第45話 原魔勇竜混合決戦 跳梁


 もうてんやわんやの阿鼻叫喚だった。


 現在は絶賛撤退中。相手は厄介すぎる2体のため、誰もが頭を抱えていた。

 物理攻撃で原住種げんじゅうしゅを倒せても被害が大きく、ウェニリグスが残る。方や魔法も原住種が魔力を吸うせいで普通に機能せず。

 順番に時間とコストをかけて倒すしかない。


 そんな会議をしながらダッシュで下山していると、視界の左端で黒い羽根がなびいた。


「皆さん、お困りのようで」


 トーハーが並走してきた。


「うわっ!」

「下りちゃダメですよ。避難が終わってませんので」


 トーハーは立てた人差し指を背後に回した。


「ですから上ります。に頼みましょ」


 急ブレーキがかかり、俺たちは全員、宙に浮いた。

 登山は不必要で、トーハーの魔法で連れていってくれるらしい。とてつもなく荒い運転だ。


 山の標高は1923メートル。

 綺麗な円錐形の山で、頂上に火口がある。その火口付近にセシュア様が住んでいる。誰?


 頂上に到着すると雑に解放された。


「おうぇっ……」


 さんざん宙で振り回され、気分は最悪だ。

 ルナとトーハーは平気そうだから火山ガスとかではないだろう。空気も薄くはない。


「私はセシュア様の管理を生業なりわいにしてます。飼育係じゃなくて秘書ですけど。観光客の案内もね、してるんですよ」


 トーハーは淡々と語った。

 住所不定無職だと思ってた。てかそれよりも……


「セシュア様って誰だよ」

「ご存じでない?」

「うん」

「それはそちらの努力不足ですね」

「俺のせいなの?」

「セシュア様と会うには7つの玉を集める必要がありますが、今月は無料相談期間です」


 どういうシステムだよ。答えてくれないし。

 訳もわからずふと周囲を見渡していて、ある事に気づいた。


「てか……エルがいねーな」

「途中で逃げてたよ。ま、アタシが首つっこんだだけだし、いいんじゃない?」


 ルナは無頓着そうに歩いていく。


 トーハーの案内を受け、高山植物の地帯を抜けた。岩の窪地くぼちが見下ろせる。

 ここが火口か。かなり広範囲で、中央にあるエメラルド色の火山湖から白い噴煙があふれている。

 しかし未だ、俺たち3人以外の姿はない。


「湖には近づかないでくださいね。そろそろセシュア様が出てきますから」


 トーハーの言う通りに湖に近づきすぎないよう窪地を下り、そわそわしながら待機する。

 今にも2体の強敵がやってくる。そんな状況下で誰かも知らない助っ人を悠長に待っている。


「お、来ましたよ」


 火山湖の水面が波打ち、中から巨大なモンスターが飛び出してきた。


 厚く赤い鱗、四つの脚とコウモリのような翼。その全長は旅客機の数倍巨大で、人生で見てきたどの生物よりも大きい。

 セシュア様ってのは、ドのつく王道な竜のことだ。


「……何よ」


 しかも喋った、竜も喋るぞ。オカマっぽい。

 トーハーが「あのー」と腰を低くする。


「セシュア様、四天体がですね、目覚めたんですよ」

「あらまぁ~、とうとうやっちゃったの」

「はい」

「四天王ねぇ……ワタシもじかで会ったことはないけど、ワタシの祖母が昔ね、話してくれたわ」

「はぁ」

「年上の言葉と冷や酒は後からみるものよねぇ」


 なんか無駄話をしているな。時間ないってのに。


「あのぉ!!」


 我慢ならずに言葉を食い込ませた。


「敵を倒すのに協力してほしいんですけどぉ!」

「あらやだ、ワタシが?」

「はい!!!」

「それは……あなた次第ねぇ」


 セシュアは顎を両前足に乗せる。そして片目のまぶたを下げ、妖艶さを俺に浴びせた。


「……うほっ」


 いやはや困った。美女と野獣もビックリだ。

 必死に唇を噛んでいると、ルナの手が肩に置かれた。その慈愛の瞳はやめてくれ。


 その時、大きな何かが太陽を隠した。


 直後、ウェニリグスがセシュアの顔面に突っ込んだ。それも故意ではなく、投げられてきた。

 悲しい扱いだ。ウェニリグスは地面に落ちて沈黙し、倒れそうになったセシュアは怒り狂った様子で俺たちの上を通り過ぎる。


「お肌が荒れちゃうじゃないのォ~~ッ!!!」


 セシュアは窪地のふちに立っていた原住種にタックルし、そのまま2匹もろとも滑落かつらくした。


「あっ、セシュア様ぁーー!!」


 トーハーも声を裏返しながら山の下に消えていく。

 せっかくの戦力がいなくなった。そういう時に限って、敵は誤魔化し無しに立ち上がる。


 二回戦目の舞台は山頂。窪地の中腹。

 ドスンと足を鳴らし、ウェニリグスが再び立ちはだかった。


「この僥倖ぎょうこうに礼を……汝らを敵と認めよう……」


 さっき原住種に投げられてた奴とは思えないな。この威圧感、どうやらガチだ。

 だが僥倖は俺たちも同じ。このままウェニリグスと原住種を引き離し続ければ、勝機は大いにある。


 さあ、戦いの旗が上がる。


「ハイ・プロテクト」


 一打目にしてウェニリグスが魔法を発動した。

 空や地平線がより青白く、防護壁に広く囲われた。通常のプロテクトよりも範囲が広い、それだけか?


 俺とルナは一様にして自分を疑った、と思う。

 今、音が消えたのだ。体内の雑音のみが聞こえる。


 いったい何が起こった?


 息もできない。吸うことも、吐くことも。

 肺が気管が、胸が喉が、全く動かない。


 苦しいとは異なる。水中や窒息などの、呼吸に手が届きそうな状態ではない、完全な停止状態。

 当然声も出せず、パニックになっているのがわかる。落ち着こうとしても、呼吸が止まった事の恐怖が勝る。生まれてから普通にやっていたのに、どうしてできない?


 思わず眼を閉じ、口も閉じる。そうしなければ自分の形が崩れそうな気がした。

 しかも痛い。腫れ上がって裂けるような激痛が全身からする。逆に分散されて緩和すら成された未知の体験だ。


 ウェニリグスは音で索敵し、空気砲を放てる。

 もしかしたら、空気に関する能力を持つのか?


 例えば、空気を消せる……『真空状態』。


 だとしたら効果範囲の外、プロテクトの外へ逃げれば助かるか。


 あー、頭が回らない。ダメなやつだ。


 死ぬわこれ


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