異世界からの帰り方

上野世介

王国篇

始まり:ヒコイチ

第1話 からまった



 ハローハロー。アイアムジャパニィズ。


 宇宙の地球の日本の生まれ。

 好きな食べ物はたこ焼き。アレルギーは特に無し。


 さっきまで何してたっけか。先週は免許の更新したな。そこから思い出せない。


 今はどうだ。




「よっしゃおらァ!!!」


 最初に聞こえた声は、甲高い女性の声だった。


 寝起きと同じ要領で、固く閉じたまぶたを開ける。まばゆい光とともに飛び込んできたのは一人の

 少女は何かを探し、走り回っている。


 ここはどこだろう。俺は立ち上がって、あたりを見回してみる。

 白を基調とした円形の室内。豪華な装飾、頭上にはステンドグラスがある。日本ではあまり見られないガチな建物だ。

 俺が内装に見惚れていると、少女が大声を出す。


「あ、あった~!やり~!」


 いちいち声の大きいやつだ。

 というか、よくよく見ると少女の格好も異様だ。髪色は金と青の二色で、格好もファンタジー系のゲームでしか見たことのない派手さ。


 少女は本をパラパラとめくり、咳払いをしたのち、表紙に近いページを読み始める。


「ここはあなたの住んでいた世界とは異なる世界です。あなたは転移者です。あなたには使命があります。あなたは神から授かった能力があります。その能力を使い、世界を救うのです」


 すごく形式的で棒読みだ。なのに少女の眼差しは期待に満ちているから、俺は胸を張って言う。


「分かった、この俺に任せとけ!」


 テンションを合わせるのはお手のものだ。演技には自信がある。

 少女もこれで喜んで……いない。


「え……あっ、ありがと!あはは……」

「引くなよ」


 なんだか急に現実に戻されたな。どうせドッキリだろうから乗っかってやったのに。

 俺の中で空気が抜けるように、テンションが一気に下がった。


「やっぱ帰りたい……」

「え!はや!何で!?」

「なんで俺なんですか……」

「えぇ……」


 少女は困惑して、本のページを見せつけてくる。


「さっき言った通りだよ。世界を救おう!」


 ページには日本語でつらつらと何かが書いてある。えー、『これで安心!転移者への説明手引き』。その下にはさっき少女が棒読みしていた文章がそのまま記されていた。


 なるほど。日本語に、転移者か。さすがのドッキリ番組でも未知の言語を作ったり、俺を赤子には変えられないらしい。

 というか本当になんで俺なんだ?一般人にドッキリって、モニタリングか?


 こんなことに付き合っているヒマは無い。

 ひねり出すように、俺は少女に伝える。


「すいません、帰らせてください」


 謝る必要も無いと思うけど、ここは素直な誠意で突破しよう。

 少女は俺の顔をまじまじと見て、少し悲しそうな目をした。でもすぐに元の笑顔になる。


「それは無理」

「え?」

「呼び出すのは頑張ればできるけど、送り出すことは誰にもできない。やりたがる人いないからね~」


 なんつー設定だ。

 俺の感情は今、先輩に見当違いな意見をぶつけられているときと同じだ。


「あ、そっか、そうですよね~……ははは」


 途中退席も許されないとは。誘拐で裁判沙汰になるだろ。

 そんなことはお構い無しに、少女が天真爛漫に微笑む。


「アタシはフォルトゥナ。縮めてルナって呼んでね。それで、あなたの名前は?」


 手を差し出された。世界を救えと、力強く俺を引っ張る。

 仕方ない。稀有な体験だと思ってやってみるか。


彦一ひこいち……高山彦一たかやまひこいちだ」



 *



「失敗だね、死体を運んで」


 凛とした女性の声だった。

 でも目が開かないせいで姿は見えない。

 それどころか体が動かない。まるで目蓋まぶたから足先に至る全てが、自分のものではないようだ。

 

 ここはどこだろう。火葬場か地獄か。

 トラックにはねられたんだったか。退勤して作業着のまま帰っていたら、赤信号にまどわされ、そのままドーンと。あんな無様な飛び出しをしたのは確か、オレの親友が出演したクソ映画の再放送を見たかったからだ。


 結局、生き方も死に方もダサかったな。 

 でも死ぬ直前の夕暮れはキレイだった。


 靴が床を擦る音がして、誰かがオレを持ち上げた。手が4つある人間だ。いや、2人で持ち上げただけか。


 うーん、やっぱり生きてる感覚がするんだよな。腕や脚が揺れているし、目蓋も少しずつ開いてきた。

 さっきの女の人がうっすら見える。


「第三転移魔法陣を起動する、準備を」


 あー、なんだ、流行りの異世界転生か。ん、転移のほうか。つまりオレは転移させられたけど、失敗したからゴミ箱行きだと。

 死後もぞんざいな扱いの人生でしたとさ。そんな悲しいことがあるかよ。


 もっと生きたかった。家族とは疎遠で彼女もいなかったけど、死にたい理由は無かった。今からでもいい、寿命いっぱいまでキッチリ……


「ぃ……生き…………た……い……」


 絞り出たのは枯れた声だった。

 力を入れると、指が曲がった。拳を握れた。

 生きたい気持ちはある。まだ脳は動いている。神様にだって会ったぞオレは。なのにあの女はオレを捨てるのか?助けてくれないのか?

 勝手に呼び出しといて、治療もしないで終わりかよ。悲しんでくれる人間のいない世界で死体になるのかよ。


 寂しくてイラつくのに涙は出てこない。それはきっと、まだ希望があるからだろう。

 身体の中心で燃え上がる希望がある。自然と感じ取っていた。息を吐くように解き放てる『力』を。


「……あぁ…………生きられる……」


 目の前が白く光る。目を閉じても無意味な光は轟音を引き連れ、爆発という形で力を見せた。

 周囲の全てが吹き飛ばされた。規模はどのくらいか知らないが、未だに明るい。


 『──』と『───』。

 きっとそれが、オレの力。


 最後に自己紹介しておこう。

 オレは児玉勇司こだまゆうじという名前で生まれた。来月で30歳になるハズの人間だ。


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