冒険者殺し:ハイネ

第11話 平和の中で休息を


 体の痛みに起こされる。

 まだ眠たいが、全身がこっているから寝たくない。書庫の床なんかで寝たせいだ。


 カーテンの閉まった窓からは朝日が漏れ、知らない鳥の声がする。

 体を起こそうと力を入れると、何かに止められる感覚がした。


「重っ……な、なんだ……?」


 手で床を押して、自分の腰あたりを見てみる。なんとそこでは、ルナがスヤスヤと寝息を立てていた。


「んだよ……」


 一瞬でも本棚に潰されたのかと思ったのがバカみたいだ。俺はルナを手で転がし、横にどける。

 立ち上がると体の不調具合がよりわかるな。


「いってぇ……」


 ルナが乗っかってなかったら、こんなに全身バキバキじゃなかったのでは。うーん、取り返せないものではないし、別にいいか。


 あくびもほどほどに、俺は台所へ向かう。

 ダイニングと一体化した台所には水道や釜、冷暗所が備えられているが、コンロの類は見られない。壁際には下に食器棚、上にビン詰めや調味料用の棚が並ぶ。窓からの日光の入り具合は良好だ。


 朝食を食べるわけではない。俺は作らないし作れない。ルナは料理が得意らしいし、この世界の食材はまだ理解不能だからだ。

 でも腹減ったな。カロリーメイトとかないのかな。


「あ」


 服が昨日のままだ。ということはポケットに


「……あった」


 ギルドの受付のオッサンからもらった謎の木の実だ。パチンコ玉サイズの赤いやつ。

 つまんで近くにもってくる。

 これ食べられるのか?オッサンは幸運の実として渡してきたのだろうが、食用じゃなかったら嫌だな。


 最悪、回復魔法かけてもらえばいいか。

 その気持ちのまま口に放り込む。


「ん……固いな」


 ポリっと砕けた木の実は、口内でえげつないほどの清涼感を拡散させる。


「あー」


 ハッカやミントタブレットのレベルではない。口内の皮が全て凍った感じだ。


「あぅ……あえ?」


 違うな。感じじゃない。マジで口内が凍ってるぞこれ。口が開いたままカチカチで動かせない。


 その時、丁度良いタイミングでルナが台所に現れた。寝ぼけまなこで俺のザマを見つめる。


「なにしてんの~……?」


 ルナに対処してもらうしかない。俺は喃語なんごのような声を出して、口の中に指を差す。

 不思議そうな顔で、ルナは口の中をまじまじと観察し、「あー」と納得した。


「モーザーの実食ったの?」


 ルナは台所の棚から小瓶を取り出し、そこに入っている青い実を1つ手にした。


「はい、あーん」


 そしてそのまま口に入れようとしてくる。

 ナチュラルだな。だが、恥じらったら負けだ。俺は堂々とそれを受け入れ、下顎を手で押し上げた。


 すぐに口の凍結が溶け、懐かしい熱が広がる。

 なにが幸運の実だ。とんだ天然兵器だったぞ。


「ふー、これが温もりか……マジ感謝」

「はいはい、おはよ」

「グッモーニン」


 心地よい朝だ。体バキバキだけど。

 俺とルナはテーブルに向かい合って座り、朝食を食べる。

 今日のメニューは白菜とカイワレ大根を混ぜたような謎の野菜のサラダと、草団子のようなモチモチの何か。何一つ知らない食べ物だが、うまいなら良し。


 しかし、今日のルナは元気が無い。先輩に怒られた新人みたく、無理やり談笑している。

 俺が触れていいのか迷っていると、ルナのほうから切り出してくる。


「昨日の夜さ、書庫で何読んでたの」


 ルナの目は下を向き、眉も下がっていた。


「……また帰る方法探してたんでしょ」


 昨日と同じ。彼女は俺が帰るのを嫌がっている。

 なんだヤンデレか?このまま落ち込まれると厄介だ。とはいえ、正直に言うのは気が引ける。


「ちげーよ。これ」


 俺はボロボロに破れた『魔力グローブ』をテーブルに置いた。依頼で大活躍してくれた魔法武具だ。

 もう使い物にならないと思っていたが、ここにきて再び大活躍させてやろう。


「一回使ったら壊れた。だから魔法武具ってどんなんだろーな、って思って調べてた」

「え、ホントに?」

「ホントにって……何かワリーのか?」


 ルナの表情はあからさまに明るくなる。


「う、ううん!全然!」


 ルナはニコニコで草団子的な何かを口いっぱいに食べた。

 上手く誤魔化せた。これで俺の気分も晴れてくる。


 改めて、帰還は難儀な課題だ。ルナは嫌がるし、帰還魔法は禁止されてるし。自宅を拝めるのはいつになるやら。


 食事を終え、ルナは魔力グローブを観察する。


「これ、外も内も壊れてる。耐えきれなかったみたい」

「そんなことあるか?」

「自作だからね~。ヒコイチが魔力を増幅しすぎたってのもあるけど」

「フッ、才能が有り余ったっつーことか……」

「アタシあんま魔法武具持ってないんだよね。買いに行く?」

「才能あるから行くわ」

「そう……」


 今日の予定は装備調達に決定。

 俺のスキルを生かせる装備を探すべく、神殿を出る。実のところ、俺のスキルは曖昧なままだ。様々な魔力の形に触れることで何かわかるのでは、という期待も少なからずあった。


 ルナの勧めにより、俺たちは王国西部にある商工業の盛んな都市『エッガーリンツ』へと赴いた。

 多くの商工業者が集まるこの都市では、武器に防具、服から食器まで、あらゆる物が揃うという。そしてこの世界にしては珍しく自治が成立しており、複数人の代表市民による都市運営がなされている。


 城壁を抜けると青空の下、オレンジ色の屋根が朗らかに俺たちを迎えた。俺はそのままの格好であるのに対して、ルナはポンチョのような上着で顔を隠す。


 活気のある街だ。絶えず耳に入る市場の声と、激流のような人の動き。


 俺たちは2つの武具加工屋を訪れてみた。しかし、1つは魔法武具を置いておらず、もう1つは重すぎて持てない魔法武具がいくつかあるだけだった。


「腕がつった……」


 次の店に向かう途中で俺はぼやいた。

 試しに一振りしてみろ、と鍛冶屋の店主に言われたのでやってみたら腕が終わったのだ。

 回復魔法をかけながらルナがドヤ顔で語る。


「さっきのは言っちゃえば、三流職人の魔法剣だね。硬質化魔法と防水魔法が組み込まれてたけど、重量とデザインが犠牲になってた」

「マジで!?めっちゃ高かったぞ……」

「皆が作れるもんじゃないからね~、そこはご愛嬌。ちなみに、ヒコイチ君が壊したグローブはさっきの魔法剣100本分でーす」


 ルナが何気なく放った言葉に、俺はかつてないほど身震いした。そんな代物を一発で壊したのか俺は。そっちのほうが溢れ出る才能よりも怖いぞ。


「魔法を組み込む細工技術と、高度な魔法の才能、その両方が揃わないと完成しないんだから、そりゃボッタクリ価格にもなりますわ」


 ルナはこっちを見てニヤリと笑う。


「それに、ヒコイチみたいな『ラクしよう』って考えの人は多いからね~」

「うっ……」


 何も言い返せない。昨日の依頼の報酬金で1つは買えるだろ、そう思っていた時期もありました。


「ルナ様、やっぱ帰りましょう」

「ちょっ、やめてよ!」

「でもさ……さすがになぁ。俺、心を入れ替えるよ。ちゃんと剣術を練習して、お金稼ぐよ!」


 俺の脳みそは今、澄み渡っている。エーゲ海くらいキレイだ。異世界の勇者という称号に甘えずに、全身全霊で努力しなければ!


 市庁舎に繋がる大通りを歩く。まだ昼前だ。当初の目的を失ってしまった俺たちは普通に観光していた。


 後ろのほうから怒号が聞こえる。何だろうと振り向いたとたん、髭ヅラの男が俺たちの前を駆け抜けた。


「誰かソイツを捕まえてくれ!ウチの商品を盗みやがった!一年食うに困らない額の賞金首だー!!」


 追って現れたゴツい鍛冶師が叫んだ。


 なんだって!?大チャンス到来だぜ!

 反射的に首がグルンと回り、逃げゆく賞金首をロックオンした。棚の上のぼた餅だ。本能が燃え上がっている。


「おい見ろルナ!金が足生やして走ってるぞ!」


 ルナの呆れ顔が視界に入った気もしたが、そんなことはどうでもいい。賞金首を追いかけなければ!


「ヒャッホォォォォォオウ!!!」


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