第10話 12個あっても月と呼んでくれますか?


 王国冒険者ギルド南西支部にて。


 俺とルナはギルドに戻り、2階の酒場でテーブルを囲んでいた。夜の酒場は騒がしいが、昼間の曇った村よりは楽しい。

 テーブルの上には数枚の金貨や銀貨。それらを前にして、つい文句が出てしまう。


「はぁ!?報酬これだけ!?マジで!?」


 今のところラブホの料金相場ぐらいしか知らないが、日本円で10万もいかないのではないか。

 対面に座るルナは運ばれた料理をパクパクと頬張っている。報酬の金を視界に収めてすらいない。


「まー6級はねー、こんなもんだよ」

「あんだけ苦労したってのに……!」

「関係無いことに首つっこんだのはアタシたちだし、村の人からお礼もらったでしょ?」

「見たことのない魚と野菜をな……」

「まーまー、落ち着きなされ落ち着きなされ」


 雑な鎮め方だ。

 金を小袋にしまい、俺は席に深く座り直す。


「でも一気に6級まで上がれたのは意外だったな。案外1級までの道のりも楽チンかもだぜ」


 ルナは「うーん」と疑う顔をしていた。


「いや、急に12級から6級ってのは不自然だよ。奇跡が起きても9が限界。ヒコイチ、なんか脅した?」

「んなわけねーだろ、どっちかというとあのに脅されるほうだろうがよ」


 あの受付のオッサンを脅せる人間などいない。ケラケラ笑うと、ルナの顔がひきつった。

 テーブルの横に誰か立っている。デカいヤツだ。


「そりゃ誰だ、ヒコイチ。オッサンてのは」


 受付のオッサンだった。

 カルバリーに食われかけたときより最悪だ。オッサンの威圧感がすごすぎて寒くなってくる。


「どわっ!?……あっ!いやその、えーと、クロワッサンのことですよ!ははは……」

「クロワッサンとあのオッサン……悪かねぇな。クロワッサンってのは知らねぇが」

「で、ですよね~……って、あれ?」


 オッサンの後ろにもう一人、細身の女が隠れている。


「くっくっくっ……ヒコイチ、お前の飛び級はこの、いかれた嬢ちゃんのおかげだ」


 オッサンがずれ、カーテンを開くように現れたのはハリエットだった。


「2人とも、さっきはありがとう」


 ハリエットが凛々しく微笑んだ。

 さっそくの再会。依頼が終わった後、帝国の内通者を連行するからと別れて以来だ。仕事終わりの打ち上げみたくなってきたな。


 アゴをさすりながら、オッサンが俺を見てまた笑う。


「やっぱお前、パクス人じゃなくてリベルタス人だな」

「そ、それは何番目の月で……?」

「10番目。出会いの運以外は最悪でしょう」

「は、はぁ」

「そういうことだから、幸運の女神様にも感謝しとけよ」


 オッサンは1階に戻っていった。

 幸運の女神様?誰のことだ。

 ハリエットのことかと思っていたら、丁度ハリエットがこちらに寄ってきた。


「座っても?」

「おう」


 ハリエットはなぜか俺の真横に座った。

 ちょっと怖い。今も俺はハリエットのことを殺人マシーンだと思っているからな。


 ルナは薄緑色の飲み物入りのジョッキを片手に、自分の席の横をポンポンと叩く。


「ハリエットちゃんさ~、アタシの隣に座んなよ~。ねーねー、触らせてよ~」

「あなた酔ってるの?」

「いいからさ~、仲良ししようよ~」

「嫌よ、あなたうるさいじゃない」

「はァ~!?」

「それに、私がここに来たのは宴会のためではないわ」


 ハリエットは俺のほうを向く。


「ヒコイチ、あなたの冒険者ランクについてだけど、私情や功績だけで掛け合ったって勘違いしてない?」

「めっちゃしてる」

「断じて違うわ。6級にはきっちり理由があってね、あなたたちには『ある任務』に参加してほしいの」

「ある任務?」


 俺とルナは仕事終わりの酒の席で浮かれているが、ハリエットの表情は真逆だ。


「『連合軍遠征れんごうぐんえんせい』。王国や帝国の兵士、冒険者たちが参加する大遠征よ」


 たいそうな単語たちが飛び出してきた。

 歴史の教科書のような現実味の無い話だ。ちなみに俺はまだ異世界生活2日目。そういう話には「ファンタジーだな」とワクワクする思考回路しか持っていない。

 ハリエットの話は続く。


「かつて魔王軍に奪われた聖域を奪還するための、史上最大規模の任務。ランク制限は6級、出発は24日後、参加してくれるかしら?」


 と言われてもな。24日後ってどのくらいだ?この世界、1日の長さも違うからな。短いのか長いのかが直感でわからん。


 意見を聞こうと、俺はルナと目を合わせる。

 なぜかルナは不機嫌そうにしていた。


「それって……ヒコイチこいつは付き添いで、本当に来てほしいのはアタシじゃないの」


 ルナはハリエットを睨みつけ、フォークを向ける。

 なんてこった。やっと腑に落ちた。俺はモテモテ異世界勇者ではなく、ルナのオマケか。

 核心を突かれたハリエットは動じずに答える。


「ええ、そうよ。あなたを神殿から出すため。王国の特級冒険者3人が全員揃えば、こちらとしても戦力配置がやりやすい。あとはあなただけだから」

「ふーん。上司の命令?」

「いいえ、私の独断。でも私の判断は王国の利益のため。フォルトゥナをくすぶらせるのはもったいない、それだけよ」


 ハリエットは真面目にルナと向き合っていた。

 ただ一つ難関があるとすれば、フォルトゥナと呼ばれるたびにルナの眉が動くことか。


「……あんたさ、アタシのこと怖くないの?」


 ルナはうつむき加減で、暗い声色をしていた。

 こんな気まずい雰囲気、俺は黙って飯を食うことしかできない。助けてくれハリエット!


「一人の女の子をなぜ怖がるの?」


 よう言った!しかもさっぱりとした口調。ハリエットらしい満点の回答だ。

 ムスっとした顔でルナは薄切りの肉を口に運ぶ。


「ムカつく……」

「ごめんなさい。そんなつもりは……」

「別にいーよ」


 どうやらルナは機嫌を直したようだし、これで一安心。飯もうまい。なんの料理かはわからんが。


 話を終えたハリエットは「では私はこれで」と席を立つ。


「今日は本当にありがとう。返事は後で聞くわ。また会いましょう、ヒコイチ、フォルトゥナ」

「おー、またな」


 俺の雑な挨拶にもハリエットは笑顔で返す。

 対して、ルナは何も言わない。またふてくされた表情をしていた。ハリエットが目線を送ると、ルナは恥ずかしそうにする。


「……ルナ」

「え?」

「ルナって呼んで」


 一瞬ハリエットは目を丸くしたが、すぐにニッコリと笑いかけた。


「わかったわ、ルナ」


 そう言ってハリエットが背中を向けたと思ったら、振り返って戻ってくる。


「ごめんなさい、それとあと1つ」


 なんだなんだと、俺とルナはフォークを置いた。


「あなたたち、『完全なる転移魔法』の噂を知らない?昨日、発動が観測されたのよね。情報隊も調査にあたってるんだけど、いかんせん初観測だから情報に乏しくて…………あら?」


 ハリエットがこちらの異変に気がついた。

 まずい!無意識のうちに俺の顔面が下手くそポーカーフェイスになってしまっている。動揺を隠すためとはいえ、これではひょっとこの親戚だ。


「し、知りましぇん……」

「あれ!?あなたそんな顔だった!?」

「元からですけど、何か?」

「そう言われると……そうだったかも。ごめんなさいね」


 今度こそハリエットは去った。

 危なかった。そんなことになっていたとは。

 

 これが警察に追われる気持ちか。汗が出てきた。ルナのほうは縮こまって目を泳がせている。

 だがルナにその権利は無い。聞きたいことがある。

 俺が小声で「なあ」と呼びかけても、ルナはそっぽを向き続ける。


「ルナ、なあってば、おい」

「な、何……」

「転移魔法ってさ……思ってたより、重いやつ?」

「う~~ん…………えーとね……」


 10秒ほど溜めに溜めたあげく、ルナは軽い苦笑とともに言い放つ。


「発覚次第、……だったかな~」


 ルナの口から出た物騒な言葉に、開いた口が塞がらない。周囲の音がこもる感覚がした。


 大きな一枚の窓に目をやる。今は何時だろうか。知らない星と、知らない料理の香り。ルナがいなければ俺は今頃、路上で飢えていたかもしれない。

 夜空には12個の大小様々な月が、中学生のニキビ面のように散らばっている。

 涙の味はいつでもしょっぱい。俺はとにかく大声を出したくなり、上を向く。


「月が多いなぁ!!!」


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