第8話 血の通った機械
「ヤバっ……!」
女剣士の踏み込みは速すぎる。斬られる。
死を覚悟したその時だった。遠くからルナの声が響く。
「
それに呼応し、俺を中心とした青白いフィールドが展開する。横一文字で振られた女剣士の一撃をギリギリで防いだ。
その直後、女剣士の剣が緑色に発光する。
「
まさか魔法もいけるのかこの女は!
この形式は魔法詠唱だ。しかも召喚魔法。しかもしかも、噂のカルバリーを召還した。
俺はホッとした。カルバリーなら一度学習しているし、今はバリアに囲まれている。丸呑みはされまい。
さあ来い!と俺が身構えると、再びルナの声が耳に入る。
「ヒコイチ!上っ!」
「え?」
すぐに上を向くと、俺は度肝を抜かれた。
カルバリーはカルバリーでも、成体のほうだった。幼体でさえ全長3メートルはある魔獣が成体となれば、その大きさは想像を絶する。約10メートルほどだろうか、それが陸上を跳ぶワケだから、生物の本能的な何かが嘆いている。
「助けっ……!」
あまりの巨躯に腰が引ける。何も無い空間から現れたカルバリーはあたり一帯に影を落とし、俺をバリアごと食らおうとしてくる。
口だけで四畳半はあるぞ。バリアを易々と噛み砕きそうな歯もある。
どうしようもないのか?いや待て、ルナに頼ってばかりじゃないか。
ぐっと踏ん張った。今の俺にはスキルと武具がある。道はある。
拳を握りしめ、魔力グローブに力を送るイメージをする。そしてカルバリーを見据え、全力で跳んで拳を突き上げた。
「昇龍ッ……ウオオアアアアアアア!!!」
拳のカーブとともにグローブから橙色の魔力が放たれ、とてつもない衝撃波を生み出した。輝く魔力は全てを蹴散らし、風圧が土埃を巻き上げる。
拳がカルバリーに触れることなく、その衝撃波だけでバリアもカルバリーも、さらに上空の雲までもが消え去ったのだ。
本当に危なかった。2つの意味で。
着地した俺は、想像以上の異世界のギフトに喜んだ。
「はぁ……はぁ……俺、スゴ……」
でもなんだか手に力が入らず、脚が震えている。
一日限定みたいな技なのか?魔力を感知できないのでわからないが、そういうリスクはゴメンだ。
土埃が明けた先では、俺の一撃に乗じ、ルナが女剣士の首に剣を突き立てていた。
「くッ……!」
「アタシ特級だからさ、多分強いよ」
初めて見るルナの真剣な表情に、俺はつい「おー」と感心した。
ルナは魔法剣士だったな。剣の腕も一流とは、これが特級か。女剣士も半ば諦めたようだ。
これで一件落着、とはいかない。カルバリー駆除も死体の話も残っている。結局、村長は生き返らなかったし。
広場の真ん中に移動して俺はベンチに座った。いまだに手の感覚が鈍い。使い慣れない力だ。
一方のルナは拘束魔法で女剣士の身動きを封じ、尋問を始めた。年上だろう女剣士に対して、ルナはヤンキーのように詰め寄る。
「名前をお聞かせ願えますかァ!?」
「……ハリエット」
「おぉん!?聞こえないんだけどぉ!もっと腹から声出せや!ヘイヘイヘイヘイ!!」
ルナのあれはどこからくる気迫なんだ?
「ハ、ハリエット!ハリエット・ペイルオーズ……」
「ファミリーネームなんざ聞いとらんわ!オイ!」
「ヒィィ……!」
ルナは杖の先をハリエットとやらのアゴに押し付け、威圧をした。
「何しにここに来たんですか~!?」
「そ、それは……秘密よ」
「なんじゃテメェこの
「き、機密なの!私、『王国情報隊』所属だから!」
その言葉を聞いて、ルナはバツが悪そうな顔をした。
王国情報隊とは王国直属の……何だろうか。気になった俺はルナに質問を飛ばす。
「おーい、王国情報隊って何だー?」
「えー……あー、なんというか……スパイ?精鋭部隊?みたいな感じのやつ」
「ふーん」
冒険者のフリをしたスパイ。そりゃ容赦なく殺しにくるワケだ。
悩んでいるルナを見る限り、雑に扱える人間じゃなさそうだし、これ以上の収穫は無しか。面倒な依頼を受けてしまったものだ。
でもなんでルナは杖を構えているのか。これがわからない。
「コンフェッショ~ン」
「あ!
「残念、違法じゃありませーん!てか味方が言うことじゃなくない?」
そんなやり取りの後ろで、ハリエットはビンの栓を抜いたようにペラペラと話し出す。
「私はハリエット・ペイルオーズ。王国情報隊の任務で帝国との内通者を探すため、シーレ村を監視中よ。シーレ村の人間が私に黙って依頼を出している情報を入手したから、ギルドでその依頼を受けようとした。そしたら2人の冒険者に邪魔された」
「めっちゃ流暢じゃん……」
「どういうこと?流暢なのは良いことじゃない?第一、あなた方のような人間は自分を偽りすぎなのよ。自分の好きなように話して動いていけば真の自分というものが」
「おい誰かコイツ止めろ!!!」
バカ正直で滑舌の良いスパイが爆誕してしまった。自白なのかこれは。冷酷な女剣士はどこへやら。
何はともあれ、おかげで謎が一気に解けた。
ルナが魔法を解除すると、ハリエットは冷や汗ダラダラで下を向いて喋らなくなった。
今度は俺たちの番だ。俺とルナが喋れば喋るほどハリエットの汗が増えていくので面白い。
「えー、つまり内通者探しに躍起になってたと」
「村民を粛清しまくって丘に埋めちゃったってことでしょ?そりゃ人も少なくなるわ」
「駆除依頼はある種のSOSだったのかもな」
「あー、確かに」
「で、肝心の内通者は見つかったのか?」
興味本位で聞いてみた。村長まで手に掛けたのだ、それで成果無しは悪い冗談だろう。
苦い表情でハリエットは声を絞り出す。
「あ、あと少し……で」
絶対見つかってないな。つまりハリエットはただの殺人マシーンということだ。このまま放置すれば村人全員の首を切りそうだし、ルナの魔法で内通者を炙り出せないかな。
そう思ってルナのほうに目を向けたとき、背後から靴の擦れる音がした。
俺とルナが即座に振り返ると、そこには一人の村人がいた。何の変哲もない、一人の老いた村人だ。
「ちょっとアンタたち!そこまでだよ!」
怒りのハスキーボイスを放ち、唾をとばした。ジジイっぽいがババアだろう。
村人は俺とルナの間に割って入り、ハリエットの前で屈む。
ハリエットの味方か?そんなバカな。だがハリエットはそうとは考えないようで、近づく村人を涙で迎える。
「あなたは……確かお魚屋さんの……」
「ああ、そうさ、ハリエットさん」
村人はハリエットの頬に手を添え、微笑む。
この雰囲気、マジで味方なのか。それともハリエットにも事情があって、それをくみ取ったとか。ハリエットと村人を繋げる線がまるで見えん。
パチンッ!── 村人の見事なビンタがハリエットの頬を揺らした。
唐突すぎて俺もルナも、そしてハリエットすらも同じ驚きを発する。
「えっ……」
「えっ」
「え?」
でもすぐに納得した。そりゃそうだ、と。
もっとブッ飛んだ繋がりを見せるのはこの後で、ハリエットの頬が熱くなってきた頃だ。
村人が「ククク」と喉を鳴らし、顔面を歪ませる。
「あっしが内通者だよ!このバカ女を捕らえてくれて助かったわ!ダハハハハハ!」
ボロボロの歯を露出させ、村人は汚く笑った。
「これで帝国から大金を貰って夢の老後生活さ!」
「ババアのくせに!」
「ジジイだよ!ババアみたいなジジイだよ!あっしはこれでオサラバだ!じきにこの村は帝国軍侵攻の
捨て台詞を放ち、ババアみたいなジジイの村人は走り去った。まさに疾風迅雷。
「ま、待って!」
拘束魔法で動けないハリエットは地べたを這ってでも村人を追おうとする。
「ねぇお願い!あいつを追わせて!」
「それは別にいいだろ、ルナ」
ため息を吐き、ルナは拘束魔法を解除する。
ハリエットは律儀に「ありがとう!」と言い残し、村人の後を追った。
俺たちにはハリエットを裁く権利も興味も無い。この世界は命も軽いようだし、死体の件はこれで終わりだ。ただ今回ばかりは、問題がネズミ算並みの広がりをしている。
俺とルナは村の入り口のほうに体を向ける。広場と繋がる大通りの先に入り口はあり、新しい問題が嫌でも目に入る。
「で、あっちはどうするか……」
勇気と戸惑いが混じった気分だ。
あまりのお早い到着に、本当に厄介な依頼を受けてしまったと痛感した。
地面が震え、紋章の描かれた旗がなびく。
重厚な甲冑で全身を包んだ圧倒的な数の暴力。彼らを支えるのは屈強な白馬たち。押し寄せる荒波のごとく、静かに重々しく迫ってくる。
現れたのは『帝国軍騎兵隊』。強者の群れだ。
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