第19話 響け殴れ切り刻め


 俺とボーグは救世主ハリエットの登場にわいた。


「ハリエット!」

「お前の仲間か!?」

「んー、そんなとこ!」


 なぜハリエットが現れたか、という説明をするためにはこの前の宮殿での出来事を振り返る必要がある。


 謁見の終わり際、国王リンドウは俺を殴った。些細なミスから俺を転移者だと見抜いたからだ。殴らなくてもいいと思うが、とにかくリンドウは鋭い男だ。


「ヒコイチ、オメーの処分は保留だ。王国内で転移魔法が観測されてねぇとなると、オメーは帝国から来た可能性がある。そこがダルいところだ」


 リンドウは首を曲げながら俺を見下した。


「転移者の証明はラクじゃねぇ。自白魔法を扱える魔術師と連絡がつくまではだ。余計な事をするか、転移者だと証明されたら終いだぜ」


 このようにして、俺は生き延びることができた。

 俺についた監視役についてだが、誰かは伝えられなかったため、知り合いだったのは嬉しい誤算だ。


 ハリエットは俺をチラ見してから、ユーヴァンと対峙する。


「『死せる奈落のユーヴァン』……お尋ね者の中じゃ一、二を争う有名人ね。まさか合間見えるとは思わなかったわ」

「あなた誰?式典以外でその制服を着るなんて、相当の愛国精神をお持ちのようだけれど」


 ユーヴァンは立ち上がり、抱えていたブギーを金床に立て掛けた。さらに「キレイな顔」と呟いて、ブギーの頬を小さく撫でる。


 その扱いに腹を立てたのか、ハリエットが火蓋を切った。

 超高速の踏み込み。そこからハリエットは剣で刺突を繰り出した。しかし標的は既に消えており、刃は空を斬る。


 刺突は速かったが、ユーヴァンの瞬間移動には敵わない。俺とボーグはもっと敵わない。ここからは2人の女性同士によるタイマンだ。

 ハリエットは背後のユーヴァンに目をやる。


「今のが禁術だとしたら……あなたの言う通り、私は敵対する愛国者パトリオットよ」

「……上品な表現だこと。お名前は?」

「ハリエット・ペイルオーズ」

「ペイルオーズ……ペイルオーズね。聞いたことのある家名だわ。もしかして、ペイルオーズ辺境伯のご息女でいらして?」


 ユーヴァンが棘を含んだ聞き方をすると、ハリエットの表情はよりいっそう険しくなった。

 話の中身は知らないが、ユーヴァンは明らかにハリエットを舐めている。


「あぁ……だから前線勤務なのね、あなた」


 そう侮辱され、ハリエットが再び踏み込んだ。さっきよりも速い。

 だがユーヴァンは動かず、剣先を眼前にして堂々としていた。あと1センチで斬られる距離。それはハリエットも同様だった。

 浮いた剣がハリエットの喉元を捉えている。


「前線勤務は望んだことよ……!」

「それは陳腐な言い訳か、死にたがりか……戦うのはお好き?」

「…………息をすることと同じ」

「ふふ、そういう言葉が聞きたかった」


 少し笑い、ユーヴァンは消えた。それと同時にハリエットが剣を振った。

 疑問に思うことはない。結果などすぐにわかる。ユーヴァンが動き、ハリエットが斬っただけのこと。そして今度はハリエットが勝った。


 やりやがった。ハリエットは遂に見切った。

 ユーヴァンは自分の手のひらをじっくりと見る。切り傷から血が出ていた。驚く様子はないが、回復魔法や攻撃をする様子もない。

 ハリエットは剣に付着した少量の血を払い、まつ毛の立った目尻を尖らせる。


「あなたは周りを見る必要がある。それが禁術の隙。移動先を確認しなければならないという、陳腐な問題を抱えてる」


 それがハリエットの編み出した策だった。

 見切るというより、先読みして当てる。確かに単純明快な打開策だが、実戦と理論は別。ユーヴァンの一瞬かつ微細な目の動きを読み取り、移動先に攻撃する。それは常人には成しえない技術だ。

 直感だが、ハリエットはルナに敗北を喫したときより強くなっている。彼女のことだ、反省と修行でもしたのだろう。


 とにかくこれでユーヴァンの脅威は激減した。


 俺とボーグはコソコソと回り込んで移動し、ブギーを救出に向かう。その間にハリエットとユーヴァンが再び戦い出し、高速の攻防を繰り広げる。

 消えては斬り、消えては斬りの繰り返し。互いに傷を負いつつも、ハリエットが押している。

 俺はその争いを横目で眺め、呆気にとられていた。


「意味わかんねーな、アイツの戦い方は」

「どっちの話だ?」

「どっちも」


 ボーグに眠ったままのブギーを抱えてもらい、俺たちは工房の外へと走る。

 あのチートエルフはハリエットに任せた!さっきの覚悟はどこへやら、という気持ちもあるが、ここは適材適所だ。


 外へ飛び出すと、ほぼ同じタイミングでハリエットたちも天井を突き破って外に出てきた。

 散々にも破片と武器をまとい、ユーヴァンは背中から出た。やはりハリエットが押し勝っている。


 降ってくる破片に打たれ、俺は焦った。このままでは2人の攻防と武器の嵐に巻き込まれる。


「やべーぞ!急げ!」


 工房から最初の森に移るにしても、あの2人の暴れ具合によっては無理になる。


 ユーヴァンは木の幹でバウンドし、ハリエットもそれを追う。浮いた魔法武具たちが至るところに突き刺さり、ハリエットを妨害しようとしている。


「あなたって魔王の信徒か何か?」


 ハリエットは軽々と攻撃を避けつつ、地面に着地したユーヴァンを剣で潰しにかかる。


「一緒にしないで。私のは純白の愛よ」


 ユーヴァンは浮いた盾で攻撃を弾き、その陰から剣を突き出した。


「……愛も色々ね」


 ハリエットがユーヴァンの腕を掴み、膠着こうちゃく

 ユーヴァンは瞬間移動で工房の入口前に立ち、「ふー」と息をついた。


「変な人……自己陶酔のお手本みたい」


 ユーヴァンは呆れた表情で睨んでいる。

 言っている意味がわからない、といった顔でハリエットは歩き、工房とユーヴァンを前方に見据えた。


「……何」

「そういうのって為政者いせいしゃの思うツボね。でも極端なのは好きよ。だから殺したくないのだけど……」


 ユーヴァンの髪が浮く。


「殺すしかなさそう」


 宣言とともに工房の入口周辺がブッ壊れ、ガラクタの濁流となってハリエットに襲いかかる。濁流は数多の魔法武具、瓦礫、フランツの死骸で構成され、太刀打ちは不可能に思えた。

 だがそこはハリエットだ。剣を縦に構えると、刃が緑色に発光する。


剣身けんしん抹殺まっさつ、スピルオーバー」


 上から下への滑らかな斬撃。

 たったの一発で濁流は切り開かれ、その先にいるユーヴァンと再会した。しかし濁流の浮力が消えたわけではない。

 道を阻む形で濁流が立ちはだかる。


「あなた、もっと周りを見たほうがいいわよ」


 ハリエットが視線で刺した。その直後、いくつものが濁流の大半を弾き飛ばす。

 ボーグが魔法武具のメイスを振るっている。俺を吊るした例のやつだ。


「この程度……!」


 無防備となったユーヴァンは瞬間移動する。

 この時を待っていた。人は注意されれば即座に改善を実行する。周りを見たほうがいい、と言われれば即座に周りを見る。それにボーグの加勢というイレギュラーに見舞われた後だ。より意識的に周りを確認するだろう。その際の目の動き、ひいては顔の動きは大きくなる。ですらわかるほどに。

 動いてから移動先を確認していては、攻撃は届かない。動く前に移動先を予測するべし。


 ユーヴァンの移動先はハリエットの背面上!

 ハリエットは死に体、ボーグは体が真逆を向いている。つまり残る手札は一枚、この俺だ。


 移動を狩る。魔力測定用の剣を構え、ハリエットの横へ飛び出す。

 雄叫びをあげる余裕は無い。敵を討つのみ。

 力を込める。すると目にも止まらぬ速度で刃が伸び、ユーヴァンの胸を貫いた。


「ぁがッ……!!」


 ユーヴァンが痛みに悶えた瞬間、ハリエットが回転して首をはねた。

 髪まで切られた首が落ちたとたん、緊張が一気に解かれていく。息が詰まらないし、体が軽い。


「か、勝った……」


 俺に扱える武器があってよかった。ユーヴァンが濁流に魔法武具を混ぜてくれたおかげだ。

 俺とボーグは互いに笑い、武器を放り投げる。


「マジで勝ったのか……あんなやつに!」

「一時は死にそうだったのが嘘みてーだぜ……」


 俺とボーグは「イェーイ」とハイタッチをした。


「良いコンビネーションだったわ。けど、指示してもないのによくできたわね」


 ハリエットは剣を納めながら俺に聞いた。


「あれはまあ……ほら、勝てそうだったし」


 実際、嘘ではない。ハリエットが優勢なときに協力すれば楽に勝てると俺たちは考えていた。最初はハリエットを置いて逃げようともしたが、万が一にも彼女が負けたら最悪なので協力した。

 結果的には良い感じにキーパーソンになれたし、逃げようとしたのも誤魔化せた。やったね。


「はぁ……今ので魔力が切れたわ。ヒコイチ、死体を運んでくれる?」


 ハリエットが肩を下げながら背中を向けた。


「はぁ!?なんで俺が!」

「そこの大きな人はブギーさんの兄でしょう?だったらあなたがユーヴァンを運ぶのが妥当よ」


 絶妙な理由に言い返せない。ブギーのほうはノーミーなんちゃらの隣に寝かせており、運ぶのは実兄であるボーグの担当。となるとユーヴァンの生首の担当は手の空いている俺、ということだ。


「うげ~……」


 俺はユーヴァンの生首に近づく。断面を視界に入れないよう迂回し、薄目になる。後方ではハリエットとボーグが握手をしており、温度差にムカついてきた。

 生首の持ち方の正解って何だ。時代劇とかだと髪の毛掴んだりしてるよな。


「うーわ……ビニール袋欲しい……」


 薄目のまま手を伸ばすと意外に掴めない。

 手を振っても触れすらしないので、渋々目を開けて下を見る。


「……あれ?」


 そこに首は無かった。周りを見ても同じだ。

 それどころか工房周辺の様子がおかしい。夕立が明けたばかりにもかかわらず、土や草木が乾いている。


「ねぇ……こんなに明るかった?」


 ハリエットは顔を上げ、その感覚を俺とボーグに共有した。

 空がひどく神々しい。夕空はもはや金色に光っていて、この世のものとは思えない。まるで天から何かが舞い降りようとしているようだ。


 空に注目していると、が耳に入る。どこか耳馴染みのある軽快なリズム。聞いたことがあるのに、記憶の奥からなかなか出てこない。

 どこから聞こえるのだろう。誰が歌っているのだろう。いろいろと考えるうちに、ある男の顔が浮かんできた。ある男……否、上様のご尊顔が。


だ……!!!」


 このリズムは絶対にイントロだ!


「知ってんのか!?」


 ボーグが俺のただならぬ表情に気づいた。


「2だ……!」

「ツーって何だ!?」

「マツケンサンバ2だ!!!」


 ハリエットも焦り出す。


「と、とにかく何か恐ろしいものの前兆なのね!」

「違う!!!」

「えぇ!?じゃあ何なの!?」

「それは…………」


 見えているはずの答えに悩んでしまう。

 マツケンサンバ2を歌う人間とはつまりだ。


「転移者だ……」


 遥か上空に目を細め、黄金色に身を震わせた。


 なぜこの世界に日本の音楽があるのか。地球の言語や文化が存在することから考えて、『転移者が持ち込んだ』と考えるのが妥当だ。だが俺ともう一人を除けば、転移者は数千年間現れていない。

 数千年前の曲として歌っている現地人か、もう一人の転移者か。歌う理由は何だ?俺やユーヴァンに向けて歌っているのか?


 いずれにせよ、この工房に届くという時点でマツケンサンバ2は恐怖の前兆かもしれない。

 選曲理由はわからん。確かにクラシックの名曲を持ち込むよりかは簡単だし、気分が上がるかもしれないが。なぜ俺の十八番おはこのマツケンサンバ2を……。


「ん……?」


 上空で何かに光が反射した。何だろうかと凝視したその直後、が降ってきた。工房の向かい側、森の開けた場所に。


 ブギーの工房にさえ刀は無かった。このファンタジー的世界に刀を落とした人間、それすなわち上空にいる鼻歌の男。今わかった、そいつは転移者だ。そしてそいつは工房の位置を把握している。


 地上に激突した刀は周囲10メートル近くに衝撃波を広げ、土埃を巻き上げる。


「うわっ!……何だ!?」


 そこまでの爆発力がなかったために俺たちへの被害は軽微だが、これはただの出囃子にすぎない。


「思慮が浅いのね、あなた方」


 ユーヴァンが地面に刺さった刀を抜いた。

 ユーヴァンが


「え……?」


 俺たち3人は固まった。


 幽霊や幻覚だったらどれほど喜ぶか。細い手足と長い耳、小さな息づかいに揺れる長髪。

 バカみたいに恐れ、アホみたいに立ち向かった相手が確かにそこにいる。俺たちが倒したはずの女が佇んでいる。


「私が2種類の魔法しか扱えないと?もしくは、あまりの強大さに深層で諦めたか……」


 次は右の木の陰からユーヴァンが現れた。

 瞬間移動したのかと思い左を向くと、ユーヴァンはちゃんといた。同じエルフが2人いる。


「どちらにせよ対等ではない。称賛に値するのは急造きゅうづくりのメドレーだけ。私の複製魔法クローニングを制したのは優秀よ」


 ユーヴァンが2人から3人に増えた。


「特にそこの冒険者。測定用の剣をあそこまで伸ばせるのは……どうなのかしら。やっぱり未知数?」


 また1人増えた。また増えた。まただ。アリの群れのように際限なく増えていく。

 姿形、声、雰囲気、全てがユーヴァンだ。それが何体も何体も、どこからともなく現れる。


「沈黙は嫌いよ。だから中身のある返事を期待しているわ……さあ、どうする?」


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