第50話 喧嘩するなら後夜祭にて


 木々をへし折りながら吹っ飛び、渓流の中に作られた温泉に落ちた。

 火山があるなら温泉もあるか。もっと別の機会に来たかった。


「くっ……!」


 芯を伝わる暖かさを無視して、温泉の浅い部分を走る。

 剣を持ってはいるが魔力放出は使わない。目的はエルネスタの捕縛。今一度、尋問にかけねば。


 茂みを抜けてきた雌の人狼エルネスタの剣を防ぎ、腹に蹴りをめり込ませる。


「やっぱりテメー怪しいぞ!!」

「怪しないわ!子供ん時に来たことあっただけや!」


 しかし人狼の強靭な肉体に俺の脚力は響かず、剣ごと掴まれて横に投げられた。

 水飛沫を散らし、俺は必死に顔を上げる。


「なら初めに言え!」

「言って何になんねん!」

「言わなかった時に怪しまれんだよ!」


 何度も刃が交差する。


「ちょっ、剣向けんなやって……!」

「お前がすぐ攻撃してくっからだろーが!」

「クセやクセ!反射で戦ってまうねん!」

「もっとマシな嘘あんだろ!」


 この戦いはジリ貧だ。互いに殺意はなく、精神が屈するまで終わらない、一種の心理戦。じゃあなぜ戦っているのかと言うと、エルネスタが捕縛に応じないからだ。


「本当のこと言わねぇってんなら、これ以上はついてこさせねーぞ!」

「はぁ~!?」

「エルネスタッ!お前は何者だ!!」


 隙を突き、エルネスタの首もとに刃を添えた。

 彼女の表情には余裕がある。おそらく自分は傷つかないと思い込んでいる。


「俺は、切るぜ」


 刃を横にズラし、薄皮に切れ込みを入れた。

 最悪の場合はそれすらいとわない。


「せっかく気が合う思ったのに……!」


 エルネスタは人狼の姿のまま歯を食い縛った。


「シェイプシフトォッ!!!」


 姿形がすっかり変化する。それもデカいやつに。

 俺は瞬間的な巨大化に対応しきれず、粘性のある赤い何かに押し飛ばされた。


「ぬおぉっ!?」


 ドボンと温泉に沈む。

 着衣で温泉、思い切ってて気持ちいいな。


 人間でない生物になる時の変身魔法の真髄はやはり『多種多様な形になれる』という自由度。それは単に欲する身体能力を手に入れる以外にも、サイズが変わるというメリットがある。

 しかも変身の速度は体感で0.5秒未満。さらに人間でない生物のため対応はかなり難しい。

 そんな変身魔法に極振りしたブッ飛びガールと本気でやり合えと言うのか。


「とことんやってやらぁ!!」


 つかの間の湯治を終え、水面上に顔を出した。

 その直後、俺の腹にが巻きついた。


 エルネスタが変身していたのはクラーケンのような真っ赤な巨大タコ。

 問答無用と剣で切る。だが触手の量が多すぎて完全に捕まり、空高く投げ上げられた。


「うぉおおおおおおおおお!!!」


 これが逆バンジーか。里が一望できる。てか遠くに飛びすぎて防護結界が見えてきたぞ。

 ビバ、遊覧飛行。ルナにかけてもらった身体強化魔法が残っているから、このまま地面に落ちることもできるが、エルネスタがそうはさせないだろう。


「キーッ!」


 ハヤブサのような鳥が並行してきた。

 メルヘンチックな出来事だなぁ……なんて言うと思ったか!


「来いよエル!」


 予想は的中。鳥は別のデカい鳥に変身した。

 名前は確かロスラーだったか。濃い水色の体毛と極彩色の尾が特徴の巨大鳥。

 丁度良い相手だ。八つ当たりにもなる。


「死なない程度に避けろよな!」


 こちらも容赦はやめた。剣にグッと魔力を込め、迫り来る鋭い爪に正面から向き合う。


 小爆発が空に轟いた。互いに巻き込まれ、煙を抜けて降下していく。


 着地は成功。脚の痺れで済んでよかった。いろいろと爆風で出血している感覚もするが、今は気にしないでおこう。

 問題は煙の向こう。同じく降下してきたエルネスタの影が大きくなり、砂ぼこりを散らした。


「ふぅー……そっちは元気そうか?エル」

「ぼちぼちやなぁ……」


 再びセシュアとなったエルネスタは、一歩一歩が地を震わせ、喉の奥に火炎を蓄えている。

 セシュアの姿でも負傷は引き継いでいるか。とはいえ、戦えば苦戦は必須。戦えば、の話だが。


 エルネスタはゴンッ!と見えない壁にぶつかった。


「いっつ~……!!」


 竜の巨体が頭を押さえた。

 俺たちの間には防護結界があり、モンスターに変身しているエルネスタは通れない。


「防護結界かぁ……人しか通さないんやっけ」

「エル!」


 ここで防護結界の内側に収まるよう、手を差しのべる。


「もうやめにしよう」


 俺は今世紀で一番の穏やかな笑顔をしてみせた。


「何やねん今さら」

「お互い秘密の1つや2つあるだろ。お前がそんなに知られたくないってわかってよかった」

「はぁ……?」

「今から仲間に戻ろう、エル」

「う……じゃあ、シェイプシフトぉ……」


 エルネスタは人間の姿に戻り、防護結界内に入ってから俺の手をとった。しょんぼりとした、むずがゆい表情をしている。

 案外素直だな。そういうところが子供なのだよ!


「捕まえた」

「え?」


 呼吸のようにさりげなく、手のひらへと意識を。


「うっ……!」


 エルネスタはふらふらと膝を折った。


「……何や…………これぇっ……!!」

「食らえ!魔力を与えたり消したりすることで手に触れた者を体調不良に陥らせる俺の新技!」


 スイッチのオンオフを超高速で繰り返すように、魔力を感じるとかほざく人間の感覚を激しく乱すのだ。


「お前の自律神経はもう死んでいる……」


 死にはしないが、何も考えられないほどの体調不良になってもらう。


「何かはわからんけど気持ち悪いぃ……!」

「フハハハハハハ!もっと苦しめ!頭痛!めまい!肩こり!動悸!倦怠感!貴様には治せまい!!」

「うぅ……最悪やぁ……外道めぇ……!」


 息が荒くなり、エルネスタはうずくまる。


「言っとけ言っとけ!続きは病院で聞いてやらぁ!」


 完全勝利。対戦ありがとうございました。


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