第14話 明日がくるとは限らない


 麦茶と菓子が入ったビニール袋を片手に持ち、ホームの最前列で電車を待つ。友人の家に向かうため。

 時刻は午前10時頃。俺以外にも電車を待つ客がいる。


『川越線、新木場行き、まもなく到着します』


 ホームの上には商業施設のくっついた駅舎があって、影がかかっている。その影は人工的な光で照らされているわけではなく、線路の奥のほうにある屋根がない部分からの日光で中和されている。 

 その日光の中から電車が現れて、上手いことドアと待機位置のマークを合わせる。


 電車の待機位置は基本2列だ。それなのに、俺の隣には誰もいない。混んでいるとか、隣にいてほしいとか、そういうわけじゃない。本当はどうでもいい。

 俺の後ろには若い女性2人が横に並んでいる。中身の無い会話で盛り上がっていて耳障りだ。


 電車が停まると、俺はドアの左側に進んで待つ。女性たちは2人だからと別れることはせず、すいているドアの右側に集まった。

 ドアが開いて客が出てくる。ここは終点だから車内はすっからかんになった。

 端っこで、かつ日光が当たらない席に座り、ビニール袋を脚の間に置いた。何分か待ってから発車するので俺は気兼ねなくスマートフォンを触る。


 ラインを返信したり、漫画を見たり。でもすぐにやることが無くなったから、ワイヤレスイヤホンを耳につっこんで目を閉じた。

 スマホが無い時代って、何してたんだっけ。

 考えたところで意味はなさそうだ。


 目が開いた。眩しい。

 天井は高く、造りは簡素だ。白い屋根に木の骨組みがむき出しで、その分の明るさや穏やかさがある。


 目を開けることに痛みが伴うのは、久しぶりだからだろう。少しずつ筋肉や光を感じ、頭も起きてくる。

 ここは天国ではなさそうだ。病院でもない。いや、病院ではあるのか。回復魔法がある世界には手術室も待合室も無いだろうしな。


 ここはベッドが並べられただけの大きな建物。

 なんで俺はこんなとこにいるんだっけ?

 そうだ、ハイネと戦って負けたんだ。


 力一杯に首を回すと、ほんの少しだけ視界が動く。真っ先に見えたのは天高くそびえる角……ではなく、モヒカンだ。


「よお、起きたか。ヒコイチ」


 皆大好きボーグが俺を見下ろしていた。


「あ……れ……ボーグ……」

「おう。お前、3日も寝てたんだぜ。まあとにかく生きててよかったな」


 3日か。随分寝てたな。異世界生活2日目で焦っていた俺に言ってやりたいわ。


「ボーグ、ケガは……」

「俺様は骨が折れてただけで、今じゃこの通り完全回復よ。お前のほうがヤバかったんだぜ?ほら」


 ボーグは俺の左腕を軽く持ち上げた。

 前腕の先には手がついている。力を込められる、ちゃんとしたやつだ。左手が無かった時間は短いが、その時の衝撃が大きすぎて逆に左手があるのに驚きだ。


「うわ、左手がある……!」

「ガハハ、もっと喜べ。この施設は腕の良い魔法使いがやってるとこでな。ちょっとばかし値は張るが、ご覧の通り全員無事でいられるってわけよ」

「全員……?」

「ああ、お前の相棒ならずっとそこにいるぜ」


 ボーグの視線に従い、視界を右に回す。そこにはベッドに乗っかって寝ているルナがいた。無傷で綺麗な肌をした、いつもの姿だ。付きっきりだったのか起きる気配は無い。

 俺の戦いは無駄じゃなかった。ルナを見てると、そう安堵できる。


 ボーグが「俺様はいったん帰るとするか」と背中を向けたので、俺は思わず手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと待て……!」


 弱った体を起こしただけでボーグは止まった。

 一刻を争うような気持ちがある。回答によっては夜も眠れないことを、どうしても聞いておかなきゃならない。


「アイツはどうなった?ハイネは……!?」


 すぐさまボーグは真剣というよりも慎重な面持ちで俺を見る。


「ハイネは死んだ……ってことになってる。見たわけじゃねーが、右腕と盗んだライセンスが残ってたらしい。ま、逃げた形跡や目撃情報が無い以上、死んだんだろーな」

「絶対生きてるじゃん……」

「え?」

「死んだかーよかったー」

「いやホント、マジで安心だぜ。あ、賞金は三等分にしてくれよ?」


 ボーグはにこやかにその場を後にした。


 死んだってことになってる、って曖昧だな。考えたくもないから死んだことにするか。ハイネは賞金首らしいし、そうでないと賞金も入らん。


 俺が生きている。ということは、ハイネは逃げたか死んだか。後者なら必然的に首を取ったのはルナになる。ルナの魔法なら死体を消し炭にできるし、あの赤黒い結晶から脱出するのも不自然ではない。


「はぁ……」


 ため息とともに不安を吐き出し、とりあえずは一安心。ベッドの包み込む感触を強く感じる。


 しかしあれだな、ハイネと戦っていたときの俺は興奮状態だったな。右腕と短剣を手にとったあたりから、自分が何を言っていたのか思い出せない。

 でも明確に覚えている感情は『殺意』だ。それも怒りや恨みを伴わない、

 いつの間にか、俺の脳内では殺す・殺されるの思考が巡っていた。元の世界では虫を殺すので精一杯だったのに、今は理由をつけて人命を削ることを異常だと思っていない。

 適応、と言えば聞こえは良い。命の保障が前提の日本とは違い、異世界は毎日サバイバルだ。適応できないほうがまずいのだ。だからハイネを全力で殺すのは普通だと、俺の本能は言っている。

 まだ殺したわけではない。だからいつか人間を殺したとき、俺は変わるだろう。それまでは、ただの生存本能だ。


 この後はどうしようか。体の痛みは無いし、また街に出ようか。ボーグに魔法武具のことを聞けてないしな。どれもこれも、ルナが起きないと始まらない。


「やっと目覚めましたか、6級冒険者ヒコイチ」


 女神みたいなセリフが聞こえた。体を起こすと、ベッドの前方に女の魔導師と4人の騎士が立っていた。


 俺を呼んだのは魔導師だ。先の折れた白いとんがり帽子を被り、空色の長髪を下ろしている。

 その後ろには剣を背負い、フルプレートの鎧を着た4人の騎士。肌は一切見えず、機械のような冷たさを感じる。


 警察沙汰になるような事をした記憶はあるが、もしや軍隊だろうか。


「そうだけど……誰?」

「私たちは宮殿から派遣された者です。それよりも、あなた方2人にはこれから用事ができますので」


 魔導師は柔らかい口調でおかしなことを言う。


「国王陛下より、『2人を召集せよ』との命が下っています。また、『応じない場合はこちらから殴り込む』とのことです」

「殴り……え?てか、何のために……?」

「3日前の件……そして、についてのお話がしたいと」


 血の気が引いていく。鳩が豆鉄砲を食らった顔ってこういうことか。

 オイオイオイ死ぬわ俺。転移者であることがバレたら俺もルナも即処刑だ。ハイネといい帰り方といい、問題は山積みだな。


「………………やっべ」


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