第25話 新しい武器に頼もう


「またこの展開かよ」


 俺は見慣れた顔に胸を撫で下ろしつつ、背中を地面に預けた。直したばかりの工房の天井が見える。


「場所が違うでしょ。それに今回は逃走目的じゃないし」


 神妙な面持ちのルナが横に佇んでいた。


 またルナの転移魔法で呼び出されたのだ。今回は工房に。

 外は夕立。雨粒が屋根をドラムみたく叩き、時間帯は変わっていないのだとわかる。


 俺は勢いよく体を上げる。「お前謹慎は」と言いかけたが、それを咎める余裕はない。


「それよりボーグとハリエットを」


 後ろを振り返ると、2人の体が見えた。それと、茫然とした様子のブギーも。


 ハリエットは左目周辺、ボーグは上半身のほとんどが凍っている。というか、透けている。

 嫌な予感のせいで目が離せない。ユーヴァンに触れられた部位は水晶のようにツルツルしていて、向こう側が見えるのだ。


 ルナに杖で小突かれ、俺は立ち上がる。休んでないで働け、ということだ。


「ハリエットには回復魔法をかけた。ボーグには防腐と凍結の魔法をかけたからはバッチリ。奥の部屋に運ぶよ」


 ルナが淡々と言うと、ブギーの表情がひきつったものに変わっていく。


「え……ルナさん、兄貴に回復魔法は……!?」

「……これは凍ってるんじゃない、の。物質変換の禁術だよ」

「物質変換……?」

「肉体そのものが、ただの氷になってる。温度を保ってないと水になるだけ」


 タチの悪い魔法だ。俺が見ている透明感のある肉体部分は全て氷で、境目の赤いあれは肉体の断面ということか。


「2人は……治るんだよね?」


 ブギーの声が震えた。動揺でおかしくなったのか、少し苦笑いもしていた。

 ルナは重そうに口を開く。


「……ハリエットは、ね」

「え?」

「ボーグのほうはヒドい。脊髄や内臓のほとんどが変換されてるから、回復魔法じゃ意味がない。でもまあ、氷にしてくれたのが不幸中の幸いだね。体が繋がってる」


 今やボーグは四肢や頭部が氷の彫像にくっついている存在。俺は考えないようにしていた。


「……ボーグはもう死んだ。これは死体だ」


 その事実を。一旦は噛み締めなければならない。

 救済はあるにはある。蘇生魔法という禁術だ。だがユーヴァンにしか使えないし、ルナに覚えさせるワケにもいかない。


「じゃ、じゃあ、どうすればいいの……?まだ仲直りしてないのに……兄貴にごめんって言いたいのに」


 ブギーは涙を流しながらルナに詰め寄った。


「同じ物質変換で対応するのが一番だけど、禁術だからね……創造魔法もそう。ていうかそもそも、体が戻っても蘇生しなきゃいけない」

「そんな……」

「結局はどうしても禁忌に触れる……」


 ルナはうつむいて悲しそうな顔をした、と思いきや「だけど」と話を続ける。


「ただ一つ、それをかいくぐる裏ワザがある」


 いつになく気合の入った表情でルナは言う。


「あのクソ女ユーヴァンを半殺しにして!ボーグを蘇生させる!!以上!」


 餅は餅屋にしては物騒な作戦だ。ユーヴァンを生け捕りにした上で、蘇生魔法を使わせる。普通に殺すよりも難易度は跳ね上がるが、それがベストなのも間違いなく、ブギーも気を取り直したようだ。


「アタシたちでユーヴァンを迎撃する。アイツと突発的に戦っても勝ち目はない。でも今はブギーっていうおとりがいる。ユーヴァンがこの工房に来るまでに準備を済ませて、アイツをブッ叩く!」


 ルナの士気を高める発言は良いとして、俺は気になることがあった。


「迎撃って……それなら宮殿で王様たちといたほうが良かったんじゃねーか?」

「アタシが転移させてきた4人は完全魔法に耐えられない4人。宮殿で焼かれるよりはマシでしょ」

「あー、確かにそんなん使ってたな……」

「一番楽なのは、あの王族3人がユーヴァンを捕らえてくれることだけどね」


 ごもっともだ。あの不良集団が捕縛なんて発想になるのかはともかく、最悪ユーヴァンを弱らせてくれるはず。


 ボーグとハリエットの体を別の部屋に運んだのち、俺は再び手を挙げた。気になることがもう一つある。


「つーかさ……昨日から思ってたけど、ルナお前、俺の位置と視界……監視してね?」


 うすうす感じていた転移の違和感を何の気なしに聞いてみた。すると数秒間の沈黙。時間止まった?


「ブギー!工房を稼働させて!!!」


 ルナが大声を出した。どうやら図星のようだ。

 突然だったもので、俺は「うるせぇな」と呟いた。


「ブギーちゅわぁん!?」

「う、うん……」


 呆気にとられながらもブギーは動き出した。

 工房を稼働させて何をするのか。迎撃準備に関連することかなと、俺は話題を変える。


「で、準備って何すりゃいいんだ?」

「フッフッフ、よくぞ聞いてくれました!」


 ルナは胸を張った。


「あんたに剣を作る!とっておきのやつをね!」


 そう言って俺を指差す。ルナの指紋が見えたあたりで、ああ、俺かと半開きの口が閉じる。

 そんなことしたがってたな、俺。満を持してやってきた強化イベントか。だというのに、俺の心は沸騰しない。灰のようにサラサラだ。


「え?あー、オッケー」

「ちょっ、ここワクワクするとこでしょ!?」

「いや、そうなんだけどよ……」


 俺はおそらく、うんざりしていた。

 何度あのエルフ野郎と顔を合わせればいいのか。さっきの宮殿でだって、俺はまともに動けなかった。2人の仲間が崩れる姿を眺めていた。

 ユーヴァンの狙いはブギーだ。俺には関係無いと言ってしまえばそこで終わる。勇者っぽさは無いが、俺っぽくはある。

 俺は凡人だ。困っている人がいたら助ける。そういう考えは俺にもある。それは転んだ人とか鍵を落とした人とか、そんなレベルであって、超人エルフ野郎と殺し合うことではない。

 つまるところ、勝てる自信がこれっぽっちも無いのだ。


「あぁ……これ……あいつと同じだ」


 俺は見知ったマイナス思考になっていることに気づいた。ボーグが魔法剣を落としたときと同じ、諦めを他人事という理由で固めている。

 俺も同じような人間ということか。しかも今回は、ケツを叩いてくれる人間がいない。


 ルナが不安そうに見つめてきた。改めて目を合わせると、ビー玉みたいな瞳をしている。

 俺は後ろめたくなり、一歩下がった。その時、左足が何かを踏んだ。


「……ん」


 ボーグがブギーに渡した六芒星のペンダントだ。

 それを拾って砂を払う。


 ブギーに返さないと。でもなんだか、これを返したらキッカケが生まれてしまう、そんな感覚がする。婚約指輪を渡すような、確定的な意図が含まれている気がする。

 ペンダントには戦士の姿が刻まれている。形が六芒星だから、この戦士が六芒勇者だとしたら、俺の抱いてる感覚はあながち正解かもしれない。

 ボーグがわざわざブギーに手渡していたし、何か特別なペンダントなのか。


 もしかして遠回しに言ってるのか?ボーグ。今度はお前が弟を守る番だ、って。

 てか俺に取り憑いたの?お早い再会だねぇ。


 そういえば俺も一方的に言ってたな。ボーグがどうしようもないときは俺がブギーを貰うぞ、的なこと。ブギーのファンとして適当こいてたのに、いつしか重さが付与されてる。


 つい笑いがこぼれた。

 結局、互いに背中を押し合うだけじゃんか。


 ボーグはまだ弟のもとに辿り着けていない。俺はまだブギーを守れていない。俺たち2人は凡人で、何も成功させていない。でもそれ以前に、俺は一歩も踏み出せていない。ボーグ以下だ。


「よし……可愛い弟のためにも頑張るか」


 俺はブギーのもとへ行き、ペンダントを渡す。


「ブギー、ほれ」

「わっ、ありがと」


 ブギーの反応は普通。対して俺はどこかで特別感を味わっていた。詳細を読み解くつもりはない。


「ところで、ルナが武器作るってさ、俺の」

「うん!腕が鳴るね!」

「どういう武器になんだ?俺、剣の素人だけど」


 興味本位の質問をする。

 前々からあった懸念点、それは俺の身体能力が平凡であるということ。剣道を中学時代にやっていたくらいで、西洋剣を扱える自信は無い。


「大丈夫!全部折り込み済だよ。更に言えば、作るのはヒコイチさんの魔力量と、対ユーヴァンのための魔法武具!」

「おー、そこまで考えてんのか」

「設計図は頭の中にあるって言ったでしょ?」

「ホントに職人なんだな」

「そうだよ!ちなみに今回使うのは超超ちょうちょうファイスタウアーっていうエルストンとプロシアンの合金でね!硬度と靭性も中々なんだけど、最大の特徴は何と言ってもその魔力適性!半永久魔法回路の組み込みやすさと軽量性のどっちもが最高クラスで」

「はやく作ってくれ!」


 熱心なのは良いことだが、いつユーヴァンが襲来するかもわからない。


 さっさと始めよう。主な作業担当はルナとブギー。


「温度調節はアタシがやる。ブギーは鍛造に集中して。短時間で終わらせるよ!」

「うん!!」


 超絶鍛冶タイムアタック開始だ。


 少なくとも日没までに、俺の魔力生成を活かせる、かつユーヴァン特攻の魔法武具を完成させる。これができるのは国宝級鍛冶師のブギーだけだ。

 ルナの巧みな魔法技術も加わり、異常にスピーディーな鍛冶作業が繰り広げられた。


 以下はブギーが長々と語っていたことと、実際の作業工程のまとめである。流したほうがいい。


 超超ファイスタウアーの塊をルナが加熱し、ブギーが通常のハンマーや空気圧式ハンマーなどで成形する。ある程度の形になったら冷却に入る。冷却に関しては魔法では部分別の調節ができない。そのため、刃の背骨に粘土を張り付け、油で急冷する。

 成形したら研磨の前に魔法の組み込み。仕組みは魔法陣と同じだ。まず、剣に魔術式を刻む。この際、1ミリでもズレてしまえば最初からやり直しとなるため、最も技量が試される場面だ。刻んだものを魔法回路と呼び、これを半永久化する。巻物スクロールや魔法陣と同様、魔法回路は使うほどに摩耗していく。これを唯一防げるのが魔法武具の利点だ。半永久とは自己修復のことであり、金属内部に摩耗部分を修復する魔力変換機構を備え付ける。付け方としてはひたすらに魔力を流し込み、金属に魔力の流用を覚えさせるだけ。金属の種類によって修復能力に強弱があり、強すぎると魔法回路を埋めてしまい、弱いと摩耗に追いつけない。その強弱と組み込む魔法の量と質が合致したものが最高の魔法武具である。

 魔力の流し込みは適役ということで俺が行った。組み込まれた魔法の性質上、魔力の噴火のようなものが終始起こっていたが、かすり傷で済んだ。

 最後に研石車で刃の研磨を行い、完成。


「出来た!」


 ブギーが持ち上げたのはシンプルな片刃の剣。刃幅がそこそこあり、全長は1m弱か。特徴は、板金からそのまま型抜きされたような平坦さ。一枚の金属板が刃、柄、護拳の全てを兼ねている。


 ブギーは「時間が無いから装飾は後で!今は滑り止めテープで我慢ね!」と白い包帯に似たものを柄にグルグルと巻いた。

 その後、剣に組み込まれた魔法の説明と注意を受けた。9種類の魔法が組み込まれており、そのうちメインは3つ。残り6種類は刃こぼれ防止や防水などの細やかな魔法だ。


 これでやっと俺の武器が手に入った。自分だけの、というのは素晴らしいもので、剣に頬擦りしたいほどだ。


 外を確認してみると、まだ夕方。余った時間で工房にある魔法武具に細工を施したり、即席の罠を作ったりした。


 あとは迎え撃つのみ。


「おっしゃあ!行くぞ!」


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