第23話 血眼。嵐も旅も続く
「準備はいいかオメーらァ!」
俺、ボーグ、ハリエットの3人はサングラスをかけ、工房の外に立った。
「献上式典まで時間はねぇ!この本物の魔法剣を絶対に送り届けるぞォ!」
俺は高らかに魔法剣を掲げた。
事態は急を要する。ブギーは間違えて試作品を持っていってしまった。それも王宮での正式な行事にだ。このままでは式典が台無しになってしまう。
「返事は!」
「イェア!!」
茶色がかったレンズが輝き、俺たちの気合はマックスになる。
テンションがおかしい?それは慌てないための俺の提案だ。気にすることはない。ちなみにサングラスは帝国製で、なぜか工房に大量にあった。
「
ハリエットの召喚魔法で足を確保する。
光を伴い召喚されたのは白い甲殻を持つワイバーン『アールベルク』。どこか昆虫を思わせる流れるフォルムをしており、翼はまさに蝶のよう。甲殻の無い腹や足はツヤのある青緑色で、逆関節の脚には棘がある。顔面は蜂のようで、少し膨らんだ尾には針がついている。
細身だが俺たちが見上げるほどの大きさで、乗るには十分だ。
「ここから王都へはそう時間はかからねぇ。急げばギリ間に合うハズだぜ!」
「説明ありがとうボーグ!ぃよっしゃあ!レッツゴーーーッ!!」
アールベルクが翼を広げ、いざ出発。
式典は夕方頃に行われるため、それまでに魔法剣を届ければいい。空を飛ぶだけなので快適だ。
道中、雷雨に見舞われたり、バードストライクを食らったりしたが、俺たちは元気です。
そういえばボーグの思い出話がうるさかったから、ここで適当にまとめておこう。
ボーグとブギーは王国最東端の田舎町に生まれ、ガキ大将の兄と、ひ弱な弟として有名だったらしい。ボーグは日々腕っぷしを上げる中、ブギーは町外れの鉱山跡に住む老婆のもとで加工技術を学んでいた。結論から言ってしまえば、その老婆は
それを期に『最強ボーグ』というあだ名をつけられたらしいが、実際に魔獣を倒したのはブギーだった。ブギーの魔法の才能が発覚し、同時にボーグとの決定的な差が誕生したのだ。
いくら筋肉があろうと魔法には敵わないわけで、兄弟間で立場が逆転したときの感情は複雑だろう。
ハリエットにも思い出話を振ってみたところ、なぜか拒否された。
俺は真実を語るわけにはいかないので、指輪を火山に投げ込みに行ったと嘘をついておいた。
楽しい空の旅もそろそろ終わり。空模様は荒れに荒れ、滑空していく中でぶつかる小雨がひたすらに痛い。だが高度が下がっているということは、目的地がそこにあるということ。
俺たちの下には王都の壁とそれを囲む集落や畑が見える。王都とはこんなに広大だったのか。宮殿に行ったことはあっても、王都を回ったことはない。興奮してきたな。
「アールベルクに乗ったままでは王都には入れないわ!市壁からは徒歩よ!」
「え!?なんてぇ!?」
ハリエットの声が風で聞こえない。
「ここからは降りて徒歩よ!」
「は!?全然聞こえねーんだなこれが!」
「だーかーら!降りて徒歩!!徒歩!!!」
「えぇ!?もっかい!!」
「歩けぇ!!!!」
喉がはち切れんばかりの大声が空にこだました。
歩くらしいよ。さすがに宮殿に突撃は無理か。
王都の名は『フィサリス』。王国中心部のやや東に位置し、王国で三番目に長い川が流れている。王都は川に隔てられ、東側を商業及び経済、西側を学術及び宗教の中心としている。現国王の代で道路の舗装と大聖堂の建設が完了し、その重要性は増すばかりだ。
降りてみれば、そこはまさに大都市。
あいにくの曇り空とはいえ、絶えず人々が行き交っている。
アールベルクに別れを告げ、俺たちは宮殿のある方角に体を向ける。
「まずいわね……雷雨で時間を食ったわ。宮殿までダッシュよ!」
ハリエットに呼応し、俺とボーグは「イェア!!」と拳を突き上げた。
走るぞ!と身構えたとき、俺は異変に気がつく。
「あ!ハリエットお前!ちゃんとサングラスかけろよ!」
「ずっと曇りでしょ!……って」
ハリエットがしかめっ面で顎を引いた。
「あなたお酒臭いわよ!いつ飲んだの!?しかもこんな時に!」
「え?あー、工房の修理してるときに飲んだだけだから!今の俺たちはいたって真剣だぞ!」
決してふざけてはいない。陰鬱な気分を吹き飛ばそうと俺が勧めたのだ。ボーグも「そうだそうだ!」と加勢してくれた。
「テンション合わせて損したわ……」
ハリエットは弱まった雨の中を駆け出した。俺たちも後に続く。
宮殿は王都北部の森林公園を抜けた先にあり、最終目的地はそこ。一応、一般人であっても宮殿前の庭園までは入れるのだが、そこからが問題だ。
「……さて、ここからどうしましょうか」
ハリエットが宮殿の入口を見て足を止めた。
入口付近には4人の衛兵が立っており、いかにも「通さんぞ」とこちらを睨んでいる。
「まあまあ、正直に話せばいけんだろ」
届け物があるだけ。やましい理由があるわけじゃない。それを心に留め、俺は衛兵に事情を説明する。
「あ、あああのえっと、武器っていうかブギーっていうか剣をあげたいじゃなくて届けにですね全然怪しいものじゃないんですけど」
「ちょっとヒコイチ!?」
至急集合。
「何してるの!?すっごい怪しかったわよ!」
「お前全然ダメじゃねーか!」
ハリエットとボーグに続けざまに怒られた。
俺にはこれ以上の成果は上げられないので、二人に魔法剣を押しつける。
「じゃあお前らが行けよ!もう時間ねーぞ!」
ハリエットとボーグは渋い顔で衛兵のもとへ行った。
何やら話し込んでいるようだ。王国情報隊のハリエットは公務員みたいなものだから、門前払いはないだろう。
ハリエットとボーグの2人は衛兵に囲まれ、魔法剣を押したり引いたりしている。
あ、殴った!ハリエットが衛兵を殴ったぞ。ボーグがなだめているが、衛兵はもう槍を構えている。
ハリエットは魔法剣をボーグに渡し、自らの剣を引き抜いた。
「ここは私に任せて先に行って!!」
ハリエットが俺に向かって叫んだ。
「お前もダメじゃねーか!」
事が大きくなった。こうなったら手段は選べない。献上式典の会場は宮殿2階のバッカスの間。この式典は晩餐会も兼ねており、多くの貴族が集まっている。そこに俺とボーグで突入するという話だ。
入口をくぐり抜け、一般人2人は階段を駆け上がる。
「ウオオオオオオオオオオ!!!」
「急げ急げ急げ急げ急げ!!!」
後ろには鬼の形相の衛兵がいっぱい。
豪華絢爛な回廊を無視して疾走し、一直線で会場に向かう。しかしそう楽にもいかず、俺は首根っこを衛兵に掴まれた。
「ぐあっ!」
地面を滑り、顔を押さえつけられる。
頬の熱い痛みと床の冷たさの同時攻撃を受け、大ピンチという言葉が脳裏をよぎった。
「くっ……ここは俺に任せて先に行けぇっ!」
これを言うのは今しかない。普通に動けないから任せるも何もないが。
「つってももう囲まれちまったぞ!」
ボーグの前方にも衛兵が集まってきた。
衛兵たちは「武器を置け!」としきりに警告し、槍をボーグに突きつける。
じりじりと近寄る矛先には逆らえない。完全に追い詰められ、身動きが取れなくなった。
そして覆しようのない状況が、ボーグの手を開かせる。俺の目の前に魔法剣が落ちてきた。
「ボーグ!」
「こうしなきゃ、俺様もお前もどうなるかわからねぇ!それに……」
ボーグはそこで口を紡いだ。
彼の表情は暗さに満ちている。諦めと、そのための理由を胸に秘めているのだろう。その理由は仕方ないとかではなく、他人事のような扱いだと読み取れた。
ここまできてそんな感情が表出してしまうなんて。俺は心の奥底でフツフツとわく怒りを感じた。
「こんにゃろ~……そんなんじゃブギーは俺が貰っちまうぞ……!」
地を這うように手を伸ばす。その先には魔法剣。
「あいつはお前を尊敬してんだよ、だからお前は命かけてきたんだろ……!」
俺からすればバカな話だ。弟ブギーの純粋な敬意を打ち消すコンプレックスがボーグの邪魔をしている。ボーグの自然的な身体能力や体格だけが、この状況を無傷で打開できるというのに。
今朝、ブギーは話していた。目覚めないボーグの隣に座り、じっと俺を見ながら「私は兄貴みたいにはなれない。武器しか作れない」と。
今一度、ボーグに火をつけてやらねば。俺は魔法剣のグリップを握りしめ、魔力を込めた。
「思い出せよ!弟の言葉を!」
魔法剣が炎をまとう。渦巻き
剣を片手に立ち上がり、ボーグのほうに目をやる。ややこしい障壁を壊し、元の意気に戻っただろうかと、彼を睨んだ。
期待は的中。武器を作る前のブギーと同じように、ボーグの瞳は輝いていた。ぐわっと見開き、行く先を見据えている。
さっきまでの暗さが嘘のように、ボーグの顔には笑みが浮かんでいた。
「へっ……言われなくても!!」
ボーグは衛兵たちの頭上を軽々と飛び越え、俺が投げ渡した魔法剣をキャッチする。
「俺様が最強の兄貴だ!!!」
情に厚い男。これでこそボーグだ。
酔いが後押ししているのか、扱いやすくて助かる。
「おっしゃあ!走れ!!ボーグ!!!」
高揚感で俺は叫んだ。
ボーグは風を切って走る。前だけを向き、大きく腕と脚を振っている。
もはや今のボーグには誰も追いつけない。衛兵たちの流れに乗って、俺もボーグの後を追う。
式典会場はすぐそこ。100m走みたいなもんだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
扉が見えてきた。
俺は直角に体の向きを変え、光であふれた会場に飛び込む。
だが、そこに広がる光景は俺の思い描いたものとは違いすぎた。絹ごし豆腐とショベルカーぐらい違う。
ボーグを抱擁するブギー?違うな。なんだあれは。
背中が見える。大きく
魔法剣を持っているのはブギーだ。もう一方の手で鞘も持っている。
またボーグは刺されたのか。前と同じように、血は一筋の線で落ちている。
貴族がわめき出すと、衛兵があたふたした。対処法がわからないのも無理はない。
そんな緊張状態を解いたのは他ならぬブギーであった。いや、既にもうその皮は剥がれつつある。
明らかにあれはブギーではない。常に流し目のような動きで、優雅な立ち姿。
予想通り、肌から服装にいたるまでの全てが溶け、中身が現れた。
「神殿の結界から出たあなた方に三度目のご忠告を」
彼女の名はユーヴァン。
「思慮が浅い、とてつもなく」
降っているのは夕立だった。
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