第12話 暴力にまみれた世界


 賞金首を追ってやってきた路地裏。白い壁に囲まれたT字路の中心。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 膝に手をつき、眉間にシワを寄せた。

 賞金首の首根っこを掴まえているのは俺じゃない。


「一足遅かったな、あんちゃん」


 トサカのようなモヒカンを天に掲げる大男。

 屈強な体は戦うために鍛えられたのではないか。そう思うほどの皮膚が突っ張った筋肉をしており、かけっこで負けるのも当然に思えた。


「わりぃが、こういうのは早い者勝ちだ」


 意外にも、大男は諭すような物言いをした。

 体力も性格も負けた。全敗だなこれは。


「わかってるよ……はぁ……はぁ……」


 ヘロヘロの俺を一瞥いちべつし、大男は賞金首を担いで去っていった。


 床に倒れ、空を見上げる。

 後を追ってきたルナの顔が空を隠した。


「で、走る札束はどこ行ったの」

「……モヒカン」

「モヒカン?」

「……モヒカーナ」

「頭打った?」


 今回はあえなく撃沈。宝くじが当たったと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。


 その後、昼食をとろうということになり、俺とルナは都市の中心部に向かった。魔法武具というワードは頭の隙間に挟まっているのだろう。


 小一時間ほど歩いた結果、あるカフェに入店した。良い匂いがするという理由だけで入ったが、その選び方は間違っていなかったようだ。シンプルな内装で、テーブルからは窯が見える。

 日光に照らされた店内に客は2人。常連っぽい老人と、冒険者らしき風貌の男。


 俺とルナは2人用の席に座り、料理を待つ間にさっきの出来事を話す。


「モヒカン男に横取りされたぁ?」

「そーなんだよ。あと一歩で俺のキックが炸裂するってときに、妙なモヒカンマッチョがドーンと現れたわけよ」

「ホントに?てかモヒカンマッチョって何?」

「マジでいたんだって!」


 俺が熱弁している最中、エプロン姿の店員が料理を持ってくる。高身長でマッチョな男の店員が……


「ほら、丁度こういう感じの……」

「よう、あんちゃん。俺様の話かい?」

「へ?」


 聞いたことのある声、見たことのある顔。そこにいた店員はまさに例のモヒカン男だった。

 俺が唖然としていると、モヒカン男のほうから笑いかけてくる。


「さっきは惜しかったな。俺様はボーグだ」


 やはり見かけや口調によらず優しそうだ。それにエプロンを着て店員をやっているとは、賞金稼ぎは趣味だろうか。

 彫りの深い顔面が聖人のそれに見えてきた。


「俺はヒコイチ、冒険者をやってる」


 笑顔で返す。冒険者を名乗るのはむずがゆいが。

 次にボーグはルナを見るも、ルナが顔を背けるせいか首をひねっていた。


「そっちの嬢ちゃんは……どっかで見たような……」

「き、気のせいでは?おほほほ~」

「そうか?ま、いいや」


 ボーグは表情を元に戻し、料理を置く。


「ところで、この街には何しに来たんだ?あんたらも武器を買いに来たのか?」


 武器という言葉を聞いてハッとした。頭の隙間に落ちていた目的を思い出した。


「そういやそうだ、魔法武具を探しに来たんだった。でももう諦めたから、今は観光客だな」

「ハハハ、確かに良い魔法武具は出回らねぇよな」

「だな。あんた、良い店知ってるか?」


 俺はいつの間にかそんなことを尋ねていた。観光客を名乗ったものの、魔法武具は普通に欲しい。

 すると突然、店にいた老人の客が「あんたら!」とこっちに声を飛ばす。


「そいつの弟は王国一の鍛冶職人だぜ!」

「バカお前、言うな!」


 ボーグは止めるが、老人の客は続ける。


「すげーよな、あんな有名人が弟ってんだぜ!」


 老人の客は酔っているのか、高揚した声色をしていた。それに反するように、ボーグは気まずそうな愛想笑いを浮かべる。

 考えてみれば、賞金首を倒せる大男がカフェの店員というのは不思議だ。


 それはそうと、王国一の鍛治職人とは眉唾ものだ。買えるかどうかは置いておいて、ぜひ王国一の魔法武具に触れてみたい。


「王国一か、そんなヤツがいるなんて知らなかったな。この都市にいんのか?」

「……工房の場所は教えらんねぇよ。弟は王族御用達の鍛治師でな、詳しいこたぁ国家機密だ。あそこに入れるのはたしか、王族か一級以上の冒険者だけだ」


 ボーグが言い終えたとたん、俺とルナは顔を見合わせた。好都合なことにルナは特級冒険者だ。しかし、それを公表することを彼女が良しとするのか、俺は気になった。


 少しして、ルナが「ん」と了承のサインを出した。

 話のできる女だ。ボーグの人柄が良いというのもあるが。

 さっそく「特級ならここにいるぞ」と言おうとしたとき、その意思はさえぎられることになる。


 別の場所から聞こえる「なあ」という低い声。


「横から割り込むようで悪いが……」


 店内にいたがボーグの横に立っていた。褐色の肌と黒い短髪が特徴的な長身の男だ。

 板金の鎧で胴から腰を覆い、左肩に大きめの肩当てをつけている。黒いマントを背に下ろし、虚ろな瞳はこちらを見定めているようで恐ろしい。


「一級以上ならいいのだろう?」


 男は冒険者ライセンスを腰の袋から取り出し、ボーグに見せた。

 わずかに形式の違うライセンスだが、銀色のラインの形には見覚えがある。ルナがゴールド免許なら、この男はシルバー免許だ。


「一級冒険者のキリアルコスだ。私も質の良い武器を探しているんだが、話を聞いてもいいかね?」


 ボーグは驚きつつも、ライセンスを見て口角を上げる。


「おお、もちろんだ。いやー、しっかし、一級冒険者なんて初めて見たぜ」


 その男は立派な冒険者らしい。割り込みというほどでもないため、俺とルナは黙って見ていた。

 いや、ルナの様子がおかしい。フードの奥で意識的に口を閉じている。


 だが我慢できる性格でもなく、案の定、ルナは動いた。


「そのライセンス、期限が切れてるよ」


 男のライセンスを指差して鋭く指摘する。


「それに、キリアルコスは1年前に失踪した帝国の冒険者。でもあなたの鎧についてる紋章……セスプラミス騎士団国のものみたいだけど」


 つらつらと並べられた異常に、その場は水を打ったようになった。重い空気がのしかかり、泥にはまったように身動きがとれない。

 ルナと男のみが土俵に立ち、主導権に触れようとしている。刃を向ける者などいない。だというのに今の雰囲気は一触即発だ。


 先に冒険者の男が口を開く。


「その通りだが……顔を知っているのか?」


 そんな妙な質問にも、ルナはハッキリと答える。


「キリアルコスの顔は知らない。けれど、あなたの顔なら間違いなく知ってる……」


 ルナは杖を握った。ゴングを鳴らすために。


「冒険者殺しの『ハイネ』!!」


 声を張り上げた直後、ルナはテーブルを足で蹴り飛ばした。テーブルと料理が飛び散り、ハイネと呼ばれた男のほうへ飛んでいく。

 俺は一瞬、事態を把握できないでいたが、今はもうわかる。物騒な二つ名よりも、ルナの鬼気迫る表情が目を覚まさせてくれた。俺は飛び退いた。


 ハイネは敵!開戦したのだ!誰かが「よーいドン」と言ったわけではない。ルナは確信を持ってハイネに先手を仕掛けた。ルナがなぜハイネとの戦いを選んだのか。それは後々聞くとして、俺が出る幕はない。

 まだ料理のソースが弧を描いている中、ルナは杖を構えて詠唱する。


感電かんでん集約しゅうやくッ!サンダーボルト!」

重厚じゅうこう!ストーンウォール!」


 ハイネもほぼ同じタイミングで詠唱し、四角く巨大な石壁を床から出現させた。ハイネの左手首にあるブレスレットが赤く光っている。


 青い稲妻を石壁が防ぎ、白煙が上がる。料理とテーブルが床に落ちた。

 ほぼ不意打ちだったろうに、あの稲妻が対応されるとは。ハイネの底が知れない。


 ルナとハイネは距離をとって睨みあう。

 雷鳴が消えて店内は静かになったが、石壁と料理とテーブルでグチャグチャだ。


「な、なんだよオメーら!店長に怒られちまうだろ!外でやってくれ!」


 ボーグの裏返った声が響いた。

 まだ2人は睨みあっている。するとハイネはフードの奥のルナを見て険しい顔になった。


「驚いた……魔女に会えるとは。連れの男は貧弱そうだがな……」


 そして不敵な笑みを浮かべ、腰に下げた短剣に手を伸ばす。いつもなら俺が「なんだと」とでも言うのだろうが、ハイネの不穏さの前ではそうもいかない。

 ルナは眉をつり上げ、体を店の外へ向けた。


「外へ。息の根を止めてあげる」


 2人は向かい合いながらゆっくりと、扉へ歩いていく。一歩、二歩と、視線だけは外さずに。

 扉は一つしかない。すると必然的にルナとハイネは接近する。どちらも譲る気は無いようで、俺やボーグは固唾を呑むことしかできない。


 止まった。扉へ残り三歩の位置で足を止めた。

 ドアノブに手をかけると不利になるからなのか、そこから全く動こうとしない。ハイネがどうぞと手を出すまで、10秒は沈黙が続いていた。


「先に出るといい。レディファーストだ」

「か弱いお嬢様はあなたでしょ」

「ひねくれた人間になったものだ……」


 ハイネは短剣を抜く。


「ならば『いちさん』で同時に一歩ずつ……といこう。2で出るんだ。わかったかね?」

「…………オーケー」


 ルナは真顔で返答したが、何がオーケーなんだ。3がいらないじゃないか。本当に外に出るだけか?


 2人の周囲が歪んでいる。魔力のほとばしりなのか、誰も介入できない反発力のようなものがある。

 ルナとハイネは互いに相手を見据え、2本の脚で力強く立つ。街の喧騒しか聞こえない無言の店内で、まだかまだかと意識を研ぎ澄ましているようだ。


 ルナは杖を、ハイネは短剣を握りしめた。

 ハイネが息を吸い、カウントダウンを開始する。


いちッ!」


 しかしどうやら2もいらないようで


「ブラストォッ!!!」


 ルナが魔法を叫んだ。一歩進むと共に杖を前へ構え、全力を放った。

 一方のハイネは短剣でルナの首を狙いにいったものの、ルナの爆風魔法ブラストによる濁流のような炎と衝撃に呑み込まれた。朱色の爆炎は螺旋状に進行し、すさまじい爆音を響かせる。


 炎と震動が消え去った頃、やっと顔を上げることができた。灰色の煙でまだ視界不良だが、扉近くの外壁が破壊され、店だった瓦礫が外に散らばっている。


 魔法で生じた熱で汗が出てくる。額から出た汗が顎先まで伝っても、ラウンド2は始まらない。

 勝負はこれで終わりか?立ちこめる煙で状況が見えない。今わかるのは、ボーグが涙を流して店の奥で縮こまっていることだけだ。


「うおおおお!!店長ぉぉぉぉぉお!!!」


 この大男が恐れる店長も気になるところだが、それよりもハイネの生死だ。


 さっきの早撃ち勝負、滅茶苦茶なカウントダウンでも2人はキッチリ同時に動き出し、ルナが制した。

 ルナにしては珍しく、前口上の無いシンプルな魔法だった。早さを重視したのだろう。近距離だからとハイネが選択した白兵戦を見事に覆い尽くしてみせた。


「ど、どうなった……?」


 外へ吸い込まれる形で煙が晴れていく。光が差し込み、2人の生存者が照らし出された。


 ルナは店の外、石畳の上に立っている。

 ハイネは向かいの建物の壁を崩して倒れていたが、すぐに立ち上がった。


 まだ終わらないか。そう身震いしたとき、もっと非情な現実が俺の目に飛び込んできた。


「ルナ……!」


 言葉を失う。ルナは自身の首を手で押さえ、歯を食い縛っていた。

 よく見てみると、ルナのフードの右下側に切れ込みが入り、首まで達している。信じがたいが、右の頸動脈けいどうみゃくまで斬撃が入っているのだ。

 ハイネの短剣は明らかに首まで届いていなかった。しかし今確かに、ルナの首から血が噴き出している。このまま回復魔法をかけなかった場合、ルナは出血多量で……。


 いや、ハイネにもデカいダメージがある。

 爆風魔法ブラストを真正面から食らったせいで、短剣を持っていた右手が黒焦げになっている。それに全身にやけどのあとがあり、息も荒い。


「魔女……やはり強いな」


 背筋を正すことすらできないハイネだが、その表情には闘志と余裕が感じられる。


「その傷……回復したらどうだ?致命傷だぞ」

「時間をくれるならね……」


 ルナが回復魔法を使う隙すら無い、ということか。

 なんという殺伐とした奴らだ。もうジャンケンとかでいいだろ。なんで争うんだ!人間同士の殺し合いなんて見慣れるもんじゃねーぞ!


 それでもルナは杖を構え直し、ハイネの前に立ちはだかる。


「あんたのほうこそ……死にかけに見えるけど」

「魔王の力だと思えば、純粋な幸福だ」

「違う、これはアタシの力。あんたを殺すための」

「私を殺す?……殺せばわからなくなるぞ」

「は……?」

「貴様の仲間の居場所が」


 ハイネ以外の思考にブレーキがかかる。

 それが狙いだとも知らずに、ルナは止まった。ほんのコンマ1秒のフリーズが、ハイネには十分すぎた。

 まずい。もう既にハイネはルナの目の前にいる。


狼狽うろたえたな!その一瞬が命取りだッ!!」


 ハイネは右手で短剣を斬り上げた。直後、ハイネの右腕が空中を舞う。ルナが自らの剣を抜いていた。

 ご存じの通り、ルナは魔法剣士だ。詠唱する時間が無くても剣がある。ハイネの右腕を斬り飛ばした!これで勝つる!

 そこまではよかった。しかし右手はおとりであり、ハイネの真の狙いは左手だった。


展開束縛てんかいそくばくッ!『完全なる封印魔法プルート』!!!」


 ハイネが左手を前方にかざし、そう唱えた。

 そんな魔法があるのか?夢の国のアイツか?と思ったが、ルナの戦慄の表情を見る限り、もはや俺には想像はできない。


 瞬く間に左手から赤黒い魔力の奔流ほんりゅうがあふれ、ルナの手足に食らいついた。


「なっ……!」


 その赤黒い魔力は根を張り、地面とルナの手足を固く結びつける。


「魔法陣無しで……を……!?」


 そして染め上げるように、赤黒い魔力は手足からルナを侵食し始める。抵抗の証なのか、侵食されている赤黒い部分がたまに剥がれ落ち、ルナの肌が出てくる。剥がれ落ちた魔力は渦巻き、舞い上がり、ルナの姿を隠していく。

 あのルナが負けるかもしれない。唯一無二のり所である少女が消えてしまうかもしれない。


「ルナ!!!」


 俺は走り出していた。意味は無いだろう。でもやらなきゃならない。でなきゃ俺はどうすればいい。

 赤黒い魔力が胸まで達したとき、ルナが俺を見た。涙を浮かべ、何かを口走ろうとしていた。俺は手を伸ばそうとした。


「……あ」


 ルナの全身が赤黒くなった瞬間、魔力の結晶のような物が大量に形成され、彼女の姿は見えなくなる。


 そこにあるのは巨大な結晶の集合体。ルナの声も鼓動も感じられない。死んだのか、封印されたのか。それすら俺には想像がつかない。


 ヤバいことになった。こんなに血生臭い世界だったか?俺が視界に入れていなかっただけか。

 あー、本当に、息が苦しい。死が明確に、突然ではなくじわじわと近寄ってくる。そのことが怖い。

 脚が動かない。なんかアレだな。家で初めてゴキブリを見つけたときと同じだ。殺虫剤を取ろうと目を離したら、逃げられてしまうのではないか。それと大体同じだ。少しでも俺が動いたら、ハイネに殺されるかもしれない。俺は戦いの素人だ。ゴキブリの動きや隠れ場所がわからないように、ハイネの行動がわからない。

 俺には勇気がない。義理が無いのは当然として、勇気はもっと無い。でも見つけなきゃ、戦う理由を。


 カツン、カツンと足音が聞こえる。

 ハイネがすぐ近くにいる。結晶の周囲を回るようにして顔を出した。


「一つの本懐ほんかいは成し遂げられた。魔女の仲間よ、私を試練ととらえるか?」


 ハイネは右腕が無いまま回復魔法を使っていた。上腕二頭筋の中間で切れた腕は傷口が塞がり、ハイネの顔色も良くなっている。

 さらにルナが斬った際の副産物か、胴体部分の鎧が落ち、服の切り口から肌が見えていた。


 胸に魔法陣の刺青タトゥーが描かれている。複雑な文字と図形の組み合わせが、ハイネ自らの肉体に刻まれている。


「はは…………なるほどね」


 俺はつい喋ってしまった。バカげた種明かしのせいか、恐怖に開き直ったのか、俺はハイネと向かい合っている。

 自信のせいかもな。なぜならハイネの右腕は俺が持っている。ついでに彼の短剣も俺が握っている。


 その事に気づいたハイネは俺を睨み、独り言をデカデカと続ける。


「乗り越えようとする前に言っておく。貴様が魔女といた理由は知らないが……怪物は山を下りても怪物だったということだ」


 戦わなきゃ死ぬんだ。だったら戦うだろ。戦ってから死んどけば、あの世でルナに言い訳もできる。

 脚は動く。人間、いざとなればゴキブリも素手でいけるもんだな。


「魔女は封じた!二度と太陽を拝めないようにな。残るは貴様だが……そのつるぎでどうする?」


 戦うさ。


「戦うか?」



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