第24話 しつこい女も嫌われるぞ


 刃を抜かれたボーグが仰向けに倒れる。


「あなたも、どう?」


 剣を納める最中のユーヴァンと目が合った。あの青い瞳は確かに本物だ。


 俺はぼんやりと、しつこいやつだなと思った。

 その時、俺の横からハリエットが飛び出した。


「このっ……!!」


 剣を抜き、ユーヴァンに斬りかかる。抜刀の瞬間が見えないほどに高速だった。

 しかしそれ以上にユーヴァンは速かった。ただの2本の指でハリエットの左眼をえぐり、受け流すように仕留めた。


 短すぎる攻防に目を疑ったが、ユーヴァンが眼球を手に持っているから、俺の認識は合っているはずだ。

 ハリエットは勢いそのままで、体の芯を失ったように床に落ちた。


 式典会場にいた貴族たちが逃げ出す。我先にと人を押しのけ、ユーヴァンを避けて外へ出ていった。

 臆病な貴族どもだ。この世界で地位が高いのだから実力もあるだろうに。全員でかかればユーヴァンくらい倒せそうなものだが、皆傷つくのが怖いのだろう。

 かくいう俺も、今のところ立つので精一杯だ。


大仰おおぎょうね……止血してあげる」


 ユーヴァンが倒れる2人の体に手を置いた。


 やめろ。やめろ。そう声に出したい。喉がそれを拒み、思うような音にならない。

 俺は普通に帰りたいだけだ。その過程を歩いていたら、情に流され、恐怖にすくんでいる。

 

 ユーヴァンが2人の傷口に触れると、そこが白く硬質に変容していく。根を伸ばすように広がる異変はまさに凍結。

 本当に止血してくれている?自分で傷つけて自分で治すやつがあるか?

 いや、凍らせすぎだ。ボーグのほうは鎖骨からへそまで凍結している。あのままじゃ冷凍死体の完成だ。それに透明感がある。表面に霜ができているというより、体の中まで……。


「あ」


 俺の目が引き寄せられた。ある男に。

 ユーヴァンに立ち向かう男。果敢ではなく横暴、そんな気がしてならない。いつからそこにいたのか。ユーヴァンの真横で拳を構え、悪魔の面構えで腕を膨らませている。

 悪魔は失礼か。なぜなら彼は神の子孫だ。


「フゥ~……」


 リンドウの拳が豪快無比に振り下ろされた。

 本気の一発だ。圧倒的なスピードと怒りが放出され、風圧だけで俺は吹っ飛ばされる。


「くっ……!!」


 衛兵たちと一緒に式典会場を追い出され、回廊の窓際の柱にぶつかった。

 いろんな破片が散らばるのを終えたとき、俺だけが素早く起き上がった。窓はことごとく割れ、会場も床が削られたように壊れている。


 肝心のユーヴァンはというと、リンドウの前には誰もいない。足元にハリエットとボーグがいるだけ。

 ユーヴァンが反応できなかったのかしなかったのか、それは曖昧だが、少なくとも彼女は直前まで拳の下にいた。


「鉄槌王リンドウ……相も変わらず乱暴ですこと」


 がらんどうの会場のどこかから、ユーヴァンの冷たく艶やかな声が聞こえた。


「単なる挨拶だ、気にすんな」

「調子が良さそうで何より」


 ユーヴァンはテーブルの上に立っていた。その手でブギーを人質のように抱えている。ブギーはまだ意識があるが、その顔は恐怖に歪んでいる。


「けっ、チンケな誘拐犯に成り下がったな、オメー」


 リンドウはまったく堂々と笑った。


「誘拐だなんて、人聞きの悪い。ねぐらに連れ帰るわけじゃないわ」

「あ~?じゃあ何がしてぇんだ」

「人にはお見せできないこと……禁術を一つか二つ。その結果はいずれ、誰の目にも映ることになる」


 ユーヴァンの言葉が不明瞭だからか、リンドウは呆れ顔で「話す気失せるぜ」と呟いた。


「ま……俺ぁ、平等に殴るだけだ」


 とリンドウは口をひん曲げた。


 一方、俺はこっそりと会場に入り、ハリエットとボーグに近づいていた。それが偶然、ある違和感を発見することになる。

 がない。リンドウに接近すると現れる、心臓を沈ませる感覚が無いのだ。リンドウが工房に迎えに来た時にはあった。


 ならそこにいる男は何者だ?

 今だって、リンドウは敬礼をしている。


「いつでもどこでも……平等に挨拶を…………」


 そう、彼は別人だ。ユーヴァンが使った変身の魔法と同じ。リンドウの皮も溶けた。


「チャオ」


 ミチオだったわ。


 本物のリンドウは既にユーヴァンの背後にいる。

 リンドウが拳を振り抜き、火薬がぜたような音が響く。俺の目から見ても、ユーヴァンが横に飛ばされたのは明白だった。

 引き絞った弦が解放されたように、ギチギチとりきんだ肉体がユーヴァンを一気に壁に叩きつけた。


 拘束を解かれたブギーはバランスを崩し、そこをフウカに支えられる。


「大丈夫ですよ。我々がついています」


 フウカは微笑んだ。

 これで3人の王族、リンドウ、ミチオ、フウカが揃い、無敵の布陣となった。


「オイ、ボサッとすんな。邪魔なやつ片しとけ」


 リンドウに目を向けられて俺はビビる。気づいていたのか。てっきりいない者扱いかと。それは願望か。


 ちりと煙が晴れる。壁にめりこむユーヴァンの頭部が不気味にうごめいていた。上顎、鼻、眼球と再生を施しているのだ。骨肉が編み込まれ、やがては頭髪まで広がり、ユーヴァンは立ち上がった。


「酷いことするわ……」


 完全復活。ここで俺はようやく、今のユーヴァンが本体であることと、一度完璧に死んだことを知った。

 それはリンドウが「けっ、蘇生魔法かよ」とぼやき、フウカが「あんな禁術まで……」と驚愕していたからだ。


 ユーヴァンは不死身である。だが不死身要素が魔法による後付けなら殺せるはず。殺す前に殺されなければいいが。


「王族が3人……さすがの私もたかぶってきたかも。ここはふさわしい一撃で、終演といきましょう」


 ユーヴァンは右手の指を摘まむように上に向けた。そこに青白い魔力が凝縮されていき、風と震動が生まれる。

 誰でもわかる強大なエネルギーだ。止めなければと、リンドウとフウカが攻めかかった。しかしほんの少し、遅かった。


極点発火きょくてんはっか


 ユーヴァンの右眼で魔法陣が輝く。


「『完全なる火炎魔法ヴァルカヌス』!」


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