第7話 ちゅらちゅらちゅら
「なんか、臭いな……」
シーレ
どんより曇った空はグレーというよりも紺色や朱色が入り乱れたような不安定さを有し、地平線近くは白で染まっている。地面の土も耕されたような明るい茶色をしており、植物がほとんど無い。
俺とルナは丘に登り、そこから全体を眺める。
「うーわっ、シーレってやっぱここかー」
「知ってんのか?」
「ちょっとだけね。向こうの山が帝国との国境で、海も近いから狙われやすさはピカイチ。戦争中はヒドかったみたい」
俺は「へー」と適当な返事をする。
今は戦時中でもないし、俺たちの任務はカルバリーとやらの駆除だ。ここに来る道中でルナから話は聞いており、カルバリーとは鼻の長い巨大な魔獣らしい。
俺は一人で丘を越える。ルナから貰った『魔力グローブ』を手に付け、準備は完了。
なだらかな坂を下っているときだった。
「カルバリーね、カルバリ~カルバリ~……ん?」
足が止まる。四角い棒が地面に立っている。チャコール色で木材らしき縦の筋が入った、1.5メートルほどの物体。
それも一本だけじゃない。十分な間隔をあけ、そこら中に少なくとも30本はある。
「墓標……かな」
整備された土地には見えないが、戦没者墓地だろうか。異様な光景だ。
ふと墓標に触れてみる。これは木じゃないな。表面はブヨブヨしていて、内部の方に軟骨のような硬さを持っている。
「なんじゃこりゃ。キノコ?」
よくよく観察すると、てっぺんに穴が空いている。背中がゾワゾワしてきた。曇り空がその感覚を助長させる。
そんな感覚を晴らしたのは、ルナの嬉しそうな声だった。丘の上から降ってくる声だ。
「それカルバリーの幼体だから、気をつけてね~!」
すぐに曇るんですけどね。
目の前にあるのは墓標でもキノコでもなく、カルバリーの鼻だ。聞いていた話はカルバリーの成体のことで、幼体は頭に無かった。
ヤバい!と心で叫んでも、逃げる時間が無い。
地面が揺れると同時に土が盛り上がり、噴火するようにカルバリーが飛び出てきた。
俺は空高く打ち上げられる。
「うおわぁっ!!」
現れたカルバリーは幼体でも巨大だった。イグアナのような体形に一本の高い鼻。焦げ茶色の毛に覆われている。あまり可愛くない。
カルバリーは「チュー」と金切り声を上げ、大きな口を開けた。このまま落ちれば俺は食われる。
「うおおおおやべええええ!」
魔力グローブで倒せそうな気がしないので、空中で泳いでみる。
ダメだ落ちるわ。地面が上に、空が下になってきた。いや待て、ルナが杖を構えているぞ。
ルナが歌うように詠唱する。
「
杖の先から射出された
一瞬で終わった。目から生気が消えたカルバリーは地面に落下し、俺はその上に落下した。
「いてっ」
カルバリーのまっすぐ生えた毛の上に尻もちをつき、生きていることに胸を撫で下ろす。
改めて見てもデカい生き物だ。そんな生き物を一撃で沈めた女は小さいが。
ルナは大爆笑しながら近寄ってくる。
「あはは!ちょっと大丈夫~?」
「おい!俺が触る前に言えよ!死にかけたぞ!」
「どうせ触るだろうから言わなかったの」
「もっと意味わかんねーわ!」
魔獣の危険性を身に覚えさせようってか?
ひとしきりの笑いを終えたルナは、余裕の表情で残りのカルバリーに目をやる。そこら中から鼻が突き出ており、駆除には時間がかかりそうだ。
「カルバリーって、てっきり成体のほうかと思ってたけど幼体のほうか~。こりゃ怪しいかもね」
違和感のある言い方だ。確かに依頼書には成体か幼体かは書いていなかったが。
「……フツー幼体のほうが弱いんじゃねーの」
「まあそうなんだけどさ~、カルバリーの幼体の別名って『墓荒らし』なんだよね。死体を好んで食べる習性があって、食べた死体の一部を地表に吐き出して罠にするの。それで死体を食べに来た生き物を食べる。土の中でエネルギーを溜めながらね」
「で、それが問題アリなのか」
「多分」
ルナは釈然としない様子で、周囲の開けた土地を見渡す。
「ここが戦場だったのはもう40年前。墓地でもないのに死体が埋まってるわけがない」
ルナは事件の香りを察知していた。
俺も俺で、面白い話になってきたなと心を踊らせていた。異世界の
「駆除だけしても、またカルバリーは出てくるな」
「そゆこと。地盤もユルユルになってるし、根本から直さないとね」
「……依頼に関係ねーけど?」
「わー、スゴい勇者っぽいー」
ムカつく煽り方だ。
俺は胸をポンと叩き、前進を始める。
「おっしゃあ!任せとけぇい!!!」
シーレ村で聞き込み調査開始だ。
海に面した起伏の少ない土地にシーレ村はある。白い壁に黒い屋根が基本の建築様式で、海浜に並ぶように民家が広がっている。大体は平屋建てで、小さな時計台が最も高い建物だ。
正直、廃村に見える。昼間なのに人が少ないし、加齢臭みたいな匂いがするからだ。
とりあえず胸を張った分の仕事はするか。
ルナをそこらへんの子供と遊ばせ、俺は村で一番偉い人間を呼び出す。時計台の下に村長がやって来た。
気分はスゴ腕刑事。出来る限りの渋い表情と渋い声で、村長である老人を問い詰める。
「では、この村の墓地はどこにありますか?」
「……あそこの、あっちの林のほうに」
村長は丘とは違う方向に指を向けた。
俺はエアでメモを取るフリをしながら、質問を続ける。
「なるほどなるほど……では最近、村人かそれ以外の死体、もしくは動物などの死体を戦場跡の丘に埋めました?」
カルバリーの幼体が大量発生している以上、死体が埋まっているのは確定だ。その原因とは何か。
村長は眉間にシワを寄せ、語尾を上げる言い回しをする。
「……い、いいえ」
「マルボロマルボロ……」
「マルボロ?」
「あっ、なるほどなるほど……」
危ない。ギルドのおじさんのせいでタバコのことを思い出してしまった。
それにしても、嘘か本当かよくわらんな。
次に俺は依頼書を見せる。
「ではこの、『シーレ戦場跡のカルバリー駆除』の依頼を出された方はどちらに?」
「あっ、それは私です……」
「お前が犯人かァッ!!!」
「ひいぃ!なんでぇ!?」
「すいません、早とちりでした」
「何よりです……」
全くわからん。もう少し聞き込みするか。もし村ぐるみとかだった場合はどうしようもないが。
空想のメモに情報を書き終えた俺は顔を上げる。
「ご協力ありがとうございまし……」
しかしそこに村長はいなかった。
右頬が濡れている気がしたので手で触れると、自然と視点が下がる。
「……なっ、え?」
村長がいた。村長は俺の足元に横たわり、頭から血を流している。さっきまで話していた相手が、今は息も無い。
突然の出来事に動揺し、俺は数歩下がることしかできなかった。
本当に死んでいる?殺された?
人が死ぬところを初めて見た。異世界でも死ぬときは死ぬ。そのリアリティが逆に非現実的だ。
蘇生魔法が存在するか知らないが、ルナを呼んで治してもらおう。なんとかなるかも。それに、この場を離れなければ。
後ろを振り向く。そして俺は再び動けなくなる。
前方に一人の冒険者が立っていた。見たことのある面構えで、剣を抜く。
「よくやったわ、名も知らぬ冒険者さん」
ギルドで会ったピンク髪の剣士が、俺に斬りかかってきた。
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