第9話 ババアと獲物+α


 先頭に立つ騎兵が騎兵隊全員に伝える。


「冒険者だ!冒険者と魔女がいるぞ!」


 村の入り口を占拠する騎兵隊は、統率の取れた動きで槍を構え、声を揃える。


「我ら!帝国軍独立進攻騎兵隊!勝てば官軍負ければ賊軍!力を前へ!いざ勝負!」


 その宣言を開戦の合図として、騎兵隊が走り出した。

 勢いだけは烈火のようだが、魔法使いが一人もいないため脅威ではない。それに口上が長いし、何か一方的なことを言ったな。

 これは話の通じる相手じゃない。俺とルナは瞬時にそう理解した。


「走って!」

「ウィ!」


 俺たちは逃げる。ただひたすらに。


 パッと見、50人はいそうな騎兵隊だ。ルナの加速魔法でなんとか距離を取れている。

 しかし、さっきの自白魔法といい、ルナの扱える魔法は多種多様だな。となると、なぜ俺たちは逃げているのか。そういう疑問が自然と出てくる。


「なあ!あれくらいルナなら倒せるだろ!」

「倒せるからダメなの!アタシは特に!外交問題になっちゃうでしょ!」

「そんなことあるか!?めんどい世の中だな!」

「で、こっからどうするの!」

「俺に聞くな!」


 海浜沿いに作られた歩道を疾走する。

 平屋しかない村のためか、シーレ戦場跡の丘が遠くに頭を出してきた。曇り空は画家のパレットのようなグチャグチャの色をしている。

 その二つを見て、俺はハッとした。


「曲がれ!やっぱ作戦アリだ!」

「え!何!?」

「丘までダッシュ!」


 海を離れ、陸の方へ進む。騎兵隊がゾロゾロと追尾してくる様はレースのようだ。 

 村を抜け、林を駆ける。その間に作戦を告げた。

 この空は全てが終わるまで晴れそうにない。言葉を交わさずとも、俺とルナの間では逃走という選択肢は消えていた。


 本隊から分かれた騎兵隊の回り込みを避け、俺たちは丘の前までたどり着く。


「はぁっ!はぁっ!あとちょっとだぞ!」


 丘を駆け上がる。騎兵隊はすぐ後ろだ。

 ルナが目線の先に指を差した。

 

「あっ!ヒコイチあれ!」

「マジか!アイツらいい所にいやがる!」


 俺たちは目を見張る。丘の頂上にハリエットがいた。しかもババアみたいなジジイの村人と戦っている。

 村人はただの老いぼれではないようだ。奇声を上げ、体術のみで剣士のハリエットと渡り合っている。


 ハリエットと村人がこちらに気がついた。それと同時に騎兵隊にも気がつき、村人が丘の向こうへ逃げていった。

 まずい。ハリエットが村人を追うぞ。そんなことはさせまいと、俺は頂上にいるハリエットに叫ぶ。


「行くな!ハリエット!!」

「……はぁ!?なんでよ!?」


 ハリエットが止まった。これでよし。

 騎兵隊の足音が真後ろからする。そろそろ限界だ。頂上についた俺とルナは全力で走り、ハリエットを目の前にする。そして俺は飛びかかった。


「飛ぶからだ!!!」


 ハリエットを抱え込む。


「えっ!?ちょっ!きゃあぁっ!!」


 ここから先は下り坂。あとはルナに任せた。


集約しゅうやく上昇じょうしょう!ガストーッ!!!」


 ルナが杖を構えると、俺たち3人だけが受けられる突風が吹き上がった。この風は小規模ながら竜巻以上の強さがあり、俺たちは山なりに飛ばされる。

 ルナが張り切りすぎたのではないか。そう思うほどの風力に三者三様の悲鳴が上がり、宙を舞う。


 下では騎兵隊がこちらを見上げていた。彼らは止まれない。そのまま坂を下っていけばいい。

 ただ、ここはシーレ戦場跡だ。地面の下にいるのことを頭に入れておかなければ、それなりの恐怖を味わうだろう。


 列をなす騎兵隊は地面から突き出たに続々と触れ、ヤツらを目覚めさせた。

 土が隆起し、馬をひっくり返す。騎兵隊がパニックになると、追い討ちをかけるようにカルバリーの幼体たちが飛び出てきた。


「う、うわあああああああああああ!!!」


 大量の巨体が騎兵隊を襲う。


「聞いてないぞおおおぉああああ!!!」


 土が飛散し、騎士も馬もカルバリーの口に入る。

 むごい光景だ。カルバリーは「チュー」と鳴き、満足げに暴れまわっている。


 これが自然の恐ろしさというものだ。俺たちは一度も手を出していないから、罪に問われることはない。

 俺たちは穏やかな風魔法で着地し、丘のふもとで無邪気なカルバリーたちを見る。


「あぁ~……うわっ、あー……」

「ひー、グロ……」

「あ、そっちは…………あーあー」


 やっぱ罪に問われるかもな。知っていて黙ってた罪とかあるだろ、知らんけど。


「ん……?」


 俺は凝視した。丘の中腹あたりに動き回るがある。騎兵隊やカルバリーに紛れた小柄なヤツだ。

 しかもカルバリーを討伐している。例の村人か。


「あー!あれババアじゃね?」

「ジジイね」

「落ち着いたら捕まえるか」

「あっ、食べられた」

「はやっ……って、ハリエットは?」


 俺の横にいたハズのハリエットが見当たらない。

 あたりを見回していると、ルナが「あ」と指を差した。


「見て、あんなとこにいる」


 ハリエットは丘の上にいた。カルバリーの腹を裂いて回っている。

 仕事熱心だな。血まみれになりながらカルバリーを撃破している。手伝うかどうか微妙なラインの活躍だ。俺は頭を悩ませた。


「助けるぅ?」

「いやいいでしょ、あの女なら。一人でいけそう」

「つーかさ、カルバリー駆除が目的だよな、俺ら」

「うん」

「どうするよ。帝国軍の死体入りカルバリーになっちまったけど……」


 俺とルナは「あー」と息を吐くような声を出す。

 なんかテンション下がっちゃったな。帝国軍に直接攻撃をしないための作戦が、結果的にはグロ方面を悪化させてしまった。


 ルナは苦笑いをして杖にアゴを乗せる。


「でも……アタシたちがトドメ刺さなければだし、もう少し待ってからアレやる?」

「……魔法強化ファイアボール?」

「全部焼き尽くしちゃえばセーフじゃない?」

「そうだな……全員食われてから撃てば、誤魔化せるか。『ここに到着したときにはもう』って言えば大丈夫だろ」


 もちろんハリエットは巻き込まないぞ。


 こうして、俺の冒険者としての初依頼は幕を閉じるのであった。


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