腰を上げた。
「ヒコイチ~」
標的は俺だ。こっちに近寄ってきた。
ルナを殴る前と同じ、ドス黒いオーラを放っている。
「キラキラネームかオメーはよぉ~」
「え……?」
「オメー、アイツに似てて怪しいんだよ。フォルトゥナが男連れてるのも普通じゃねぇ」
リンドウは上から睨みつけ、意味不明なことを言ってきた。だが『ルナが俺を連れている理由』という観点は予想外だった。決して正直に答えられないからこそ、ボロが出る危険性が高い。
殴られたら死にかねない。俺は必死に愛想笑いをつくって王の貫禄に抗う。
「い、いや!何のことやら!私は王国生まれ王国育ちの純正王国メーンですよ!」
「そうかぁ?」
「はい!名前も親から頂いたものです!ルナとの出会いも運命的偶然です!」
「け~っ!運命だってよ!そりゃそうだよな~、わりーわりー」
高笑いを上げて引き下がる。そう思ったとき、リンドウは眉間のシワを深くした。
「にしてはよぉ~……」
リンドウは俺の横に立ち、肩に手を置く。
「挨拶んときお辞儀したよな。転移者のクセだぜそりゃあよ」
ヤバッ!と思う時間はない。
すでに拳が眼前にあり、避ける選択肢が無い。
死ぬ。この男の拳から生き延びる想像ができない。
ゴンッ!── という骨と骨がぶつかる音。
人間を外まで飛ばすパワーが俺の顔面にクリーンヒットした。
「お?」
飛んでいない。俺は吹っ飛んでいない。
ただリンドウの拳がめり込み、俺の顔がへこんでいた。粘土の塊にパンチしたときを想像してほしい。あんな感じだ。
鼻が折れ、歯がグラグラしている。アドレナリンのおかげか耐えられる痛みだ。
なぜ俺はまだ玉座の間にいるのか。確実に当たったはずなのに、俺はその場で踏ん張れた。ルナや周りの衛兵、貴族が「お~」と感心している。
「けーッ!おもしれぇ!今日からオメーの名前、ゴッドキャッチャーな」
リンドウは拳を引っ込め、満面の笑みになった。
「い、嫌でしゅ…………」
どんなセンスだ。
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