王座謁見:リンドウ

第15話 王様だって殴りたい!


 俺は今、ルナを担ぎ上げ、都市の街道を走り回っている。


「ルナも走れよ!殺されんだろ!」

「寝すぎて動けな~い」

「マジで死ぬって!」

「プロテクトかけてるから大丈夫だよ~」

「壊れたらどーすんだ!」


 ルナは「壊れないって」とほざいているが信用できない。

 それに騎士はともかく、あの魔導師の女はタダ者ではない気がする。いかにも宮廷お抱えの魔導師ですって感じの女だ。


 復帰したばかりだっていうのに。とほほ。


 角を曲がったところで急ブレーキをかける。


「うおっ!」


 目の前で空色の髪が揺れる。魔導師が回り込んでいた。しかし魔法を使う素振りはない。

 グッと踏ん張り、こちらに狙いを定める。


「イビルタックラー・フウカ、行きますっ!」


 今なんつった!?


「フンッ!!!」


 まさかのショルダータックルをかましてきた。

 この女、魔女みたいな格好しておいて体術使うのかよ。しかもめちゃくちゃ速い。


 魔導師はプロテクトを破り、その巨大にも見える肩で俺たちに衝突する。

 美しい空だ。トラックに轢かれたときってこんな感じなのかな。地面にぶつかる。


「ゴッバァ!!」


 KOされた。


 人生とは儚いものです。痛みをわかち合うことはできませんから。自転車をこぎ、たまに路肩に止まり、タバコを吸い、再び出発する。そんな人生で良かったのにね。


「ハッ……!」


 目を覚ませば馬車の中。荷台には対面式の席が備えられ、前に魔導師がいる。肩が重いと思ったらルナが俺に寄っかかって寝ていた。

 外の景色は俺たちがいた都市とは異なり、建物がまるで無い。山間部の畑が流れていく。相当遠くまで来たようだ。


「あ、おはようございます」


 魔導師が悪魔の微笑を向けてきた。

 俺は思わず頭を下げる。


「すいません許してください!!」

「え!?な、何をですか!?」

「生まれてきたことを!」

「えーと……先程から勘違いをしていませんか?」


 魔導師は戸惑っている。タックルしてきたくせに?

 でも確かに魔導師がそう言うのは不思議だ。


「あの~……さっき言ってた転移者の話っていうのはどういう?」


 恐る恐る聞いてみる。俺の早とちりだと良いな。


「私も詳しいことはわかりませんが……先日、転移魔法が観測された件はご存じで?」

「……ああ、まあ」

「つい昨日、その発生位置が特定できたのです。そのことと関連しているかと」

「え、発生位置!?ど、どこで?」

「帝国北部にある軍司令部です。現在、会談を申し入れている最中で……」


 帝国だと!?俺とまったく関係ないじゃないか!これはではない。俺はセーフだ。

 安心しきった俺の体は力が抜けすぎてふにゃふにゃになった。


「す、すごい!特技ですか!?」

「いえ、ご心配なく。そういえば名前は?」


 気になることがもう一つあった。

 魔導師は姿勢を正し、改めて挨拶をする。


「私の名はイビルタックラー・フウカ。偉大なる国王陛下よりたまわったお名前です」

「へ、へー……偉い人って皆そういう名前?」

「いいえ、王族のみに許された特別な名です。ですが私はまだまだ若輩の身。お兄様には敵いません」

「ちなみにその、お兄様の名前は……?」

「デビルスライサー・ミチオです」

「うーん……そっか」


 謎の異名も気になるが、日本語っぽいのも気になる。国王のセンスは計り知れんな。


 その後、俺はこれから会う国王のことを聞いた。

 国王とは神の子孫であること、特級冒険者並の実力があること、そしてルナと面識があること。いろいろと新情報があったが、最後のやつは特別だ。そろそろ無視してはいられない。


 景色は変わり、王都へ。平らな土地につくられた人工的な森を進むと、開けた区画に出る。


「さあ、つきました」


 噴水の横を通り、広大な庭園を抜ける。その2つはこれから訪れる宮殿のための前振り。


 見えてきたのは凸の字型の建築物。あまりの大きさと迫力に目を疑う。そこは複雑な彫刻と装飾が特徴的な権威の象徴。『アルケケンギ宮殿』と言うらしい。


「ルナ、ついたぞ」

「んぇ……ねむ……」


 馬車が宮殿前に停まった。宮殿は3階建てで、2階にバルコニーがある。窓だけで俺の実家より金かかってそうだ。

 ルナを引きずり降ろし、騎士とフウカの後をついていく。


 王都に来るのも初めてだってのに、いきなり王との顔合わせとは思わなかった。普通イベントとしては別々にやるだろ。王都観光とかしたいよ俺は。


 入り口に向かっているとき、宮殿の窓ガラスを割って金ピカ鎧の長髪男が庭に落ちてきた。

 突飛すぎる。歓迎の挨拶かと思ったが、フウカがその長髪男を見て手を振っている。


「あ!お兄様ー!」

「デビルスライサー・ミチオ!?」


 なんで飛んできたんだ。デビルスライサーは王族だろうに。


 動かないミチオを通りすぎ、いざ宮殿へ。ルナが肘で小突いてくる。


「ヒコイチ、王族呼び捨てにしてたら殴られるよ」

「つってもなあ……王族がなんで落ちてくるんだよ」

「そりゃ国王がアレじゃあね……」

「……え?」


 ルナの苦笑いが俺に伝染した。

 国王に会いたくなくなってきたけど、ここまで来たらもう引き返せない。


 入り口からエントランス、階段を歩き、2階に上がる。俺たちが向かうのは玉座の間。そこでは現在、国王と貴族たちで会合が行われているという。

 回廊の床には格子状の紋様が施され、アーチ状の天井には宗教画が描かれている。まるで太陽光が回廊のためにあるようで、国のがそこにある。

 こんな荘厳な内装、世界のふしぎを発見してる番組でしか見たことないぞ。


 ここまで緻密な建築に囲まれるとレベルの違いを感じる。この世界で初めて出会う、黄金のような風格。謁見するってスゴいことなんじゃないか。

 回廊を進むほどに鼓動が加速し、体が不安定になってくる。思考がまとまらず、フワフワする。


 玉座の間の前に到着した。フウカは謁見のマナーを説明したのち、緊張する俺たちを気づかう。


「大丈夫ですよ、短いお話だけですから」


 ホントにぃ?


「それに陛下はお優しい方ですので、どうぞ肩の力を抜いてくださうごッ ──


 フウカが視界から消えた。


「イビルタックラーーーッ!!!」


 人だ。高貴な服をまとった男が吹っ飛んできて、フウカを巻き込んだ。窓ガラスが割れ、庭でフウカと男がダウンしている。


 デビルスライサーに続きイビルタックラーまでもがやられてしまった。にもかかわらずルナは落ち着いていて、ますます意味がわからない。


「な、何だってんだ……!?」


 高貴そうな男は玉座の間から飛んできた。すぐさま玉座の間に目をやると、扉が開いており、そこに一人の男が立っていた。


 身長190センチはあろう上半身裸の筋肉質な男。

 ゴツいシルバーのネックレスと腕輪を付け、逆立つ黒髪は怒りそのもの。口はひん曲がり、眉間のシワが額まで伸びている。


「けっ、オメーよぉ、情報隊の女一人に村を任せときゃあ終わると思ったのか?自分の領地ぐれー自分で見張れよなァ」


 男は振り向き、玉座の間のド真ん中を歩く。


「次やったら男爵まで下げっぞテメー」


 ドスンと、腕と脚を組んで玉座に座る。

 ピリついた空気の中、周囲に並ぶ衛兵や貴族が全身を強張らせていた。

 あんな男が?いや、この世界は力がなければのし上がれない。圧倒的な暴力に裏付けられた絶対的な威厳はまさにその地位にふさわしい。


 あの男こそが第115代国王であり、神の子孫。

 通称『鉄槌王てっついおうリンドウ』だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る