第53話 勇者の呪縛
静寂が肌に
牢屋生活も板についたな。
「いったい……何年経った……?」
鉄格子の向こうにドワーフの警備兵がいる。
「半日です」
「半日かぁ」
半日でしたわ。
岩をくりぬいただけの牢屋だから床が硬い。尻が死ぬ前に出られればいいけど。
外は夜かな。ろうそくの火だけがずっと動いていて、時間が最大の敵だと実感できる。
「身分証無いだけで捕まえるか普通?」
ふと警備兵に
「先週から警備が強化されてるんですよ。そのせいで怪しい人は留置場に直送です」
「先週からって、何かあったのか?」
「エルフの使節団が来訪されてます。明日中には帰られるそうですけど」
「ふーん」
じゃあ俺も遅くて明日には出られるかな。そう考えると牢屋生活も新鮮に思えてくるな。
てゆーかその前にルナが来たりするもんじゃないのか?
「おい、交代の時間だぞ」
奥のほうから現れたもう一人のドワーフが警備兵にやや強気に告げた。
「あれ、もうそんな時間でしたか」
「はよせい、はよ。早く警備させろ」
「は、はぁ……」
警備兵は戸惑いを残してその場を立ち去る。
警備兵が消えたのを確認して十秒後、新たなドワーフは俺のいる牢屋をしれっと開錠した。
「案外チョロいもんやなぁ~。ウチ脱獄向いてるかもしれへんわ」
この話し方……やっぱそうだったか。
「確かに悪人面かもな」
鉄格子の扉をくぐり、背筋を伸ばす。
そのままドワーフの後をついていって階段を上がり、正面の門から牢獄を抜け出した。
意外と疑われないもんだな。
月明かりに見下ろされながら、砂の街を歩いていく。
「シェイプシフト」
ドワーフは変身魔法を唱え、不健康そうな人間の少女――エルネスタに戻った。
さすがは変身魔法の達人だ。歩幅や距離感覚は完璧にドワーフのそれだった。しかし今は人間そのもの。この対応力はマネできそうにない。
「てか、正式な手続きとかなかったのか?今すぐ抜け出す必要ないだろ」
「あるから脱獄させたんや。フォルトゥナに頼まれてやけどな」
「……また何か首突っ込んだのか」
「今回はちゃう。巻き込まれたんや」
「何に――」
閃光と爆音と風圧と震動、それらが順番にやって来た。
すぐに振り返ると、さっきまでいた牢獄が炎上していた。なるほど、爆発したっぽいな。
なるほどじゃねぇ。全身がゾワゾワする。
「わぁお…………ギリセーフぅ……?」
一分でも遅れていたら肉片になっていた。
いったい何なのやら。火の不始末というわけでもなさそうだ。
よく見れば街中も光っている。ドワーフの人々が逃げ惑い、建物がごうごうと燃えている。
「今日に限って何なんだよ……!」
「エルフが暴れとるんや、知らんけど」
「巻き込まれたなぁ……で、ルナは?」
「あ~……ラスボス戦?」
「……はぁ?」
半日の間に何が起こったのか。それを聞く前に、俺たちに面倒な問題がふりかかる。
「逃げ場はないぞ、臆病者!」
前方の道の真ん中にエルフの男が立っていた。
高圧的な口振りは俺とエルネスタに向いている。
「ドワーフは全員、降伏するか死ぬかだ!」
耳を出した長髪オールバックのいかにもな風貌。顔も若く凛々しく、これで俺より年上なんだろうから、羨ましい種族だ。
まあ、賢さに関しての優越はないようだが。
「おい!俺たちは人間!観光客だ!これ以上わけわからん問題を持ち込むな!」
「せやせや!こちとら色々あって疲れとんねん!」
激戦を終えた後だから休んでいたいのに、次から次へと火種を持ってくる。
「見え透いた嘘はやめておけ。さっきドワーフから人間に変身しただろう。貴様らはその場しのぎの無様なドワーフだ」
エルフ男は抜いた剣の先をこちらに向けた。
「ぬおぉ……反論がムズい……!」
良いとこ突いてきやがるぜ。
「覚悟しろ、エルフの名誉のため!」
「違いますよ、オーメフ」
体が固まる。気づけなかった。
エルフ男が止まったのは女の声のせい。
誰か、新たな敵が俺たちの真後ろにいる。
「彼らからはドワーフ特有の土の匂いがしない……人間扱いでよいでしょう」
ランウェイを歩くように間を通り抜け、一人の女が姿を見せた。
エルフらしい尖った耳に端麗な容姿。実際に若いのだろうか、お団子にツインテールで前髪もつくり、肌にはハリもある。
だが雰囲気だけは異質で、夜に戦闘行動をしているというのに服装は白く、マントは赤い。炎が宿ったような深紅の瞳は何かこう、黒幕のような風格がある。
「ヴィシュア様、お怪我がないようで何よりです」
エルフ男――オーメフと呼ばれた彼は名前を呼んで膝をついた。
ヴィシュア、しかも様付け。本物の黒幕だろうか。
「私が傷を負ったことなど一度もありませんよ。さ、行きましょう」
「はっ!」
ヴィシュアとオーメフは背を向けた。
「待てや」
その時、なぜかエルネスタが彼らを止めた。
やめとけと言いたいところだが、エルネスタの怪訝な顔を見るに、これは一波乱ありそうだ。
「あんたフォルトゥナにボコされとった奴やろ。何でここにおるんや」
俺の中でも嫌な予感が走る。
まさかラスボス戦ってこの女のことか。
「はて……?『勝利』の他に理由がありますか?」
「……特級相手に無傷なワケないやろ」
「世界は広いのですよ。肩書きがなくとも特級より秀でた者はいヴォロロロロロロロロ!!!」
突然ヴィシュアが胃の中身を吐き出した。
「ええ!?」
「どしたん急に!?」
なんなんだよ、エルフ式の罵倒か?
黒幕の風格も台無しだ。
オーメフが駆け寄る。
「ヴィシュア様!?」
「私としたことが……魔力の消耗で気分を害するとは……!」
眉間にシワを寄せながらヴィシュアは口を拭った。
「何があったのですか!?」
「やっとの思いであの女を眠らせてきたのです!一時間後までに終わらせなければ!帝国軍の制圧が最優先です!」
「まだやってなかったんですか!?」
「仕方ないでしょ!妨害が入ったのですから!」
なんか勝手に話し合ってるな。どうやらルナは眠らされて一時間は起きないらしい。ルナ相手にそこまでやったのは普通に凄いな。
とにかく死んでいなくてよかった。
じゃあ俺たちは適当に一時間を生き抜けばいいのか。いや、ヴィシュアを倒すべきか?
行動を選ぶには半日の間に起こった事を知る必要がある。が、その前に、だ。
最初に見た時から思ってたけど、やっぱりヴィシュアに対する既視感がすさまじい。
「てか……あいつ……」
「なんや?」
「見た目がさ……」
言うべきかはわからない。ただ何かに繋がっているのではないか、という疑念がある。
これは俺しか知りえない事だ。そしてミアドートに核爆弾があったように、この情報はバカにはできない。
「めっちゃ似てる……『クラリッサ』に……」
クラリッサとは、俺が中学生のときにやっていたオンラインゲームのキャラクター。
清楚なエルフのキャラだった記憶があるが……いやしかし、似すぎだろ。そのまんまだ。偶然とは思えないレベルで同じ顔、髪、服をしている。
「…………今、何と?」
ゲロを終えたヴィシュアの鋭い視線が明らかに光った。
やはり繋がりアリか。悪い方にな。
エルネスタは「ちょ、怒らせたんちゃう?」と心配している。俺もそう思う。
「フフ……その名で私を呼んだのは、あなたで2人目ですよ」
ヴィシュアは胸に手を当てて微笑んだ。
「我が亭主と同じ
嬉しそうというか、懐かしんでいた。
あぁ、マズい。
このロジックは、やらかしたかもしれん。
エルフは二千年も三千年も余裕で生きる。だから生きていた六芒勇者を知っていても不思議じゃない。下手したら知り合い、仲間の可能性だってある。
「……現代で言うところの『勇者』……いや、『転移者』?ふむ、確証は後で得るとして……」
ヴィシュアは顎に人差し指を当て、撫でるように俺のほうを見る。
「オーメフ、予定を増やします」
「はっ!」
「あの男を捕縛のち連行。我らの血筋に加えるのです。母体はヨレンタにしましょう。あの
バレた上に狙われた。
俺の股間が狙われた!
転移者のバレ方その1――
『2000年前の
異世界からの帰り方 上野世介 @S2021KHT
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