第18話 奈落からの彗星


 死せる奈落のユーヴァン。見知らぬエルフの女だ。

 顔色からしてボーグとブギーは知っているらしい。ユーヴァンはその2人を見てから俺に微笑む。


「知ってるなら良し。知らなくても……問題はないかな」


 ユーヴァンは表情や仕草がけろっとしていて、掴みどころが無い。味方と言われれば信じてしまう、そんな雰囲気がある。


「なぁボーグ……あれ誰……?」

「ありゃあ『ユーヴァン』だ。禁術を好んで使うエルフでな、自分の故郷を壊滅させたらしい……不老不死って噂もある」

「あ、ああ……そうか」


 平静を装いつつも、『禁術』という言葉に俺の脳は引き寄せられた。

 話を聞いてみたいところだが、ボーグたちがいるし、正直あのエルフとは関わりたくない。


 ブギーは「何しに来たのよ!」とひどく怯え、脚を震わせていた。


「帰って!ここはあなたみたいな人が入っていい場所じゃない!」


 純真無垢なブギーがここまで恐れるなんて、ユーヴァンはどんなやつなんだ。


つるぎを打つ人間が言えることかしら。もしかして同族嫌悪?」

「な、何を言って……」

「別に。説教する気はないわ。私の目的はブギーあなた、あとついでにルナ」


 ユーヴァンの言葉に反応し、ボーグがブギーの前に立つ。俺もさっきのメイスを手に取り、臨戦態勢に。

 ユーヴァンは工房を見回し、「ルナはどこ?」と不満そうな顔をしていた。


 こいつ本当に何者だ?ルナのことをルナと呼ぶ人間は少ない。

 そういえば、この前ハイネがルナに『貴様の仲間の居場所が』とか言っていたな。

 ユーヴァンがその仲間なのか?だとしたら彼女はルナの旧友か何かで、ハイネとも知り合い。とんでもない強者ということになる。


「……ルナは今日は非番だ」

「まあ残念、がしたと思ったんだけれど。ルナがいないのだったら片方だけね」


 言い終えた瞬間、ユーヴァンは消えた。

 風も音もない。消去ボタンを押したときのように、背景がそこにある。


「はっ……!?」


 理解が追いつかず、息を呑んだ。魔法には詠唱が必要だし、単なる身体能力にしては不自然だ。幽霊ですと言われたほうがまだ納得できる。


 足音が聞こえ、俺とボーグは振り返る。ブギーが倒れゆく中、ユーヴァンがそこに立っていた。


「あなたたち、魔法はからっきしね。それじゃ話す価値は無さそう」


 ユーヴァンは動かないブギーの手を握り、背中を向けた。その背中めがけ、ボーグは大斧を、俺はメイスを振る。


「いかせるかぁっ!!」

「うおおおおッ!!」


 既に目の前にユーヴァンはいないというのに。


「私、そこまで俊敏じゃなくてよ」


 また背後に回っていた。ブギーを抱え、金床に座っている。

 俺たちは武器を空振る前に止め、ゆっくりとユーヴァンを見る。『気づけばいない』というレベルではない。ユーヴァンは一切の残像も前兆もなしに消える。追うことは不可能だ。


 ユーヴァンは人差し指を上に向ける。細くて白い、無駄な凹凸のない指だ。


「あの天井の穴……雨が止んで雲が晴れたらどうなると思う?」

「……帰る時間か」

「退屈な答えね。でもルナが好きそう」

「そりゃどうも」

「星が見えるわ。六芒勇者になぞらえた星座が6つ、それにゲルストル極星。他にもたくさん」


 人差し指をふらふらと流し、雲に隠れた星をなぞっている。一つ一つ見定めるように、目線と指先を合わせている。


「だから私にはわかる、このが」


 ユーヴァンはその美しい瞳で見上げていた。


 そうきたか、と俺たちは武器を強く握る。

 詳しいことはさっぱりだが、六分儀とか天文測量の話だろう。星の角度から緯度経度を導くとかいうアレだ。ここは国によって秘匿された工房。バレてしまえば野次馬も敵もたかってくる。


 今、戦うしかない。ボーグも承知している。


「へっ……タダで逃がせねぇってわけかよ」

「悪いなボーグ。あんなヤツ連れてきちまって」

「いや、遅かれ早かれ来てただろうさ。お前がいてくれてありがたいくれーだ」


 こいつホント良いヤツだな。安心して共に戦える。俺自身は明確な戦う意思があるわけではないが、自然とボーグの隣に立っていた。


「あなたたちは武器を使うの?勝てる見込みはないと思うけど」


 ユーヴァンは純朴な口調で聞いた。


「勝つつもりはねーさ。弟を助けるためだ」


 こっちもこっちで嘘偽りがない。荒いようでいて勇気に満ちたボーグの言葉に、ユーヴァンは目を丸くして笑顔を深くする。


「そうよ!そういう心がけが知的生物のあるべき姿だわ!結局は自分で決めたことが大切。善悪もモラルも宮廷風の虚構なの!ただエゴイズムだけがそこにある。冷たく、揺るぎなく、輝かしいカタチでね」


 興味津々な子供のようだ。彼女が真に交わしたい内容なのか、舌がよく回っている。

 エルフって皆こんな性格なのか?別世界の人間と話している気分だ。


「そう、私はのために全てを使う」


 晴れ晴れとした決意の表情で、ユーヴァンは手を前にかざした。

 その直後、カタカタと工房全体が小刻みの音を奏で始める。


「な、何だこの音……」


 地震?いや、重力と浮力の拮抗が震えさせているのだ。この工房に置かれた全ての武器を。


 目を疑う。俺たちが持っているもの以外の、工房にある全ての魔法武具が浮き上がった。

 また魔法の範疇を超えた技だ。一言でもサイコキネシスと唱えてくれれば覚悟が出来たものを、ユーヴァンは無言でやってくる。世界一の技巧が詰まった武器の刃先を、軽々とこちらへ向けてくる。


「おいおいマジかよ……!」


 こちらは二つに対し、ユーヴァンは数百。こうも量と質を乱立させられると出た手も引っ込む。


「なお立ち向かうお二方にはご冥福を。では」


 ユーヴァンは人差し指を下げ、武具に命じた。

 冷たい視線が突き刺さり、その後、四方八方から剣、槍、杖、メイス、斧、その他全てが迫る。


 遅さも隙間もない。単なる串刺し刑だ。

 しかし足を出す。ここで逃げたら無様なもんだ。


 歯を食い縛ったそのとき、女性の声が響く。


使役しえき・フランツ!サモン!!!」


 黒く巨大な塊が、俺とボーグに覆い被さった。

 見てくれが爬虫類に似たモンスターだ。黒く光沢のある体から四肢が横向きに生え、顔の横から首にかけて大きな襟が広がっている。全身に走る黄色いラインと、大きな2本の牙が特徴的。


 攻撃の音が止み、フランツから黒い血液が滴る。

 俺とボーグは唖然とし、フランツの腹を見上げていた。


「召喚魔法だぜ……こりゃあよ」

「ああ……」


 フランツは俺たちを武器の嵐から守ってくれた。たった今死んだっぽいが。


「でもいったい誰が……」


 フランツが倒れ、全体が見えてくる。いつの間にか夕立が上がっていた。外は曇りだ。

 それだけではない。何者かがユーヴァンと俺たちの間にいる。


 後ろで編んだピンクの髪。落ち着いた表情。王国情報隊の赤い制服を着用し、その手には細身の剣。

 俺はこの女を知っている!いや、この胸と剣を知っている!俺の冒険者デビューを血で飾った殺人マシーン、ハリエットだ!


「なかなか派手ね、耳長みみながさん」


 ハリエットは口の端をわずかに上げた。


「一つわたくしめと手合わせいかが?」


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