第10.5話 異世界の夢


 酒場を後にした俺は一人で神殿の書庫に直行した。


 薄暗い書庫には呆れるほど高い本棚が並んでおり、迷宮のような広さで俺のやる気を削ごうとしてくる。だかあいにく、やる気の問題ではない。危機感だ。


 大量の魔法書や法律書をめくり続けること3時間。やっとそれらしき記述を発見できた。

 動物の皮で装丁された手書きの書物の一節。羅列された魔法の説明のうちの、ほんの小さな文だった。


「『完全なる転移魔法』は発動するとただちに使用者を含む多方面への甚大じんだいな被害を及ぼすとされ、古くに起こった『新世界戦しんせかいせん』での使用を最後に禁術指定された……」


 ルナあの女……嘘つきやがった。いや、転移魔法が禁術とまでは言ってなかったか。だから何だ!

 他のページにもこれ以上の情報は無い。意外と禁術が多いくせに、どこにも『非人道的』という言葉が無いのが実にこの世界らしいな。


「うーん」


 もっと深刻なのが、元の世界に戻る魔法、名付けて『帰還魔法』に関してだ。俺が名付けたことの意味を考えればわかるだろう。そんなものはどこにも記述されていないのだ。

 最初からそんなものは無いのか、もしくは禁術中の禁術で、記録抹殺的な処置が施されたのか。

 たしかに物体を好きな場所に送れる魔法って、悪用されたら最悪どころじゃないよな。要はワープできる魔法なわけだから。


 やっぱ知ってそうな人に聞いて回るしかないのか。

 でも転移魔法って重罪だしな。帰還魔法のことを聞くのって、日本で『死体処理の方法を教えて』って聞くようなもんだろ。


「はぁ……」


 ホームシックが加速してしまう。

 もしこの世界と元の世界の時間進行が同じなら、今日のあのアニメの最終回、見逃しちゃったかもな。


 もう夜も更けた。


「ねむ……」


 立っているのに眠気が襲ってくる。依頼で疲れてしまえば、こんな場所でも寝られるのか。昨日はベッドで眠るのに時間がかかったというのに。

 ここは夜の学校のようだ。普通は入れない非日常の空間。怖くなってきた。


 読むか、眠るか。それは次のページで決めよう。

 めくった先は『呪い』の項。そこに書いてあった『フォルトゥナ』の文字を見て、俺は深く考えずに本を閉じた。


 そして眠気は恐怖を食らいつくした。


 異世界からの帰還に成功したとき、全てが終わっていたら。浦島太郎みたいになったら。そう考えると、俺はさっさと帰りたくてたまらない。


 親や友人が心配してるとかは二の次だ。パソコンのデータとか、会社のことも。

 俺が嫌なのは、それ以外の趣味のことだ。

 あの来週公開の映画も、新作ゲームも、ソシャゲの新キャラも拝めない。好きな漫画がアニメ化されたとして、発表にも放送にも立ち会えない。

 これからずっと、知りたい事が自分の知らないところで進行していく。それが、その未練たちが、俺を苦しめてくる。

 他人からしたら退屈なことでも、俺の数少ない生き甲斐だ。それを味わえないのは嫌だ。

 とてつもなく、嫌なんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る