第44話 奴は四天王の中でも最低…
「君ぐらいの年頃なら皆もう結婚してるよ?彼氏とかいるの?なーんちゃって!ギャハハハ!」
どうすりゃこんなキツい性格になるんだ。
信じられるかよ、コイツこれで四天王だぜ。眼が無いタイプの巨大なバケモンだぜ。
「2000年も眠ってるとああなるのか……」
「にしてもヒドいでしょ」
「完全にオッサンやな……」
エルネスタの一言にウェニリグスの指がピクッと反応した。
「え、今オッサンって言ったの誰?」
ただならぬ怒気を発している。
「やはり……人類は礼儀がなっとらァん!!!」
ベール状の皮膚を広げ、そこからけたたましい音を鳴らす。索敵が始まった。
それにさっきと違い、風が吹いてきた。今度こそ対処をしなければならない。
「どーすんだルナ!」
「とりあえず10分!現代型の魔獣封印なら10分で準備できる!」
ルナはいくつか羊皮紙を用意し、魔法陣の準備にかかる。
「10分か……ならテキトーでも稼げる!」
「しんどいこと言うわぁ……!」
エルネスタも俺に続く。
「ハードニング、エンハンスドボディ」
ルナが基本的な支援魔法を俺たちにかけた。
加えて、
この状況なら余裕が持てる。
まずは
「ウラァッ!」
攻撃力高め、横一文字の魔力放出を、ウェニリグスは軽やかに跳躍して避けた。巨体にそぐわぬ身軽さだ。
ウェニリグスは俺たちの頭上を舞う。
そして着地と同時に足払いをした。とはいえこの大きさだ。
俺は吹っ飛ばされ、いつの間にか虎に変身していたエルネスタはジャンプした。
転がるのをこらえながら滑り終えた時、虎はすでにいなかった。
「シェイプシフト」
何度も聞いた魔法詠唱。今回は本気だ。
俺はエルネスタの変身魔法での近接戦闘を初めて目にした。
しかしエルネスタのように、真っ先に覚えるべき魔法すら捨て、変身魔法に年月をかけるとどうなるか。
エルネスタは今まさに、目まぐるしく変身する。
猿、小鳥、羽虫でウェニリグスの攻撃を
迷いのない、流れるような動きだ。
支援魔法での反応速度上昇は関係なしに、動物ごとの身のこなしが本物以上に上手く見える。
エルネスタは巨人になり、拳を振り下ろした。それをウェニリグスは両手で受け止める。
互いに筋力に物言わせ、地面がひび割れた。
押し合いはウェニリグスが勝ち、追撃がくる寸前にエルネスタが
「シェイプシフトッ!」
と巨人からウグイス色の小鳥に変身し、被弾面積が一気に減る。俺はそれに合わせて、溜めていた魔力を地面に這わせるように放出した。
魔力はウェニリグスの正中線上にヒットし、ドカンと魔力の火柱を上げる。
なかなかの連携だったんじゃないか。
「よし、良い感じ」
煙が昇っている。先に煙から出てきたのはエルネスタで、人間に戻っていた。
「けほっ……なんも良くないわぁ。当たったらどないすんねん」
「だから当てなかったんだろ」
「ありがたい限りですわ。そんじゃ……」
俺とエルネスタは標的に向き直る。
ウェニリグスの身体は焼け落ち、上半身が消えかけたところで再生した。きっかり不死身だ。
それでも10分稼げればいい。
ウェニリグスは
「か弱い、若い…………
いきなり気取ったセリフを、と言いたいとこだが。
吸い込まれる。引き寄せられている。
なにか、くる。
「かッ…………」
空気が歪む。グニャリと、スパッと。
ウェニリグスの口と両手から空気の線が射出され、2人の体に15センチくらいの穴を作った。まるでずっと空いていたかのような、目にも止まらぬ一撃。
俺だけは
絶体絶命の一瞬、意識が飛びかける一瞬。攻撃を食らって1秒も経っていない時、魔法詠唱のかすれ声が響いた。
「……キュ……ア…………オールッ……!!!」
ルナの
完全になめていた。2000年前のオンボロ老人だと、ルナ無しで勝てると、魔王軍四天王をなめていた。
奴は俺とエルの硬質化された肉体のみならず、ルナのプロテクトを貫通した。
「強いんじゃねーの……コイツ……!?」
四天王の格は伊達じゃない。
唯一披露した武器らしい武器でさえあの威力だ。
封印のための魔法陣を作る隙がなくなった。
勝てない……俺とエルだけじゃ。
「2人は下がってて」
ルナから痛烈なアイコンタクトを受け取った。
一人のほうがやりやすい。その意思を信頼し、俺とエルネスタは瓦礫に隠れる。
ウェニリグスはまだ手札を残している。どちらが有利かは一ミリもわからない。
「
ウェニリグスが音を奏で、戦闘再開を告げた。口と両手に空気を集めている。
あの空気砲がくるか。回避不可能、防御不可能の三発が。
「
ルナが詠唱を終えた瞬間、空気砲が空間を走った。
次に視認できたのは地面に空いた穴。それも3か所。
あまりに速すぎる。おそらく空気砲は俺たち3人を狙ったが、軌道を曲げられて地面を貫いたのだ。
俺とエルネスタをちゃんと狙ったウェニリグスもヤバいし、あの空気砲を的確に防いだルナもヤバい。
「小娘が!」
ウェニリグスが飛びかかった。ルナも杖を片手に急接近する。
ルナはパンチを避け、掴みをくぐり、股を抜けた。背後に回った。これで勝つる。
その時、骨が折れ、繊維がねじ切れる音がした。
「グガァッ!」
ウェニリグスが180度以上に背中を回転させ、その勢いでルナに拳を繰り出した。
ありえない姿勢だが、再生能力を持つなら可能だ。
拳が地面を揺らし、砂ぼこりが舞い上がる。
数秒の静けさ、どうなった。ルナはどこへ。地中か空中か、それとも透明化か。
あそこだ。ウェニリグスの肩で、ルナがゆったりと杖を構えていた。
「ブラスト」
ウェニリグスの頭部に爆風が炸裂する。
頭部が燃え上がる。目的は爆音での一時的な索敵妨害か?否、これはただの前段階。
ルナが反動で空中へ飛び出し、腰のバッグから一枚の羊皮紙を抜き出した。
「……
儚げな声色で、かつて味わった力を振るう。
「
それは封印の完全魔法。ウェニリグスを封印していた赤い結晶と同じであろう魔法。
完全魔法は効果、消費魔力、製作難易度、魔法陣消耗の全てにおいて最高位に君臨する。その貴重さはルナですら使用を
この赤黒い魔力に抗える者はいない。
「ァガッ……グッ……ヌォオオォォーッ!!」
ウェニリグスの手足も首も魔力に縛られ、赤黒い結晶が次々と形成される。
「ふざけるなッ!小娘ごときが完全魔法だと!?貴様にできるハズがないッ!!」
ウェニリグスとしても予想外だったのか、見たことのない形態に変化していく。筋肉が盛り上がり、節々に穴が空いた。
しかし、どれだけもがき続けても、結晶による封印が追い抜いていく。
「二度とて封じられてたまるか!!我は戦争に勝たねば ──
巨大な結晶がウェニリグスを覆い尽くした。
これが特級の戦いぶり。合理化されまくった戦闘。
守り、近づき、隙を作り、一発で終わらせる。さすがの実力だ。
「すごぉ……でも、最初っからやってほしかったわ」
エルネスタは穴が空いていた腹部をなでた。
それに対してルナは魔法陣の羊皮紙を見せびらかし、ドヤ顔で詰め寄る。
「文句はめっ!感謝しなさい?この紙一枚であんたの人生三回分よ~?」
「感謝はしとるって!何やねんその顔」
2人は相変わらず仲良しでよろし。
俺はウェニリグスの封印された結晶体に近づき、なんとなく小突いてみる。
「なあルナ、この人に『戦争終わりましたよ』って言ったか?」
巨大な怪物と言ってもウェニリグスは会話のできる生物。戦争をやれるくらいの知能はあるはずだ。
「ううん。なんで?」
「なんか……精神攻撃で倒せたんじゃね、って」
「あ、和解とかじゃないんだ」
「そうとも言う」
今となっては無意味な話題か。
「やば、魔王のこと聞き忘れた」
ルナが目を丸くしていた。
表情に不純物は無く、怪しむには心苦しいが。
俺も聞き忘れている。エルネスタと目が合い、今がそのタイミングなのだろうと思ってしまう。
『魔王は本当にいるのか』という、小さく重い質問に答えてもらわねばスッキリできない。
「ル……」
一歩目で固い物を踏んだ。パキッと軽い音がして、質問が途切れた理由になった。
足元には赤黒いガラスの破片。それも大量にあり、ヒラヒラと地表付近を滑っている。
顔を上げると、封印の結晶体に亀裂が入っている光景が飛び込んできた。
「オイオイオイオイ!なんか割れてるよぉ~!?」
割れちゃってるんだよなぁ、早いんだよなぁ!
「はぁ!?なんで!?」
「ヒコイチ何したん!?」
うるさい仲間だ。何もしてないのに壊れたぞ!
原因不明がすぎる。あの封印方法にミスはなかった。だとしたら第三者の介入か?
剥離した薄皮の結晶が流れていく。結晶体の後方へと吸われるように、結晶体それ自体が縮んでいく。
そして封印完了後2分かそこら。結晶が割れ、開放、ウェニリグスが復活した。
「……ならんのだァァアーーーッ!!!」
封印前の続き!……と思いきや、ウェニリグスの背後から手が伸びてくる。
体格はウェニリグスと同じくらいのデカさ。筋肉量は劣る。パワーは、あのザマだ。
「マジか」
顔面を掴まれたウェニリグスが地面に叩きつけられた。思いっきり、豪快に潰された。
知っているパワー、知っている怪物。
忘れもしない。異世界に来て初日にからまれた。ルナすら殺しかけるほどの危険性。
俺とルナでなくとも、アイツの危険性は万国共通。エルネスタが汗を
「あれが大昔に勇者が苦戦しまくった理由や。四天王は魔獣の一種……
ベージュ色の体表。サーフボードみたいな体に四肢の生えたキモいフォルム。真ん中には深淵の穴。
敵が一体増えてしまった。それも最悪なやつが。
「めっ……面倒くせぇ~っ!!」
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