第13話 さあ↑↓Bだのぶちかまそうぜ!


 前回のあらすじ。

 シリアスの使い手がやってきた!


 都市中心部、大通りの脇道にて。カフェは破壊され、周辺もほとんどが瓦礫と化している。野次馬や軍隊はまだ見えない。

 爆風魔法ブラストの削り跡が残る石畳の上で、俺とハイネは対峙していた。


「あんた……いったい何なんだ」


 そう言いながら俺は歩く。ハイネを前にして脚が震えないのは意外と嬉しい。

 距離にして9メートル。ハイネの右腕は気持ち悪いので地面に置き、短剣はしっかり持つ。


 石畳の通路を縦に見据えると、ハイネは目線だけで追ってきた。


「魔王の信徒だ。私にとってはそれが運命。ただ親切心を持って言うなら、魔法武具を探しにきた……さっき魔女が言った通りの人間だ」


 冒険者殺しのハイネ。冒険者を殺す意義はわからないが、わからないからこその怖さがある。表情はたまに嘲笑あざわらうだけで、それ以外は無表情。


「そういう君は……魔王の信徒かね?」

「お生憎様あいにくさま、魔王の存在なんて信じちゃいねーな」

「……それもまた君だ。そのまま朽ちるだけのな」


 あおるようないさめるような口調で、ハイネはこちらに体を向けた。


 悪魔崇拝者め。話の意味がいまいちわからん。それにルナを負かしたあの魔法はなんだ?もう一度使われたら勝ち目はないぞ。そもそもないか。ハイネはプロのサイコ野郎だ。俺なんてボコボコに違いない。死体も残らないほどにな。

 そう、ハイネは強い。俺とは次元が違う。


「あ」


 待て、気づいた。死体処理の仕方を一般人に尋ねるのはおかしくないか。普通、アングラのことはアングラのやつに尋ねるべきだろ。

 閃いた。ハイネこいつ丁度良いぞ。


「あんたに一つ聞きたいことがある」

 

 俺は誠意の表情をつくり、足を揃える。


「別の世界に移る方法を教えてください!!!」


 これが俺の本懐ほんかいだ。忘れることも、変容することもない。そして見たか、この礼儀正しさを。お辞儀文化は無いからやらない。

 すると思った以上の早さでハイネは察したようで。


「そうか……貴様」


 拳をゆるめ、俺の目を見た。


「それにしては奇妙な男だ。ただ死にたくないから抗っていると見受けるが……死んだら帰れるかもしれないぞ?どうだ、一度死ぬか?」

「知らないんなら知らないって答えりゃいい」

「……アテはある」

「教えてくれるのか?」

「ああ、タメになるぞ。『魔王年代記』に載っている。魔王の遺物、『完全魔法』……!」


 こいつチョロいな。魔王の信者だからか、魔王のことを話したがるらしい。


「『完全魔法』とは、魔王自らが無限の魔力を使い、創造した魔法のことだ。そのほとんどは現在まで伝承されてきたが……『1つだけ』、意図的に消されたものがあるという。それはいにしえの大戦において使用され、あまりの慈悲の無さに記録ごと消された……という、ただの噂だ」


 いい噂が聞けた。魔王のことでハイネが嘘をつくとも思えないし、やはり帰還魔法の記録は抹消されているのか。


「さあ、答えたぞ。これで貴様は私と戦う理由が無くなった。転移者特有の能力でも使って、好きな場所へ行けばいい。私は魔女を運ばなければならないのでね」


 ハイネは背を向け、マントを揺らした。殺すつもりはないらしく、俺をまったく見ようとしない。

 このままハイネが去れば、俺は生き残れる。


「へいへい、ちょっと待てよ!…………」


 反射的に飛び出した声だった。

 どういう心境から言ったのか、俺が聞きたいほどだ。でも戦うと決めたのだから、いちいち考えるのはやめにしよう。


 ハイネが足を止めて振り返る。先の見えない闇のような瞳がこちらを向き、俺は息を呑んだ。


「……そこまでのいくさ好きとはな。凡庸なカスだと思っていたが」

「あぁ!?カスでも戦好きでもねぇわ!」

「ではなぜ立っている?」

「そ、そりゃあ…………」


 言葉に詰まった。ハイネのほうから聞いてくるとは思わなかった。


 なんで戦おうとしてるんだっけ?自分のため?

 そういえば俺、ルナのこと全然心配してないな。そりゃ帰りたがってるんだ。なぜ見知らぬ土地で無責任な女を助けなきゃならないのか。そういう心情が働いてるんだろう。

 でも、そうだな……今回ぐらいは悪くない。

 俺はハイネから奪った短剣を握りしめた。恥ずかしさを誤魔化すために、ズバッとキメてやる。


「ルナのためだ」


 以上。異世界なんだからカッコつけてもいいだろ。

 ルナがいたら絶対笑われてるな。


 ハイネは「そうか」とだけ呟き、俺の宣言を受け流した。自分から聞いといて無愛想だな。


「……君は右利きか?」


 ハイネがいきなり質問を飛ばしてきた。


「……そうだけど」

「右腕はあるか?」

「見りゃわかるだろ」

「なら、そこの私の右腕を拾ってくれ。わずかだが、体のバランスが取れなくてな」

「繋げるのか?」

「そのつもりだ」


 そういうつもりなら、仕方ない。


「いいぜ」


 俺はハイネの右腕の上で短剣をした。すると刃が届いていないのに右腕に深い傷ができる。

 見えない何かが刺さった。ここでネタばらしだ。この短剣の正体は一つ。


「これ、魔法武具だろ」


 短剣に付与された魔法はいわば『不可視の刃』。実際の3倍近くまでリーチを伸ばす魔法だろう。ルナの頸動脈が切られていたのはこのせいだ。

 初めて触ったときから違和感はあった。が長いし、重心の位置も刃の先端近くにある。


 俺は短剣を振り上げ、右腕をハイネのほうに投げ飛ばした。

 くたびれた右腕がハイネの足元に滑り込み、静寂が広がる。ハイネは右腕を拾い上げない。俺をじっと睨んでくる。


 やってやろうじゃないか。俺の晴れ舞台だ。

 ハイネの眼差しは「終わらせてやろう」と言っているようだが、俺が返せるのは「望むところだ」というアイコンタクトのみ。ハイネを恐れる心はもう無い。半分は開き直り、半分はルナのためという戦いの動機があるから。


 ルナのいない初めての戦闘。合図は不要。

 先に脚の筋肉をりきませたのはハイネだった。


「宣戦布告と受け取ったッ!!」


 ハイネは地面をえぐるように蹴り、距離を縮めてきた。


散弾さんだん鋭利えいり、ロック!」


 さらに左手をかざし、こちらへ向ける。

 そうだ、あいつは魔法も使える。遠距離から一方的に俺を殺せる。散弾と聞こえたが、避けられるか?


 左手から岩石の棘が顔を出した。それも大量に。

 やっぱ無理そう!と覚悟した瞬間、横槍が入る。


「させるかぁぁぁあーーっ!!!」


 ボーグがハイネに飛びかかり、魔法の弾道をそらした。あいつ逃げてなかったのか!


「テメーの首がリフォーム代だぁぁぁあ!!!」


 ボーグはガッチリとハイネを拘束し、その巨体で力勝負に勝っている。岩石の棘は店の瓦礫にぶつかり、ハイネは無防備となった。

 俺は嬉しくなり、「ボーグ!」と名前を呼ぶ。


「やっちまえ!ヒコイチ!!」

「おうよ!」


 今度は俺の番だ。短剣を手に走った。

 大チャンス到来かと思ったが、ハイネも黙ってはいない。


「浅はかだな!数を増やしたところでッ!」


 ハイネは左肘をボーグの腹にブチ込み、拘束がゆるんだ一瞬で回し蹴りを食らわせる。


「ぐはぁっ!」


 ボーグは大きく吹っ飛び、どこかへ消えた。

 退場が早いな。だが最高の仕事をしてくれた。ボーグが作り出した好機を逃してなるものか。

 回し蹴りの直後、ハイネの視線が外れた隙に、俺は頭上から短剣を振り下ろした。


 しかしさすがは冒険者殺し。ハイネは俺の手を押さえ、首を曲げた。完全には刺さらず、不可視の刃が肩に触れているだけ。

 俺は両手でグッと力を込める。ハイネは片腕だ。腕力はギリギリ勝っている。

 刃がじわじわと沈み、首へとズレていく。


「ぐッ……!この小僧がァッ!」

「ルナを元に戻しゃあ引っ込めてやるよ!でなきゃこのまま決着だ!」

「貴様は魔女の罪を知らないだけだッ!私の話を聞けば私が正しいとわかるだろう!!」

「知るかバーカ!!」


 あと少しで刺さる。これで勝てるのか?

 この時、俺は予感していた。素人の剣ではハイネは殺しきれない。反撃の余地を与えることになる。

 だからもう一つ、作戦がある。


 短剣を右手だけで持ち、左手を離す。

 そして俺は左手をハイネの胸、魔法陣の刺青タトゥーの上に叩きつけた。


「貴様ッ!何をッ……!」

「お前のマネだよ!!」


 左手に力を送るイメージだ。きっと成功するはず。


 昨日からぼんやり考えていた。俺の能力、たしか『魔法強化』とか名付けたスキルは、もっと別の能力なんじゃないかと。俺が壊した魔力グローブは打撃を強化する魔法武具であり、魔力の衝撃波は出せない。だが昨日、橙色の衝撃波は暴発した。魔法強化だと辻褄つじつまが合わないのだ。

 魔法強化とは例えるならば、車のタイヤの回転数を上げる力であり、ガソリンを過剰に燃焼させる力ではない。回転数が上がっただけでは車は爆発しない。

 つまり俺のスキルはもっと根底から魔法を強化できる。そして暴走すらさせる能力、『魔力生成』だ。


 『魔力生成』ならいける。魔法強化では発動のキッカケが他人や道具依存だったが、魔力そのものを送ってやれば、が起動できる。

 ハイネの言葉を思い出せ!あの未知の魔法を!


展開束縛てんかいそくばく!!!」


 俺は叫んだ。ハイネと同じ口上を。

 すぐにハイネの魔法陣が発光し、赤黒い魔力が出てきた。どういう理屈か知らんが、けっこういけるもんだ。


「こいつッ!我が魔法陣を……!」


 ハイネは後退しようとするも、俺の左手は1ミリも離れない。まるで一体化したように。


「な……!?」


 ハイネの胸部と俺の左手のひらは凍りつき、ピッタリくっついていた。

 モーザーの実だったか。それを使った。中に凍結させる成分を持ち、その効果は今朝の一件で実証済み。

 魔法陣から赤黒い魔力がどんどんあふれ、ハイネの手足にまとわりつく。絶対に抗えない魔力が、ハイネの表情を怒りに染めた。


「このおおおおおおおおおおおおお!!!」

「あばよカス野郎!!!」


 唱えろ!叫べ!魔法の名を!


「『完全なる封プルー ──


 俺はバランスを崩した。不意に起きたの消失に声が途切れてしまった。

 なぜか体が不安定だ。この感覚は、足をひっかけられたときのような、意識の外からの攻撃だろう。

 世界の角度が変わっていく中、状況が見えてくる。


 俺の左手が無い。切断されている。ハイネは短剣の攻撃を受け入れる代わりに自らの手を解放し、俺の左手を切ることで魔法を中断させたのだ。

 今、ハイネの左手には新しい剣が握られている。さすがに武器は複数あったか。それと、ハイネの胸に俺の左手がくっついている。


 なんてことだ。俺は負けるのか。意気揚々と立ち向かったわりには、あっさりとした終わりだ。

 良かった、痛みはそこまで感じない。ギャーギャーと悲鳴を上げるのは情けないからな。


 ハイネは肩に刺さった短剣を抜き、倒れゆく俺を見下ろしている。


「ぐっ……はぁ……はぁ……!」


 ここまで追い詰めたんだ。十分か。

 横顔が固い地面に触れ、冷たい血が顔を濡らす。気絶したわけじゃない。ピクリとも体を動かせないだけで、まだ世界は明るい。


「不敬な転移者めが……完全魔法を準備も無しで起動するとは……!」


 ハイネが俺の左手をむしり取ると、皮膚がもっていかれた。フライパンに焦げ付いた牛肉みたいで気味が悪い。


 頭がクラクラしてきた。貧血気味だな。

 俺の上でハイネが短剣を構えている。トドメを刺そうというのだろう。刺されるよりも貧血で気絶したいけどなあ。


 クラクラしているからか、血の感触や音が相対的に強くなってきた。

 ハイネの荒い息以外にも、何か聞こえる。


 パリン、パリン、と砕け散る音。


 優しく、それでいて勢いよく、何かが割れている。ガラスのようで、よく聞くと、もっと厚い音をしている。その後にジュワっと蒸発する音もある。

 次第に間隔がせばまる音に、ハイネはゆっくりとしか振り向けない。


「そんな…………バカな……!!」


 ハイネのあんなに焦る顔は初めて見た。でも俺には音の正体が見えない。何が割れ、何が飛び出そうとしているのか。

 けれども、それは俺のためなんだろう。そんな抽象的な感情が脳みその浅いところに浮上してきた。


 パンッ!と、一気に割れた。水槽が割れるように中身があふれてくる。

 赤黒い破片が頭上を通過し、もっと大きなが破片を呑み込む。黒煙か。いや、真っ黒な魔力だ。それがどこまでも広がっている。


 目をつぶってはいない。


 視界が完璧な黒に変わった。


 イカ墨みたいだ。



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