魔剣工房襲撃:ユーヴァン

第17話 降りしきる夕立


 ルナの謹慎期間中はヒマで仕方ない。帰還魔法の調査の前に武器調達をしよう。


「ボーグ!頼む!」


 ボーグは話のできるやつだ。田舎育ちゆえにフォルトゥナの名前を知らなかったことが幸いし、ルナのライセンスを見せたら納得してくれた。俺自身は6級冒険者だが、例の鍛治職人の弟に会わせてくれることとなった。


 冒険者殺しを倒した賞金もある。

 それを片手に俺とボーグは工房へ向かう。


 奥の見えない薄暗い森林。ボーグ曰く「この先に工房がある」というが、雰囲気はホラーゲームだ。

 根を隠すつもりのない木々がつくる、襲いかかるようなアーチ。ツルがびっしりと広がり、苔むした枝には葉が薄く付いている。


 モヒカン頭の後ろにつき、湿った土を踏みしめる。


「なあボーグ、これ本当に工房に向かってんのか?」

「こりゃかくまわれてんだよ。弟は国の重要人物だからな、警備の一貫ってワケだ」

「フツーに警備員つけろよ。うわっ、クモの巣が」

「こだわりってやつだな。まあ弟はそんな堅苦しいやつじゃねーから、安心しとけ」

「クモの巣じゃねーぞこれ!何かの触手だ!」

「弟はすげぇやつでな、他国から狙われてるって噂もあるぐらいだぜ」

「助けてぇ!ボーグ!食われる!」

「おっ、あれが目印だ」

「ギャー!ちょっ、ねぇ!!聞いて!」


 やはりルナがいないと俺は弱いな……無念。


 ボーグが見つけた目印とは、数ある木の中に紛れる不思議な植物。

 直線でそびえるしべ……なのか?とにかく細長い、50センチくらいの黄緑色の棒があって、それをうねった深緑色の茎が支えている。茎は湾曲していて、頂点にはピンク色の丸いつぼみが一つだけ。


「なんじゃあれ……そういう種類のランプ?」


 ボロボロの俺は目を凝らした。

 その植物は5つだけ生えていて、俺の胸あたりまで高さがある。不穏な植物しかない森林で、ひときわ目立つ色彩。


 ボーグはそれに近づいて状態を確認する。目印が植物というのは、少し無用心な気もするな。


「これはノーミーイーイニングだ」

「ノーミィ……噛んだ?」

「噛んでねぇ。俺様の故郷の植物でな、本来は暖かい場所に生えるんだが、魔法で無理やり生かしてる」

「ふーん。じゃあ、ここらへんに工房があるのか?」

「そういうことだ」


 ボーグは「えーと」と、ノーミー以下略のつぼみの上を手のひらでポンと叩く。


「ルッタルッタ、ルールールー、ドンドコドン」


 5つあるノーミー以下略のつぼみを特定の順番で叩きながら、謎の呪文を唱えた。

 これがファンタジーか。よくわからんけど、ドンドコドンはあるやつだろ!


「何だそれ?」

「合言葉だ。ま、見てやがれ」


 どこを見ればいいのだろうか。開けゴマで開く岩はどこにもない。そう思った矢先、ノーミー以下略を中心として、幕が上がるように空間が様変わりする。


 さっきまでいた森が跡形もなく消え、晴れた空が広がった。


「な、なんだなんだ!?」

 

 一瞬の出来事に驚愕した。薄暗さはどこにもなく、乾いた土の上に巨大な樹木が点々と生えている。

 環境が変われば気分も変わる。目の前に現れた工房を眺め、俺の心は高鳴っていた。


「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~」


 一番大きなあれが工房だろう。尖った三角屋根の建物と、その横についたガレージのような場所。どちらもかなりの敷地面積があり、煙突を備えている。

 工房以外にも資材置場や川が見え、日当たり良好。一人暮らしにしては恵まれた場所だ。


 工房からこちらに走ってくる人影がある。


「兄貴ー!」


 明るい茶髪を肩まで伸ばし、ニッコリと笑う少女。襟が高く生地の厚い鍛治用の衣服を着ており、首元にはバンダナとゴーグルが下ろしてある。身長はざっと170くらいで、輪郭はシャープだ。


 可愛い女の子だ。弟以外にも人がいるのか。

 いや待てよ、兄貴だと?そういうパターンか!


「なるほど、男の……か」


 完全に理解した。

 男の娘はボーグの隣に立つ。似てない兄弟だが、笑い方や髪色はそっくりだ。


「ヒコイチ、弟のブギーだ」


 ボーグが紹介した直後、ブギーは俺の手を強く握る。満面の笑みを向けてきた。


「兄貴から話は聞いてるよ!よろしくねっ!」

「ウ、ウス……フヘッ、フヘヘ」


 ちゃんとした美少女というものに初めて会った。鼻の下が伸びてしまう。今まで異世界で会った女は変なのしかいなかったからな。唯一の癒しだ。


「じゃ、工房に案内するね」


 ブギーのあとを追うと、俺たちは熱気に包まれる。

 活気の話ではなく、本物の熱気だ。ここは工房というよりも工場。室内の奥で溶鉱炉のような設備が光を放ち、あらゆるところにパイプが伸びている。金床や研磨機などはもちろん、見たことのない鍛治道具も多い。

 どこに目をやっても真新しい物ばかりだ。壁際の箱や棚には数多くの武器が乱雑に置いてあり、男心がくすぐられる。「すげーな」と俺が惚れ惚れしていると、ブギーはえへんと胸を張った。


 ふと俺はそこらへんにあったメイスを掴む。柄の長さで言えば槍の部類だが、槌の部分が刀剣くらい長い。重くて細長い、珍しい鈍器だ。

 こういうオリジナリティある武器っていいよな。そう思ったのもつかの間、ブギーが言う。


「あ!それ魔法武具だからね、ヒコイチさん」

「ひょ?」


 突如、メイスの突起と先端部から触手が飛び出し、うねりながら俺の足をすくった。宙に吊るされ、天地がひっくり返る。

 

「メイスにこんな機能いらねーだろ!」


 メイスに触手ってアンバランスすぎる。ブギーは「あはは」と笑っていた。

 ボーグはメイスを拾い、柄に仕込まれた機構をいじる。


「ガハハハ、気ぃつけろよヒコイチ。世界一の武器が揃ってるんだからな」


 ボーグのおかげで触手が引っ込み、俺は落ちた。床は石造りで体に優しくない。


「いてて……ここ、一人でやってるのか?」

「そうだよ。でも結界の外に街があるから、意外と寂しくないかな。兄貴もたまに来てくれるし」

「へー、やっぱ良い兄貴だな」

「うん!昔からね。ヒコイチさん、はいこれ」


 ブギーは素朴な両刃剣を渡してきた。


「これは扱える魔力量を測定する魔法武具。胸の前でこう持って力を込めて」


 俺はブギーの動きをマネして、胸の前で剣を縦に持つ。刃が上に向いている形だ。

 どう測定するのだろうと思いつつ、グッと力を込める。いつもの魔力を込める感覚だ。ハイネ戦において俺の能力は『魔力生成』だとわかった。ほぼ無制限に魔力を生み出せる。もしこの剣が温度計的な測定器具だとしたら、お察しの通りだ。


 一瞬で刃が伸び、天井を突き破った。

 3人全員がビクッとして上を向く。パラパラと木片が降り注ぎ、青空が覗ける。


「また俺なんかやっちゃいました?」

「天井やっちゃったね……」


 初訪問で天井破壊。申し訳ない。

 しかし一転、ブギーが引っ込んだ刃を見て、目を輝かせている。


「でもこんなの初めて見た!……魔力に反応するから不具合はないハズなんだけど。ヒコイチさん用の魔法武具、かなりスゴいことになるかも!」


 圧倒的な能力に向けられる羨望の眼差し。これだよこれ!異世界モノってこういうのだろ!

 ボーグが俺の背中を叩き、誇らしそうにする。


「だから言っただろ、コイツは将来有望な冒険者だってよ!」

「その通り。あのルナが見惚れた殿方だもの……未知数という評価が適切」


 そうそう、俺は伸びしろの塊なのだ。

 天井の穴からポツポツと水が落ちてくる。すぐに勢いが強くなり、それが夕立だとわかったとき、俺は首をかしげた。


「……ん?」


 おわかりいただけただろうか。ボーグのあとに発言したのはブギーでも、ましてや俺でもない。薄氷のような声色が、撫でるような抑揚で放たれた。

 夕立を避けるために後ろへ二歩下がると、視界が広がる。したがって、溶鉱炉の前の台に座っているに気づく。


 本当に心霊写真のようだ。奥のほうにポツンと、じっとりと馴染んでいる。


 ほんの少し赤色がかった銀髪の女。青い瞳はサファイアに似た深さを持っていて、目が離せない。

 いつからいた?どうやって入った?そして


「お前誰だ」


 無意識のうちに呟いた。

 ボーグとブギーも俺と同じ方向を見て、固まっていた。


 幽霊か、幻覚か。それほどまでに幽玄で、記憶に残らない。女はずっとそこにいるのに、目に焼きつけられない。

 女はやっと俺たちと目が合い、「あ」と驚いた。


「もう気づいちゃった。それともあなたの力?ね、私の事どう見える?」


 身を乗り出すような姿勢で聞いてくる。彼女からは恐ろしさと無邪気さが同居した雰囲気を感じる。


「…………不審者」


 変に刺激しないために、そうとしか言えなかった。あの女が敵か味方かわからない。見当もつかない。


「ふふ、好きよ、そういうの」


 女は台から降りた。その時、胸あたりまである長髪が揺れて耳が見えた。長く尖った耳だ。


「私、ユーヴァン。『死せる奈落のユーヴァン』という通り名はご存じかしら」


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